第210話 最強の座

 試合開始前、ジェットは俺に「これは外交戦だ」と言った。

 圧倒的な強さの前には、小細工など意味を成さない。「俺達の闘いを見ても尚、対策できるならやってみろ」と、敵対国の工作員相手にそう実際に口に出したわけではないが、ジェットは目でそう言ったのだ。そして、それを言えるだけの強さがジェットにはあった。

 だからこそ、ジェットの存在は「抑止力」たりうる。そんな抑止力と呼ばれるほどの圧倒的な強さを押しのけるには、同じく圧倒的な強さをぶつけてやるしかない。これは地球における大国同士の核抑止――――「相互確証破壊」と呼ばれる理論が証明していることだ。それはあの世界に生きた俺が、誰よりも詳しく知っている。

 ……核兵器か。日本は保有こそしていなかったが、そんな日本の国民である俺でも、大まかな原理や構造くらいは知っている。本やインターネットがあれほど発達した世界では、もちろん軍事的な機密や難解な計算式まではわからないにせよ、基礎となる知識や理論くらいであればある程度まではすぐに調べることができてしまうものなのだ。

 さて、その核兵器――――現代の地球で標準となっている発展版の水爆は一旦脇に置いておくとして、その雛形である原子爆弾は大きく二種類に分けられる。まず一つが細長い形をしたガンバレル型。そしてもう一つが太くて丸い形をしたインプロージョン方式だ。

 この後者、インプロージョン方式と呼ばれるものが世界では主流となっているわけだが……ふと、俺は思いついてしまったのだ。

 インプロージョン方式。あれは確か、核分裂を起こす物質であるプルトニウムを起爆するために「爆縮ばくしゅく」という現象を利用していた筈だ。「爆縮」とは、爆発によって全方向からまったく同時に、均一な圧力を加えることで衝撃が外に逃げる余地を完全に無くし、それによってプルトニウムを高圧にして超臨界状態、すなわち核分裂に持っていくという技術である。

 俺は今、ジェットを目の前にして、何故かこの「爆縮」が頭に思い浮かんだのだ。単なる思いつきなのかもしれない。だが、八倍に加速された思考が導き出したこの思いつきが、単なる偶然だとはどうしても思えなかった。

 ジェットは強い。まるで戦略級の兵器のようだ。

 ジェットは硬い。その装甲を貫くには絶対の矛が必要だ。

 ジェットは速い。その動きを止めるには、圧倒的なパワーを抑え込むだけの工夫が必要だ。

 この圧倒的なパワーに対抗できるのは、同じく圧倒的なパワーのみ。もし、この戦略級兵器と同じくらい強いジェットを抑え込む仕組みがあるとすれば、この「爆縮」にそれを求めることはできないだろうか。そして「爆縮」に必要な爆発は、俺の【衝撃】で再現できないだろうか……?

 八倍に加速され、刃物のように研ぎ澄まされた鋭利な思考が、限界を超えた結論を導き出す。その結論に従って、俺の意識はコンマゼロ数秒、ミクロメートルの時間的・空間的ズレも許されない繊細かつ緻密な魔力操作を行い、【衝撃】を帯びた魔力の糸をつむぎ出す。

 目指すのは五芒星ペンタゴン六芒星ヘキサゴンを組み合わせた三二面体。魔力でできたサッカーボールのような巨大な立体が目の前に浮かび上がる。その表面の、蜂の巣のハニカム構造にも似た升目ますめの一つ一つが、それぞれ強力な【衝撃】の魔力を帯びた半実体の爆弾だ。


「……む、知らない魔法だな。さてはエーベルハルト、また何か新しい魔法を土壇場で生み出したな?」


 ジェットが楽しそうにそう問うてくるが、生憎とそれに答えてやれるだけの余裕は俺には無い。『雷』一発分の魔力だけを残して、ほとんどすべての魔力をこの新魔法に注ぎ込む。さあ、準備は整った。


「……いくぞ、これが最後の攻撃だ。これで絶対に決めてやる。――――『天牢てんろう』!」


 土壇場で完成した新魔法『天牢』をジェットに向けて放つ。もちろんただ投げるだけでは避けられてしまうので、魔力密度を低くして魔力の実体化を解き、すり抜けさせるようにして内側にジェットを捕らえる。


「何だこれは?」


 流石のジェットも、見たことのない魔法の効果までは予想できないようだ。最大限警戒しつつ、左拳で『天牢』を打ち払おうとしては失敗している。


「……王手チェックメイトだ」


 俺は静かにそう宣言し、『天牢』を発動させる。


「ッ!? ぐぬおおおッ……!」


 ――――ゴォオオオオッッ……!


 三二面体が収縮し、全方向からまったく同時に衝撃波が押し寄せてジェットを襲う。ダメージを受けるほどではないが、あまりの衝撃波の奔流に完全に身動きが取れなくなるジェット。

 これだ。この時を俺は待っていた。ほんの数秒だけ、ジェットを抑え込むことができれば、俺はこの技――――『雷』を発動できる。本音を言えば魔力の全回復ができる『龍脈接続アストラル・コネクト』を使いたいが、流石にあれを使うにはもっと長い時間が必要だ。数秒の差が勝敗を分けるジェットとの試合中にあの技を使うことはできない。


 ――――右手に収束した【衝撃】の魔力が大気中の塵に触れて、ジジジ……という静かな音を立てる。まるで嵐の……雷の落ちる前のような不気味な静けさで、その魔法は少しずつ存在感を高めてゆく。やがて俺の魔力のほぼすべてが注ぎ込まれたところで、ついに発動の準備が整った。

 絶大なる破壊の衝動を湛えた拳を握り締め、すべてを貫く最強の必殺技を発動する。


「――――『いかづち』」


 焦った顔のジェットがなんとか逃れようともがくが、衝撃波の牢に囚われた奴はそこから動くことができない。

 神の怒りを体現したかのような鉄槌がジェットの分厚い装甲に突き刺さり、その身を守る鉄壁の鎧を砕いてゆく。突き立てられた彗星の如き拳が、皇国最強の玉座にヒビを入れる。


「ッ…………!」


 世界が白く染まる。


 この日、俺は皇国最強の座を手に入れた。







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