第380話 ちょっとだけきもいマリーさん

 中将会議が行われたその日。俺は珍しくマリーさんに呼び出されて、皇都中心部にある皇国軍の大本営こと軍務省へと出向いていた。


「会議が長引いてるのかな?」


 衛兵に案内された待合室で、上等な紅茶をすすりながらゆっくりと時間を潰す俺。大佐ともなれば、特に用事がなくとも軍務省に出向いただけで、こうして衛兵からある程度の接待を受けられるのだ。

 特に俺は皇国騎士の身分と勅任武官の肩書きまで持っているので、衛兵達からの受けはかなり良い。おかげで外で待ちぼうけしなくても済むのは幸いだった。最近、季節が夏から秋へと変わってきた関係で少しずつ寒くなってきたから、ずっと外にいると流石に少し冷えるのだ。


 やや手持ち無沙汰気味なので、待合室に置いてあった週刊の新聞記事を手に取って目を通すことにする。皇国各地の事件や政治の動向、経済界の目立った動き、近隣諸国との交流や公使間のやりとりに至るまで、知っておかなければならない情報はたくさんある。

 今読んでいる紙は、やや政府寄りの新聞社のものだ。俺は軍人なので、政府や軍の内部情報だってある程度は知っている。ゆえにこういった一般紙では明かされない裏の情報まで補完しながら読めるというわけだ。

 他にも政府批判強めの紙や、外国紙、しまいには公国連邦紙まで置いてある。至れり尽くせりだ。流石にすべてに目を通すほど時間的余裕も精神的余力もないが、まあもう数枚ほどなら時間潰しがてら読み耽るにはちょうど良さそうだ。


「うん、美味しいな」


 紅茶葉が練り込まれたクッキーをかじりつつ、紅茶で喉を潤して紙をめくる。

 ぺらり、ぺらりと読み進めているうちに、気付けばすっかり窓の外が暗くなってしまっていた。


「マリーさんも大変だよなぁ」


 俺だって大佐というくらいだし相当な重責を負ってはいるわけだが、なにぶんまだ学生の身である。戦術魔法中隊という特殊部隊こそ率いてはいるものの、普段はほとんどが副長のアイヒマン先任曹長に任せっきりだ。

 週一くらいで部隊の様子を確認するために合同訓練に参加しているので、連携や部隊の把握はまったく問題ないのだが、本来なら隊長とはもっと忙しいものなのだ。

 そんななんちゃって隊長の俺とは違って、マリーさんは本業が軍人である。元は独立国家だったエルフ族の棟梁として、複数の部族からなるエルフ連合軍を率いていた凄いお人なのだ。

 五〇年前の公国連邦による侵攻のせいで領土を大幅に削られたエルフ領は、皇国と同盟を結ぶ形でハイラント皇国へと編入されることとなったわけだが、そのタイミングでマリーさんは皇国軍中将に任官している。

 そこからはずっと魔の森で連邦の動きを警戒しながら、たまに皇都に戻ってきては中将会議に参加するといった仙人みたいな暮らしをしていたのだ。

 なぜマリーさんがエルフ領ではなく魔の森にやってきていたのか。彼女自身は口にはしないが、きっと同胞に対する負い目があったんだろうと俺は思っている。

 だからマリーさんはこの五〇年間ずっとエルフ領に帰っていなかったのだ。そしてエルフの森にどこか似ていて、かつ連邦に近いファーレンハイト辺境伯領の端に広がる魔の森へとやってきた。

 おかげで俺は紆余曲折を経て、マリーさんに出会うことができたわけだ。


 そんなこんなで別の新聞に移り、まったりと時間を潰していると、コンコン、と扉がノックされた。この気配、魔力の感じ。マリーさんだ。


「エーベルハルトか? 入るぞ」

「どうぞ」


 部屋に備え付けてあった紅茶セットを勝手に拝借してマリーさんの分の紅茶を追加で用意しながら入室の許可を出すと、少し疲れた様子のマリーさんが待合室に入ってきた。

 今日は珍しく軍装を着ている。いつもは白ワンピースかゴスロリ風の衣装なので、軍服とは本当に珍しい。


「何かあったの?」

「いや、まあ大したことではないんじゃが……いつもの中将会議の筈が急遽、途中から御前会議に変更になっての」

「大ごとじゃないか!」


 マリーさんはエルフ族の元棟梁ではあっても、政治的な指導者ではない。あくまでエルフ軍を率いる臨時の将軍みたいな存在だったらしい。ゆえに身分的な話をするならば、マリーさんはただのエリートエルフであってエルフ族の王族的な存在ではないのだ。

 というか、そもそもエルフ族には王侯貴族の概念が無いらしい。長生きしたエルフが長老と呼ばれて尊敬されたりはするみたいだが、かの勇者の協力者だったマリアナさんの直系子孫にあたるマリーさんですら生まれ自体は一般的なエルフとそう変わらなかったと聞く。

 そんな事情もあって、マリーさんは中将に任官する際に先々代の皇帝陛下に臣従を誓っていたのだった。


「なんでまた急に」

「議題が議題じゃからの。宰相や他の大臣も参加しての、それは大掛かりなものじゃったわ」

「議題は……佐官には明かせない話かな?」

「うむ。本当は駄目なんじゃが、まあエーベルハルトなら問題ないじゃろ。端的に言えば――――お主に関する話じゃな」

「ぶっ」


 マリーさんに紅茶を差し出して、自分も飲もうと口にカップを運んだ矢先の爆弾発言である。思わず舌を火傷してしまった俺だ。


「あひゅい」

「何をしておるのじゃ……。ほれ、『治癒促進』」

「ありがとう……」


 ぶっちゃけ自分でも治せるのだが、今のはマリーさんが悪いので彼女に責任を取って治してもらうことにする。


「俺が何か……いや、心当たりがありすぎるな……」


 世界樹の奪還に、第二世代の魔人「呪詛」のタナトスとの死闘。「昇華」なる不思議進化現象や、魔王の遺骸の確保。そして遺骸の制御と利用方法の確立を経て……あとは「魔王エンジン」を用いた新兵器の構想と、それに伴う新部隊の設立提案か?

 うん。我ながら意味がわからない。まあそのほとんどはマリーさんなりマリアナさんなりプロジェクトメンバーなり、誰かしらの力を借りて達成した偉業なわけだけど。


「で、結局お主にはまた昇進してもらうことになった。喜べ、准将じゃ。しかもそのあとすぐに少将になる筋書きまでついておるぞ」

「これでいくらか軍の仕事もやりやすくなるね」


 将官クラスともなれば、仕事は与えられるものではなく自分で見つけ出し、場合によってはそれを与える側になるのだ。これまでは中間管理職として、与えられた仕事を自分でこなしたり、部下に割り振るのがメインだったが、これからは違う。裁量権が一気に増すわけだ。


「お主の親父、カールハインツの最終階級が少将じゃの。近衛騎士団の団長をやっておった時期が、それにあたる」

「となると、姉貴ノエルが生まれる直前だから……二〇歳とかそこらか?」


 姉貴が俺の二個上なので、だいたいそのくらいの筈だ。俺が今ちょうど一五歳から一六歳になろうとしているあたりなので、実に五年ほど早くかつての親父の地位に辿り着いたことになる。


「二一だったような気もするが、流石に剣馬鹿小僧の年齢なんぞ覚えておらんな。……あ、お主の誕生日は覚えておるぞ。皇暦一四九三年の一一月四日じゃろ?」

「えっ、きもっ! なんで覚えてんの⁉︎」


 思わず素の反応が出てしまった。話した記憶は特にない筈なのに暗記されているとなると……少しだけ背筋が寒い。マリーさんは俺の最愛のお師匠様だし大大大好きなんだが、それとこれとは話が別である。


「き、きもいって言われた……愛弟子に……きもいって……」

「マリーさん、ごめんって。つい本心が出ちゃっただけで」

「本心……」

「あーいや、その、なんだ。俺はマリーさんのこと尊敬してるし、大好きだから!」

「そ、そうか。なら良いのじゃ」


 何かの用事があって呼ばれた筈なのに、まったく話が進まない俺達。まあ遺骸の制御という非常に大きな問題が片付いたんだし、たまにはこうやって気が抜けた会話もありだとは思うけどな。






――――――――――――――――――――――――

[あとがき]


 エーベルハルトの誕生日ですが、日付は作者の推し(キュアソード)と一緒です。まこぴーかわええ。



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