第381話 将官へ

「でな。今日お主を軍務省に呼んだ理由なんじゃが……」


 俺の淹れた紅茶を飲んで気を取り直したマリーさんは、居住まいを正して続ける。


「お主の提出した魔導飛行艦に関する案があるじゃろう。あれをアーレンダール工房に発注する方向で議論が進んでおる。で、それの完成と同時に我がハイラント皇国軍は旧エルフ領へと進駐する運びとなった」

「なるほど。だから時間的猶予がそんなになかったわけか」


 俺達が世界樹を攻略してしまった今、公国連邦にとって旧エルフ領を維持しておくメリットはどこにもない。ただでさえ山脈や深い森に阻まれ、大規模な軍事行動が難しい土地である。現地にいるのは少数の精鋭部隊だけだし、それも俺とマリーさんで無力化してしまった。

 おかげで今の旧エルフ領は軍事的な空白地帯となっているのだ。そして我らが皇国軍は、その空隙を突いて旧エルフ領を奪還する。そのための全軍規模での新武器への更新であり、新兵器開発であったわけだ。


「本題に戻るぞ。……妾は奪還作戦に先行して、視察旅行の名目で現地レジスタンスに接触する。三日後の夜、皇国側のエルフ族自治領にてレジスタンス幹部と密会する予定じゃ。お主を呼んだのは他でもない。世界樹攻略の当事者として、妾とともに一緒に来てほしいからじゃ」


 旧エルフ領の奪還に備えて、視察旅行の名目でマリーさんと一緒にエルフ自治領へ。内容を理解した俺は、すぐさま敬礼とともにあえて儀礼的な所作で了承の意を伝える。


「命令を拝領いたしました。ファーレンハイト大佐は、ヤンソン中将とともにエルフ族自治領へと移動。エルフ族の仲介により現地レジスタンスと接触いたします」

「うむ。話が早くて助かる」


 そう言いながら、マリーさんは蜜蝋で厳封された命令書を手渡してくる。


「今のとほぼ同じ内容が書かれた命令書じゃ。これは進駐作戦が開始されるまでの間、誰にも漏らしてはならんぞ」

「もちろんだよ。家族にだって話さないさ」


 そんなことをすれば俺は軍規違反で犯罪者になってしまう。生まれ育った祖国と敵対するような真似は、できればあまりしたくはない。せっかくここまで出世したんだから、そのメリットは最大限享受したいもんな。


「加えて、軍がアーレンダール工房から受領していたボルトアクション式の『〇八式小銃』二〇〇〇ちょうをお主のインベントリに収納して輸送する。レジスタンスへの武器支援じゃ」

「二〇〇〇挺……レジスタンスも結構数がいるんだね」

「しかも、そのほとんどが狙撃系魔法に長けた弓術のエリートじゃからの。弓よりも威力や射程に優れる小銃を全エルフ兵が装備したら、もう考えるだけで恐ろしいの」

「二〇〇〇人の狙撃兵か。頼もしい限りだね」


 マリーさんの言葉通り、エルフという種族は五感が鋭い。長い歴史において、そのほとんどの時期を森の中で過ごした彼らだ。薄暗い森の中において、目や耳の良さが狩猟や採集にどれだけ役立つかは言うまでもないだろう。

 そうして何世代にもわたって感覚器官の鋭敏なエルフが生き残り、子をなして生存競争に勝ってきた。結果としてエルフ族は種族として目や耳が良いばかりか、その種族的特徴として魔法の才能にまで恵まれているのだ。

 しかもそれに加えて、文化としての魔法技術までもが種族全体に共有されているのである。

 元から鋭い五感と魔法のセンスを持った種族が、ほとんどすべての個体に至るまで魔法教育を受けているのだ。なるほど、銃を与えた瞬間に超絶有能な狙撃兵が爆誕するわけである。


「現に、皇国軍所属のエルフ族兵士に銃を先行配備して狙撃兵部隊を増強しておるのは、お主も知っておろう?」

「ああ、うん。特魔師団じゃあまり聞かないけど、一般師団のほうで色々やってるのは聞いたよ」


 現在、皇国軍に所属しているエルフ族兵士の数はだいたい三〇〇〇人くらい。配置転換で各地に派遣された兵士も多いが、全体の三分の二くらいは旧エルフ領で連邦軍の警戒に当たっている。

 もし進駐に際してエルフ領内にいるエルフ兵全員が参戦するのであれば、レジスタンスと合わせて実に四〇〇〇人もの凄腕狙撃兵が一気に誕生するというわけだ。

 それに加えて、野戦砲や小銃を装備した通常の皇国軍部隊が何千何万と作戦に参加するわけである。

 未だ剣と槍、弓に魔法だけが主力のこの世界にあって、近代的な魔法武器や銃火器を装備したハイラント皇国軍がどれだけ強いのか。もはや語るまでもあるまい。


「中将会議ではこれを機に、一気に未回収のエルフ領問題にかたをつけるつもりじゃ。宰相も、そのための協力は惜しまんと言ってきた。そして内々じゃが……陛下も賛同なされた」

「陛下が?」

「かの御方にとってみれば、祖父の代から続く紛争の種じゃ。彼我の戦力に差がある今のうちに解決したい問題じゃろう」


 さもありなん。今はこうして進んだ技術が次々と生まれてきてはいるが、それとていつまで続くかもわからないのだ。むしろ前世の記憶を持つ俺や、天才的な鍛冶の技術を持ったメイのような存在こそがイレギュラーなのである。

 今後も似たような存在が生まれ落ちる確証が無い以上は、多少無理をしてでも動く必要があるわけだ。


「で、出発はいつ?」

「明日じゃの」

「早いよ……」


 まあ、命令とあればいついかなる時でも動けるようにしておくのが軍人というものだ。ぼやきつつも、別に今すぐに出発と言われても実は問題ない俺である。


「とりあえず、リリー達にまたしばらく仕事って言っておかなきゃな」

「レジスタンスとの接触と協約の締結が済めば、一旦こっちに帰ってくる余裕も出てくるじゃろう。その時にゆっくりすればよい」

「うん。じゃあとりあえず家に戻るよ。また後で」

「うむ……あ、待て」

「ん」


 帰ろうとしたら呼び止められたので、何事だろうかと訊ね返す。しかしマリーさんは深刻そうな表情ではなく、むしろ良いことでもあったのかと訊きたくなるような笑顔で俺に近づいてきた。


「マリーさん?」

「ほれ、新しい階級章じゃ。……昇進おめでとう、ファーレンハイト


 にっこりと祝いの言葉をかけてくれるマリーさん。准将を示す階級章を受け取った俺は、元気よく答礼した。


「は! これからも軍務に邁進いたします!」


 忙しい時分ゆえに略式ながら、昇進の儀式を終える俺。かくして俺は軍歴たったの三年で将官へと出世したのであった。






――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]


 またイチャイチャできなかった……。早くイチャラブ展開を書きたいです(憤死)。






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