第81話 狂人

「があああっ!」


 獣のような雄叫びを上げながら、一番手前にいた男が飛び掛かってくる。その動きは欠片も洗練されていない素人丸出しの動きだったが、素早く荒々しい、まるで野生に戻ったかのような動きだった。


「……『またたき』ッ」

「がっ……!」


 しかし素早くても素人は素人。見え見えの動きだったので簡単に躱せてしまう。こうしてカウンターを叩き込んでやれば、避けるモーションすら取れずに白目を剥いて崩れ落ちていった。


「囲め! 数で押すんだ!」


 リーダー格の男が叫んで指示を出し、三人しかいない俺達に数で優位に立とうとする。……が、その考えは甘い。特魔師団を嘗めている。


「イリス!」

「ん、任せて」


 イリスの足もとから魔法陣が複数展開され、俺達をスキャンするように魔法陣が浮上する。


「――『幻影ホログラム』、『光学迷彩ステルス』展開」


 敵に聞こえないように俺達に伝えるイリス。次の瞬間、まるで水の中にいるかのように視界がぼやけたものに変化した。


「移動する」


 イリスに連れられて、隙間を縫うようにして包囲網を脱出する。しかし奴らはまるで見えていないかのように俺達を無視し、結果的に奴らの隣を素通りすることに成功してしまった。


「見えてないのか」

「うん。奴らは『幻影』を見ている」


 先ほどまで俺達がいた位置を見遣ると、そこには変わらず俺達の姿があった。なかなか面白いな。これを初見でやられたらまず対応なんて無理だろう。ご丁寧に細かい表情の変化まで再現してくれているので、虚像なのにも関わらず違和感が欠片も無い。


「流石ですね、シュタインフェルト曹長」

「ありがとうございます」


 別に俺一人でも『絶対領域キリング・ゾーン』とかを使えば倒せるのだが、それではイリスの実戦訓練にならないからな。それにこうやって少しずつ経験を積んでいけば、イリスも俺の足を引っ張ることなく良いチームメイトとして連携していけるようになる筈だ。素質はかなりあるのだし、可能性は高いと思う。


「食らぇええ!! ……あっ?」


 虚像に突撃して、攻撃が空振った敵が呆けたような顔になる。


「『熱線光束レーザービーム』」


 そこへイリスの『熱線光束レーザービーム』が炸裂し、呆けた様子だった男が倒れ臥す。


「……気を付けろ、何かカラクリがある筈だ!」


 リーダー格の男が注意喚起をするものの、特に有効な打開策を打ち立てられた訳でもない。今が一網打尽にするチャンスだ。


「イリス、同時攻撃に挑戦だ」

「できるかな」

「討ち漏らしは俺が片付けてやるから安心していいよ」

「ン、頑張る」


 イリスが掌に光を収束させる。数人分ともなると込める魔力もそれなりに増加するようで、なかなか強大な光が溢れ出ていた。


「――『熱線光束レーザービーム』!!」


 ――――パパパパンッ!


 熱で弾けるような音が鳴り響き、男達がバタバタと倒れる。攻撃が通用しないカラクリの正体がつかめず、奴らが萎縮していたのもいいように働いた。おかげでイリスが攻撃を全弾命中させることができたのだから。


「やるじゃん!」

「素晴らしい攻撃ですね」


 俺もオイレンベルク准将もほとんど何もしていないが、結果的にイリスだけでほぼ全ての暴漢どもを制圧することに成功した訳だ。なかなか華々しいデビューを飾ったな。


「……それにしてもあの『ポーション』、一体何だったんでしょうね?」


 確かにあれを服用した男達の戦意は高まったし、動きも野生的で素早いものになっていた気がする。しかしそれだけだ。特に強くなった訳でもないし、ドーピングにしては効果が薄すぎる。まるで上手く効果が発揮されなかったみたいだ。


「うーん、そればっかりは持ち帰って調査してみるしかありませんね」


 オイレンベルク准将的にも思い当たる節は無さそうだ。まったく、なぜこんなよくわからない薬品が裏市場で出回っていたのか理解ができない。出回るからにはそれなりに効果があると思うんだけどな……。


 と、そんな風に考えていたのが悪かったのだろうか。まるで今の思考がフラグであったかのように、倒れていた筈の男達がユラユラと揺れながら立ち上がり出したのだ。


「――! 総員、警戒せよ」

「っ、はい!」

「……キモチワル!」


 立ち上がった男どもの目の焦点は定まっていない。まるで薬で強引に覚醒させられたかのような……そんな不気味な表情だ。


「……が」

「が?」


 リーダー格の男が何かを発する。その直後、そいつは両目をカッ開いて絶叫し出した。


「ガアアアアァァァァッッ!!!!」

「キモおおおおおっ」

「ひぃっ」

「……こ、これは何ともまた奇怪な反応ですね」


 見れば、そいつだけではない。周りの男達も同様に、叫び声を上げて力み始めている。


「き、傷が!」


 イリスが指差したところを見ると、イリスによって与えられた奴らの傷がみるみる回復している様子が見てとれた。シュウシュウと煙を立てて傷口が塞がっていく様子は、控えめに言ってホラーそのものだ。


「ゾンビかよ……」


 あの薬はさしずめ「ゾンビ薬」といったところか。まったくなんて物を流出させてくれたのだろうか。


「魔力が増えていますね」

「え? ……あ、本当だ」


 オイレンベルク准将の指摘通り、奴らの魔力がざっと2倍程度に増えていた。俺でもあのくらいの魔力量だった昔、2倍に増やすのに数ヵ月かかったというのに!


身体の方も血管が浮かび上がり、筋力が上がっているようだ。


「遅効性かよ……」

「……のようですね。シュタインフェルト曹長、あなたは自分の姿を消した上で、奴らの知覚外からの遠隔攻撃に努めてください。サポートに徹し、くれぐれも前面に立とうとしないこと。あなたは近接戦ができないんですからね」

「は、はい」

「ハルト曹長。もし奴らを取り逃がしたりでもしたら危険です。本気で仕留めましょう。……あの回復力ならちょっとやそっとでは死にはしないでしょうから、尋問はその後で充分です」

「了解」


 俺は『纏衣』を展開したままイリスの『光学迷彩ステルス』から飛び出し、北将武神流の速さとパワーで以って手近なところにいた奴を殴り飛ばした。


「オラァ!」

「ガアッ…………!」


 ボキボキィ……と肋骨の折れる音を立てて、白目を剥いた男が数メートルほど吹き飛ぶ。


「ふんっ!」


 続いて3メートルほど先にいた別の男に回し蹴りを叩き込み、同じく数メートル先まで吹っ飛ばす。ゴキン、と嫌な音が鳴ったのでもしかしたら首の骨が折れたかもしれない。一応初めての殺人になるのかな……とか思いつつ、しかし今は戦闘中なのであまり気を取られないように意識を切り替えて別の奴にターゲットを絞る。


「『ファイヤーアロー』」


 チラリとオイレンベルク准将を見ると、彼は落ち着いた様子で的確に攻撃をぶつけているようだ。準中級魔法と威力は然程高い魔法ではないが、インターバルがほぼ存在しないので全く敵を寄せ付けていない。流石だ。とても安定している。


 続いてイリスを見ようとしたが、残念ながら彼女の『光学迷彩ステルス』が発動していてイマイチどこにイリスがいるのかわからなかった。

 ただ、発動しているということはイリスにはそれだけの余裕があるということだろう。一応、気になったので『アクティブ・ソナー』(いわゆる『ソナー』だ。『パッシブ・ソナー』もあるので区別のために「アクティブ」を付けることにした)を放ってみると、ちゃんとオンボロ小屋の影に隠れてチマチマと攻撃を繰り出しているようだ。今度は「ダメージ大きめに」と意識しているようで、一撃一撃がしっかりと強力だった。


 安心して別の敵の対処にかかろうと思ったその時。たった今放った『アクティブ・ソナー』の端に違和感のある反応が引っ掛かる。


「――なんだ? 今の」


 スラムに立ち入った時に感じた、まるでこちらを遠くから窺い見るような、そんな不快な視線。


「あっ」


 そいつの反応を意識した瞬間、その怪しい反応が消える。


「――――!」


 戦闘で熱くなった頭に、一気に冷や水をかけられたような気がする。


 ――今、俺達が戦っているのは何故だ?

 それは皇国の治安を乱す、違法な薬物を発見したからだ。


 ――ではその薬はどこから出回っている?

 それはわからない。こいつらは使い捨ての実験台。少なくとも流通元ではない。


 ――これを横流ししているのがどこの誰だかは知らないが、これだけ強力かつ非人道的な薬なのだ。今の奴らとの戦闘が実証実験としての要素を孕んでいるのは確実だろう。そして実証実験には監視・報告役がいるのが世の常だ。


「『アクティブ・ソナー』ーーッッ!!」


 俺は鼠一匹逃がさない気で、最大強度で探知の魔力波を発射する。

 ビリビリと振動波すら感じさせるほどの強大な魔力波が皇都中を駆け巡り、怪しい反応をあぶり出す。


「――見つけた」


 今の一瞬でかなり距離を移動していたみたいだが、それでも百メートル程度だ。リリーのような転移魔法を使う様子もないし、追いつけない距離ではない。


「ハルト曹長!?」

「オイレンベルク准将! 怪しい反応を見つけました。おそらく流通元に関係する奴です。俺はそいつを追いかけます。ここは頼みました!」


 俺の発した異常な魔力波を不審に思ったのか、戦闘中のオイレンベルク准将が俺を振り返って訊ねてくる。それでも戦いの手を止めていないのだから流石は准将といったところか。


「……了解です。そちらは任せました。ここは私達で制圧します」

「助かります!」


 『飛翼』を展開し、俺は一気に空を駆け上がる。気が付けばもう怪しい反応は数百メートルほど移動していたが、それをも上回る速度で俺は奴を追い掛ける。

 十数秒ほど飛んで、遂に不審な反応を目視で捉えることに成功した。奴は人間とは思えないほど足が速いが、イリスのように消える訳でもなければリリーのように転移して逃げる訳でもない。ならば俺のように空を飛べて、探知もできる存在から逃げるのはまず不可能だ。


「――――『烈風』!」


 一瞬で展開した『白銀装甲イージス』を右手に収束し、上空から逃げるそいつに攻撃を加える。


 ドゴォォッ! と地面が抉れてかなり強めの衝撃波が周囲を襲うが、手応えは感じなかった。……避けられたか。


「……よう」


 そのまま奴の十メートルほど先に着地し、俺は正面からそいつと対峙する。フード付きのローブで全身を覆った怪しいそいつは、まるで何事も無かったかのように居住まいを正して俺に向き直った。攻撃が効いていないのは癪だが、どうやら今ので逃げる気は無くなったようだ。


「さあ、正体を現してもらおうか」


 奴がフードに手を掛ける。今回の事件の黒幕に繋がる存在の正体が今、明かされようとしていた。

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