第237話 分家の罪

「ところで、分家の連中には人望の欠片も感じなかったわけだが、どうして奴らは勢力を拡大し続けることができてるんだ? いくらデルラント王国の後ろ盾があるとはいえ、あんなのに付いていけば破滅しかないのは目に見えてるだろうに」


 人徳も、カリスマ性も、知性も、計画性も、何より一番重要な要素である正統性すらもないゲオルグを中心とした分家勢力。どれだけ阿呆でも、宗家と分家のどちらに付けば良いのかくらいはわかる筈だが。


「それが……分家の連中は自分達に人を惹きつける魅力が無いことを自覚しているのでしょう。奴らは卑怯なことに、人質を取って強制的に仲間を増やしているのです」

「何? 人質だって?」

「はい。重要人物の家族や、支配した領域の領民達を盾に、やりたい放題をしていると聞きます」

「なんつう卑劣な真似を……。それじゃあ分家に従っている人間を倒すわけにはいかないじゃないのさ」


 敵がすべて非人道的な奴らだったらどれほど良かっただろう。善人なのに大切な人を人質に取られて仕方なく従わされているなんて、戦いにくいことこの上ない。


「人質を取られて仕方なく敵対の道を選んだ彼らには申し訳ないですが、それでも分家を滅ぼすという私の覚悟に変わりはありません。譲れない一線というものはあります。たとえどれほど大きな傷を負おうとも、分家の奴らにアーレンダール家を任せることだけは許容できないのです」


 ならばいっそ滅んでしまったほうが国のためにもなる、と。とても一四歳とは思えない覚悟で呟くカリン。


「人質はどこに囚われてるんだ?」

「おそらくここだろう、という候補地はいくつかあります。ただ、それは確かな情報ではないです。……更に困ったことに、おそらく人質は数ヶ所に分散した状態で囚われています。どこか一ヶ所を襲撃して一部の人質の奪還に成功したとしても、報復で他の場所に囚われている者が殺される可能性が高いです。奴らにとっては単なる人質でも、私にとっては大切な領民です。彼らを危険に晒すわけにはいかないのです……」


 まあ、複数の人質を一ヶ所に留めておくメリットは無いから、いくら考えの浅い分家の連中とはいえどもそのくらいの対策は当然してくるよな。


「参ったなぁ……。奴らに囚われてる人質は何人いるんだ?」

「現時点でこちらが確認できている人数は三六名です。彼らを救い出すことができれば、離反した家臣のうち五〇名ほどが戻ってきます」

「三六人か」


 思ったより多くはなかった。少ないとは言わないが、俺一人でカバーできない数ではない。五〇人ほど家臣が戻ってくれば、それなりに宗家の発言力も戻ることだろう。


「家臣達はそれぞれが部下を従えていますから、実質的な戦力は三〇〇〇ほどがこちらに戻ってくるとお考えください」

「ほぼ逆転じゃないか」

「言い換えれば、現時点ではほぼ勝ち目が無いってことでもありますね」

「それを言ってやるなよ、メイ……」


 ちなみに現状、宗家が保有する戦力は直属の親衛隊と兵士を合わせて一〇〇〇人ほど。分家が元々有していた戦力が一〇〇〇に満たない程度だから、人質の奪還に成功しさえすれば一気に戦力差が開くことになる。


「他にも、分家側の勢いの背景には、兵站へいたんを無視できるという要素があることも大きいかと思います」


 そう付け加えたのはアガータだ。彼女の言う通り、宗家が領民の生活を考えて追撃の手をこまねいている間に、分家は後先考えずにがむしゃらに攻めてきた。そして、その結果が現状の彼我の戦力差に繋がっているのも確かなのだ。


「そういう無茶な作戦を実行に移せるのは、分家が阿呆というのもありますが、やはりデルラント王国からの支援があるというのが大きいでしょう」

したたかなデルラント王国のことですから、分家が政権を奪取した暁には支援を有償に切り替えて搾り取る算段を立てているんでしょうね」


 忌々しげにデルラント王国を非難するカリン。可愛らしい顔にシワが寄ってしまっている。まだ一四歳(俺達もそう変わりはしないが)の女の子にこんな表情をさせるなんて、デルラントの連中もつくづく卑劣な奴らだ。


「せっかく政権を簒奪することに成功したとしても、破壊しつくした不毛な大地と腹を空かせた領民を大量に抱えた分家は、結果としてデルラント王国の傀儡政権に成り下がらざるを得ない、というわけだな。……まったく、二歩も三歩も先手を打たれているなぁ。俺達が来なかったら、本当にノルド首長国はいずれ消滅していたかもしれないぞ」


 焦土作戦。それが、分家勢力の採っている戦法の名称だ。焦土作戦とは、自国の農地や井戸などを潰しながら後退することで、浸透してきた敵軍の物資の現地調達を不可能にし、敵の補給線が伸びきって限界に達したところを叩くという、いわば我慢比べみたいな戦法である。これは本来ならばハイラント皇国やヴォストーク公国連邦のような、広大な土地と資源を有する国のみが採れる戦法だ。土地と資源に限りのあるノルド首長国のような小国が採って良い戦法では決してない。焦土作戦とは、ともすれば祖国の滅亡を助長しかねない諸刃の剣なのだ。


「いずれにしても、ただでさえ豊かとは言えないアーレンダール領の農地はもはや壊滅状態です。来年いっぱいは他領か、あるいは外国からの輸入に頼るしかありませんね。はぁ、分家の連中もやってくれましたね……」


 当主の座に就くことが事実上確定しているカリンの口から重たい溜め息がこぼれ落ちる。可哀想ではあるが、頑張ってくれとしか言いようがない。

 まあ宗家が勝てばデルラント王国からの援助はまず間違いなく期待できないので、おそらくハイラント皇国から食料を輸入することになるのが現実的な路線だと思う。皇国とノルドは友好国なので、そう悪い話にはならない筈だ。多少の外交圧力くらいはあるかもしれないが。


「とりあえず善は急げ、だ。人質が囚われている候補地を見繕って資料にまとめてくれ。奪還のほうはこっちでなんとかする」

「なんとかって、まさかお一人でなさるおつもりでございますか?」


 カリンが目を見開いて「何を荒唐無稽なことを」とでも言わんばかりの表情で俺を見てくる。そりゃあ信じられないだろう。いくら俺が強いからといっても、俺は一人の人間なのだ。普通に考えて、同じ人間が同時に複数の場所に存在できる筈がない。遠距離通信の手段が(一般に普及していないとはいえ)存在する以上、同時か、限りなく同時に近しい短時間の間に人質全員を解放できなければ、残された人達は殺されてしまうのだ。カリンとしては許可できる話ではないだろう。

 ――――ただ、それはあくまで考えたら、の話だ。俺が普通じゃないのは、ここに来るまでの道中で散々俺の非常識さ(自分で言っていて悲しくなってきた)に翻弄されたアガータなら知ってるよな?

 俺はアガータのほうを見て、意味ありげに目配せする。













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[あとがき]※長文失礼します


 こんにちは! 作者の常石及です。

 読者の皆さまにご報告がございます(近況ノートにも同じものを画像つきで載せたので、よろしければそちらもあわせてご覧ください)。

 この度、九月末に『努力は俺を裏切れない』の第二巻が発売される運びとなりました!

 今回はかなり多めに改稿&書き下ろしの展開を追加してあります(総加筆文字数でいえば二万文字くらいは加筆してあると思います)。

 特に書籍版限定の、イリスとエーベルハルトの絡みを描いた番外編には力を入れました。

 Web版ではいつの間にかヒロインと化していたイリスですが、今回の書き下ろし特典ではイリスが明確にエーベルハルトへの恋愛感情を意識するきっかけとなった場面が描かれています。

 可愛いです。エロいです。ぜひ楽しみに待っていてください!

 他にもメイとのお風呂シーンを詳細に描写したりと、全体的にエッチ度マシマシにブラッシュアップしております。

 美和野らぐ先生の美麗なるイラストも、相変わらず神がかっていて素晴らしいです。表紙のクールで可愛いイリスが最高です(語彙力)。


 さて、ここで皆さまに拙著をお手に取っていただくためにも、少しだけ特別編の本文を抜粋してお見せしたいと思います。


抜粋①

「えっちなこと……しよ?」

「はぁ⁉︎」

 がばちょ、という擬音が聴こえた気がした。気づけば俺は一瞬でイリスに押し倒され、組み敷かれていた。イリスが俺の上に馬乗りになっている。色々と危ない体勢だ。


抜粋②

「ハルト……ぶちゅっ」

「むぐっ!」

 唇が奪われた。癖毛気味の青い髪が頬にかかってくすぐったい。イリスのシトラスのような香りが鼻腔から入り込んできて、肺いっぱいにイリス成分が充満する。ダメだ、なんかクラクラしてきた……。


抜粋③(官能小説かな?)

「ん……むちゅ、んふっ……んう……」

 あろうことか、舌まで入れてきやがったイリス。俺はといえば、もう色々といっぱいいっぱいで抵抗することができない。もうダメ、お婿にいけない……!


 抜粋はここまで!

 続きは書店かAmazonにてご購入の上、お確かめください。

 イリス推しの皆さま、カクヨムに上げる予定は無いので、ここでしか読めませんよ〜!!

(追伸:メイのおっぱいも凄いよ)

 カクヨム上の作者ページから作者Twitterに飛んでいただければ、Amazonのリンク等がございます。書店にてご予約していただけるともっと嬉しいです!


 読書の秋ということで、ぜひのんびりとしたお時間のお供になれることを願っております。それでは書店にて。

 ※長文失礼しました


                      常石及


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