第242話 内通者
囚われていた重臣の身内達の身柄を確保し、宗家の本拠地にある保養施設まで送り届けた俺は、そのまま急いで本営の置かれている会議室に向かっていた。
会議室には、カリンの呼び掛けによって既に宗家陣営の幹部が勢揃いしている。本営会議という名の尋問がこれから始まることを、幹部達は誰一人として知らない。知っているのは、俺とカリンだけだ。
会議室に着くと、カリンの親衛隊(近衛兵と呼ばれているらしい)が本営を囲んでいた。幹部が一堂に会するので護衛をする、というのが表向きの理由のようだが、実際は違う。幹部の中にいる内通者が逃げられないようにするためだ。
もちろん近衛兵達はそんなこと知らされてはいないのだが、カリンが一言命じれば瞬時に状況を察して命令に従う。姫を守る近衛兵は、そんな一流のエリート兵士達によって構成されているのだ。
「ファーレンハイトだ。今帰った」
「ファーレンハイト様、お帰りなさいませ。本当、助かりました。これでようやく反撃に移ることができます」
部屋の中に入ると、幹部達が一斉に俺のことを見てきた。見たことのない者もいるが、彼らは前線で陣頭指揮に立ち、俺が来るまでの間、なんとか宗家の領域を死守していた勇者達だ。俺に対するその視線に敵意は無い。
「さあ、それではファーレンハイト様もお帰りになられたことですし、秘密にしていた会議の議題を今ここで発表するとしましょう」
カリンが口を開いて、この場の空気を張り詰めたものに変える。……これがカリスマってやつか。カリンは歳下(前世の記憶も合わせた精神年齢で考えると、かなり下になる)だが、彼女から学ぶことは多いな。
「単刀直入に言いましょう。この中に内通者がいます」
「なっ……」
「そんなバカな! 我らは姫様に忠誠を誓った者同士。『誓いの
「許可の無い発言をお許しください。姫様のお言葉を疑うわけではございませんが、わたくしめには御身のお考えが図りかねます。どうかその発言の根拠をお教え願いたい」
カリンの一言で、紛糾し出す会議室。ちなみに『誓いの盃』とは、例の嘘発見魔道具のことのようだ。『盃』に注いだ酒を飲んだ人間の魔量反応を測定して、嘘かどうかを見分けるのだとか。簡単にいえば脳波測定の魔力版だ。
「昨晩の段階でこの場にいる者しか知らない情報が、今日、敵に渡っていました。その意味がわかりますね?」
「そ、そんな……!」
「姫様を裏切った不届き者が、この中に……」
「くっ……だ、誰だ! 儂がこの場で斬り捨ててやる!」
「落ち着きなさい」
カリンが口を挟んだ瞬間、皆が押し黙った。流石だな。
「疑心暗鬼になって
「はっ。失礼いたしました」
「真意に気づかず
「わかれば良いのです。それに、ファーレンハイト様の働きによって宗家の戦力は大幅に改善する見込みがあります。なればこそ、今この場で獅子身中の虫を潰しておかねばと思ったのです」
カリンは続けて言う。
「宗家が力を削がれ、分家勢力が勢いを伸ばし続けた要因は三つあると私は考えています。一つは最初期の段階で宗家側の重臣から人質を取ったこと。二つ目はデルラントからの援助をあてにした、
的確な情報分析と、その分析結果をもとに最適な作戦を立てる力。それら当主に必須の力を持つカリンだからこそ、自ずと家臣達もついてくるのだろう。
「昨晩の人質奪還作戦はいわば、この状況に運ぶための秘密作戦……デウス・エクス・マキナ作戦のための陽動でした。デウス・エクス・マキナ作戦を知る者は私とファーレンハイト様以外にはいない。そしてこの秘密作戦によって、私はついにその者が内通者であるという確固たる証拠を掴むことができました」
自分達の知らない作戦名を告げられた幹部達は、水面下で動いていた作戦の規模の大きさに戦慄している。敵を欺くには、まず味方から。それを俺という
ただ、この場で一番の恐怖を抱いている人間は彼らではないだろう。表情にこそ出てはいないが、
「この場にいる者しか知らない情報を、リアルタイムで敵に伝えることができ、かつこちら側の最大戦力であるファーレンハイト様の秘密、――――『彗星』が空を飛べる、と知っていた者。……両方の条件に当てはまる者は一人です」
皆が息を呑むのがわかる。そしてカリンはその名を告げた。
「アガータ。あなたしかいないのです……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます