第550話 人間重機とロマン城塞
魔人との戦いを終えた翌日。進駐軍がやってくるまでの数日間を任された特殊作戦群は、今日も朝から擂鉢山要塞の改良作業に勤しんでいた。
昨晩の段階で既に粗方の完成は見ていたのだが、いかんせん一夜城である。内部の生活空間や武器庫、食糧倉庫などは流石に後回しになっていたので、今日はそこの整備を行うのだ。
万が一、籠城する時に生活環境が悪ければ士気に関わる。精神的な話を抜きにしても、衛生面に不備があればそこから崩れる可能性が非常に高い。
だからこその改良作業だ。工兵科のメンバーを中心に据え、他兵科の兵士も動員しての突貫工事である。
「群長閣下。そこの鉄骨をこっちに持ってきてほしいな」
「これをか? 軽く一トンはありそうだけど……」
「エーベルハルトなら持てるよね?」
「まったく、団長使いの荒い工兵長だなあ」
昨日に引き続き工事の指揮監督を執るマルクスに顎でいいようにこき使われる憐れな
「仕方ない。————『纏衣』。……ふんッ!」
「「「おおおー……」」」
得意のファーレンハイト流身体強化魔法で膂力を底上げしつつ鉄骨を持ち上げると、部下連中から感心の声が上がった。精鋭の巣窟である我らが特戦群とはいえど、一トンもの鉄骨を軽々持ち上げられるだけのパワー馬鹿はほとんどいない(まったくのゼロではないのが恐ろしいところだ)。おかげで人間重機さながらの活躍を見せる俺は、おだてられた豚のごとくホイホイと鉄骨を抱えて壁をよじ登る羽目になっていた。
「次はこっちに頼むよ」
「まだあんのかよ!」
そうして文句を垂れながらも一時間ほど作業に従事し、ようやくある程度、倉庫の骨組みが完成に近づいてくる。
「星形石塁の内側に、さらに城壁を備えた城郭が連なる二重構造……。自分で設計しておいて言うのも変だけど、傑作だね」
「まさに難攻不落の名城といった威容だな」
ひと休みしながら、俺とマルクスは雑談にふける。
そう、彼の言葉にあった通り、この擂鉢山要塞は星形要塞としての側面の他にもう一つ、中世城郭としての性質も併せ持っているのだ。
星形要塞のほうはわかりやすい。全方位への監視・攻撃に特化した形状をしているので、大砲の圧倒的火力で敵を寄せ付けないという火力信奉者の理想がまさに体現されているのだ。そんな「シンプルイズベスト」を地でいく星形要塞だが、実はこれには少し欠点もある。
それというのが、圧倒的物量による正攻法での接近戦に弱いという点と、観測用の櫓や天守閣といった高層建築と相性が悪いという点である。
基本的に星形要塞は、大砲で撃ち合うことを想定して作られている都合上、周囲を土塁で囲っただけの簡素な構造をしている。石垣や城壁を作ったところでどうせ砲弾で粉砕されるのだから、だったらはじめから修繕の簡単な土で作ってしまえばいいじゃないかという発想だ。土を盛るだけでいいので、築城コストが削減できるのも大きな利点の一つである。
だがこれは言い換えれば、簡単によじ登れてしまうということでもあるのだ。いくら敵を遠距離から一方的にボコれるといっても、捌く数には限界がある。もし敵が損耗度外視で信じられないくらいの人海戦術を取ってきた時、こちらはなすすべなく囲まれて試合終了なのだ。
そこで俺達は今回、金に糸目を付けないで、全周を対魔法コンクリートブロックで覆ってしまうことにした。
それを可能にした根拠は二つ。一つがファーレンハイト建設の特殊工法を応用することで、工期・工事費ともに通常よりも相当圧縮できたこと。もう一つが、そもそも敵は砲撃なんてしてこないということである。
忘れてはいないか。魔導衝撃砲にしろ通常の大砲にしろ、近代兵器並みの火砲を保有しているのは我らがハイラント皇国だけなのだ。他の国は良くて近世の青銅砲レベルが関の山。足りない火力は魔法という個人芸でカバーするのがこの世界一般の当たり前なのだ。
実は星形要塞と高層建築の相性が悪いというのも、この砲撃戦に関係していたりする。もし土塁の内側に天守閣のような立派な建物を建てたとしても、相手も大砲を持っているなら良い的になっておしまいだからだ。だから星形要塞は、中世の城郭と比べたらあまり見栄えしない地味な見た目をしている。それが戦争のリアルなのだ。ロマンもクソもあったもんじゃない。
が! ここは近代地球ではなく剣と魔法の異世界だ。最近でこそ(主に俺とメイのせいで)硝煙と鉄の臭いが混じりつつあるが、少なくとも皇国以外は前近代そのものである。
つまり、中世の城郭が未だに現役なのだ。魔法で弓矢の飛距離を延伸させたり、遠距離攻撃魔法で敵を狙撃したりできるので、構造こそ火縄銃の普及した戦国時代末期のそれに近いが、まぎれもなく「城」が実戦で生きているのがこの世界のリアルなのだ。
男たるもの、そこにロマンを感じないでいられようか。否、断じていられないのである(男児だけに!)。
そういうわけで、星形の対魔法コンクリート製城壁の内側に、さらにまた対魔導鉄筋コンクリート造の中世風近代城郭を築き上げることが無事決定されたのである。それが今日の朝のことだ。
そして昨日既に完成していた部分をもとに増築する形で、今まさに城を拡張しているところなのだ。俺は言いだしっぺとしてそのための作業に駆り出され、こうして肉体労働に勤しんでいたというのが事の顛末である。
組み上がった鉄骨を見上げる。ここからコンクリートを流し込んで成形していくわけだが、それでも完成まで数日も掛からないだろう。友軍が到着する頃には東方の一大軍事拠点が完成している筈だ。
現時点でも要塞としては充分に運用可能な擂鉢山要塞である。完成した暁にはいったいどれほどの存在感を示してくれるのか、今から楽しみでしょうがない。
「初代城主はエーベルハルトかな?」
「最高指揮官はマリーさんだから、マリーさんになるんじゃないか? ほら、ここは一応エルフ領なわけだし」
皇国に編入されたエルフ族自治領とは違う。盟約によってエルフ族の主権と独立が保証された旧エルフ領なのだ。
「エルフ族の独立は保証しても、皇国軍が駐留しないわけじゃないでしょ。エーベルハルトは特戦群の群長なんだから、駐留部隊の長として城主にもふさわしいんじゃないかな」
「冗談はよしてくれ、マルクス。確かに一城の主に憧れがないわけじゃないけど、ここは政治的にこれ以上ないほど敏感な土地なんだぞ。ここを巡って起こる争いを思えば、こんな城さっさと誰かに譲り渡すに限るね」
自ら築城に励んだこともあって愛着すら湧いてきている擂鉢山要塞ではあるが、そもそも俺は魔導飛行艦シュトルムの艦長なのであって、陸の城主ではないのだ。
シュトルムはそれ自体が動く城。陸も海も関係なく世界を股にかける移動要塞である。そこの艦長という大役を任されている以上、俺が擂鉢山要塞に腰を据えることはまずない。
「なら一時的な城代だね」
「それは……めちゃくちゃありうる線だなぁ……」
城主ではないにしても、そのくらいなら楽しそうだし別にいいかな、と思う俺であった。
―――――――――――――――――――――――
[あとがき]
恒例の宣伝タイム!
「努力は俺を裏切れない」コミック版、公開中です! リリーとメイが可愛いです♡
https://gaugau.futabanet.jp/list/work/604f08dc7765619c3b000000
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます