第180話 死霊操術師

「イリス。ヨハン。隙を見て援護してくれ。他は砦の制圧だ」


 こいつは、あの才能溢れるクリストフの父親で、かつて宮廷魔法師団の団長候補にも上がったことがあるほどの実力の持ち主らしい。まあその話は、当時近衛騎士団の団長だったオヤジが「こいつとは一緒に仕事がしたくない(意訳)」と言ったことで流れたと聞いたが……。

 それに加えて、現在はこうして魔人化している。魔人は超回復であれ、瞬間移動であれ、何かしらの固有技能を持っていることがこれまでの経験から発覚している。さらには魔人になることで魔力や筋力も人間の限界を超えて強化されるわけで……。

 とにかく、決して軽んじていい敵ではないということだ。


 感じられる魔力量や佇まいから、まだ俺のほうが強いだろうとは思われる。だから別に一対一で戦ったところで、負けはしないのだろう。

 しかし、俺には守るべきものがある。万が一にでも死んでしまえば守れるものも守れなくなり、死ぬことはなくとも怪我をしてしまえば、軍務に服することもできなくなってしまう。

 であれば、切羽詰まっているわけでもなし。余裕を持って多対一で追い詰めてしまえばよいというわけだ。これを卑怯と言うなかれ! 命あっての物種である。面子を大事にして命を失うようでは元も子もないのだ。


「貴様……ッ、多対一とは卑怯ではないかッ!」

「お前、それ言ってて恥ずかしくないのか?」


 プライドだけは高いくせして、戦士としての誇りは感じられないのだから身勝手な奴だ。伊達にクリストフの父親をやっていない。


「あんた……ええと、名前知らんけどさ。とにかく、お前には色々と訊きたい話もあるんだ。大人しく縄についてもらうぞ」

「我が名はグラーフ! グラーフ・フォン・ブランシュ伯爵である。まったく、高貴なる私の名前を知らんとは!」

「いや、お前んとこ確か伯爵家だろ。うちのほうが爵位上だぞ!」


 まあ、伯爵家なのだが。今はただの犯罪者で、魔人だ。

 ちなみに我が家は辺境伯家。家格としては伯爵の一個上の侯爵と同格である。わかりやすく言えば、臣籍降下した旧皇族である公爵家を除けば、家臣団の中では最高位だ。


「………………ぬおおおおおおッッ!」


 身分バトルなんてみっともないこと、あまりしたくはなかったのだが、向こうが吹っ掛けてきたのだから仕方がないというものだ。それでこうやって自滅しているのだから、もはや滑稽噺こっけいばなしである。


「貴様は絶対に殺すぅぅうううう!」

「イリス! ヨハン!」

「わかってる。――――『光学迷彩ステルス』」

「任せろ。————『魔剣ディアブロよ、我が魔力を喰らいて覚醒し給え。暴虐の嵐インドミナス・テンペスタス』!」

「『白銀装甲イージス』!」


 俺の合図で二人がそれぞれの全力モードを発動する。俺も『白銀装甲』を展開して、攻撃・防御ともに準備万端の状態になる。


「『収束太陽砲ペネトレイト』」

「ぎゃっ!」

「『衝撃弾』」

「ぐわああああっ!!」


 クリストフの親父がそろそろ動き出すだろうなぁ〜というタイミングで、イリスが剣道でいう出端小手でばなごてのように威力高めのレーザービームを放って奴の顔面を焼く。グラーフがそれに気を取られた隙に、俺もまた威力高めの『衝撃弾』を放って奴を吹き飛ばしたというわけだ。


「推して参るッ!! はぁあああああっ」


 吹っ飛ばされて決定的な隙を晒した魔人グラーフに、畳み掛けるようにして『暴虐の嵐ほんき』モードを発動した魔剣ディアブロを振るうヨハン。マリーさんの元にやってきた当時とは違い、今やほぼ完全に魔剣ディアブロを掌握したヨハンの剣戟はかなり強力だ。まともに喰らえば、『白銀装甲』を展開した俺とて危ういだろう。受けきる覚悟を持った上で装甲を分厚くすれば耐えきれるだろうが、不意を突かれれば通常の『白銀装甲』では防ぎきることはおそらく難しい。

 そのくらいの、一撃一撃が必殺技クラスの威力を秘めた剣戟の嵐なのだ。まさしく「暴虐の嵐」と表現するに相応ふさわしいだろう。


「ぎゃあああっ、ぐわっ、ぐぎゃあああっ」


 聞くに耐えない汚い悲鳴が瓦礫の向こう側から聞こえてくる。その度に真っ赤な血飛沫しぶきが部屋の中に飛び散っていて、なんだか海外のB級スプラッタ映画を見ている気分だ。


「ヨハンとグラーフは、実力だけ見ればどっこいどっこいだと思うんだけどなぁ」

「わたしとハルトが思いきり奴をぼこぼこにした。三対一はそのくらいこちら側に有利」

「だよなぁ」


 道理でリンチが無くならないわけだ。戦いは数とは、よく言ったものである。


「そろそろ終わるか」

「奴の首を落とした。いくら魔人であっても、流石に死ぬ筈だ」

「まあグラーフの場合は、あんまり回復力も高くないみたいだしな」


 いつぞやの超回復を備えた魔人は厄介だった。人間なら明らかに致命傷であろう傷を与えても、一瞬で回復するのだから。魔人ブウを相手に戦い抜いたZ戦士達がいかに偉大であるか、今ならわかるというものだ。


「ぐぬわあああああっ!!」


 と、血まみれの瓦礫の奥から野太いおっさんの声が上がり、瓦礫の山が吹き飛ぶ。


「生きてんじゃねぇか! ヨハンッ」

「済まない……。なにぶん、俺は魔人を相手にするのは初めてだからな……」


 仕方ない。何故生き返ったのかは不明だが、こうなったらサンプルを取るためにも心臓に腕を突っ込んで、無理やり魔石を引っこ抜くしかあるまい。


 俺は実体化させていた魔力を右腕に収束してほこの切っ先のように尖らせ、【衝撃】の魔力を一定の方向に向けて加速させる。


「……『貫通撃アーマー・ピアス』!!」


 技の名前は今考えた。しかし言い得て妙ではなかろうか。どんな防御でも貫いて相手を殺す技だ。魔力の鉾の長さ分以上のコンクリートブロックでも持ってこない限り、この技を防ぐのは不可能だ!


「……ぬおおおあああっ! 『死霊操術ネクロマンシー』!!」


 ブスリ、と。嫌な音を立てて『貫通撃アーマーピアス』が肉に刺さる。しかし魔人グラーフの悲鳴は聞こえない。


「…………何?」


 目の前にいたのは、忘れもしない一年と半年前。この俺が自ら引導を渡し、結果として処刑されることになったあのクリストフだ。そいつの顔があった。


「クリストフ……!?」


 だが、クリストフは返事をしない。その目はうつろで、どこを見ているのかも定かではない様子だ。

 よく見れば、肌も死人のように青白い。そりゃそうだ。奴はとっくの昔に死んでいるのだから。


「……グラーフ?」

「ふ、ふはは! 成功だ! これで私もようやく第三世代の一員だ!」

「第三世代?」


 いったい、何のことだ。さっきから……というか、ここで初めて会った時から、独り言の多い奴だな。


「ふ、ふはは。復讐のために人間であることを捨てて奴らの一味となったが、こうしていざ覚醒してみると魔人というのも悪くない!」

「ハルト。覚醒って……」

「なんか嫌な予感するよなぁ……」


 物語において、敵キャラとは終盤の盛り上がってきた局面で強大化するものだ。それは現実世界であっても変わらないらしい。


「……とにかく、ますます奴を逃すわけにはいかなくなったな」

「俺がトドメを刺しておけば……」

「ヨハン、もう過ぎたことだ。次失敗しなけりゃそれでいいよ」


 中途半端に敵を追い込んだことが、奴を覚醒させるきっかけとなったわけだが。まずどうしてあの状態から復活できたのか。そして何故クリストフがいるのか。そもそも、どのようにして魔人になったのか。捕まえてから尋問しなければならないことは無数にある。

 というわけで、死なない程度に奴を魔刀ライキリの錆にしなくてはならない。なに、相手は魔人だ。多少やり過ぎても死ぬことはないだろう。


 俺は再び魔刀ライキリを抜刀すると、こちらに向かって歩いてくる表情の無い死霊人形クリストフに向けて構え直すのだった。

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