第167話 庭園での出会い
「うっ……おえっ」
「だから飲みすぎなんですよ、ちょっとは自制しないと……おえっ」
「ハル……、お前も人のこと言え……オロロロロ」
「うぎゃぁあああっ! ヒルデてめえ!」
「あーーっ、お前先輩のこと呼び捨てにしたなぁ! そんな不届き者はこうしてやる!」
「うわっ、そんな状態で瓶持って近づいてくんな! 顔洗ってこい……ウッ」
死屍累々とはこのことか。入学式翌日の朝、履修登録期間で授業が無いのをいいことに、早速我が魔法哲学研究会の部室は惨憺たる様相を呈していた。
唯一の良心ことカミル先輩は「付き合ってられないよ」と言い残してとっくの昔に帰宅しており、パンツ丸出しで潰れているレベッカさん、どギツい蒸留酒の一升瓶を抱きかかえて嬉しそうに気絶しているイザベラ部長、そして俺の横で一晩中ダル絡みしてきたヒルデことヒルデガルト先輩に、真っ青な顔で必死にもらい◯◯を我慢している俺が今の部屋の面子だ。
良心や自制などというものは欠片も存在しなかった。何度貴族権限を発動しようとしたことか、数えることすら面倒になるほどだ。
とりあえず辛うじて残っている理性を総動員して『解毒』で体内の
まったく、こんな様子で本当に哲学できるのか怪しいが、これでも超一流の学院なのだ。やる時は真面目にやるのだろう。
「ほら、『解毒』」
ヒルデに回復魔法をかけてやると、青白かった顔に少しずつ血の気が戻ってきたようだ。
「……悪ィ」
「自分で片付けてね」
「……うす」
テンション低めのヒルデを残し、俺は魔法哲学研究会の部室を後にするのだった。
✳︎
部室棟に備え付けのシャワールームで汗を流し、インベントリから予備の制服を出して着替えた俺は、朝の人の少ない学院内を散歩することにした。
今は履修登録期間のため、そもそも通学してくる人間の絶対数が少ないということもあって校内は閑散としている。図書館もまだ開いていないし、部活動の朝練などで集まってきている生徒以外は、暇人か、物好きくらいしかいないだろう。
部室棟裏の庭園に設置してあるベンチとテーブルで優雅にモーニングティーを楽しんでいると、数十メートル先にある別のベンチに誰かが腰掛けているのを発見した。どうやら俺以外にも物好きがいたようだ。
若干距離があるのでよくは見えないが、おそらく女子生徒のようだ。身体の動きや姿勢を見る限り、どうも本を読んでいるらしい。確かに春の早朝は肌寒くはあれど極寒という訳でもなく、虫も少なければ風も心地よいからな。読書にはうってつけだろう。
そんなことを思いながら眺め続けていると、俺の視線を感じたのか、その子が顔を上げてこちらを見てきた。
目が合う。
ペコリ、と向こうが会釈してきたので、俺も会釈を返すことにした。うーん、これで会話もなく終わりっていうのも、味気ないよなぁ。お茶でも振る舞うか。
俺は新しいティーカップとティーポットを用意して、その子の元へと向かう。だんだんと近づくにつれてどんな人かはっきりと見えてきた。栗色の髪を緩いお下げのようにしてまとめた、眼鏡を掛けた小柄な子だ。身長はメイといい勝負なのではないだろうか。ドワーフではないので身体の凹凸こそ目立ってはいないが、だからこそ余計に小柄に見えてしまう。
「おはよう。早いね」
「おはようございます。……これ、日課なんです」
襟の色は
「日課って、昨日入学したばっかりじゃないか」
「ああ、その、家が近所なので。昔からここに来ていたんです」
子供に不法侵入されているのか……。大丈夫か、魔法学院。それとも何だ、前世の大学みたいなものか? 学生以外の市民にも構内が開放されているってパターンもありうる訳か。
「この庭園はあまり人が来ないスポットなので、読書に没頭できるんです」
「へえ……。ってことはひょっとして、文芸部に入る予定があったりするの?」
「! はい。ええと……」
「エーベルハルトだよ」
「はい。首席の方でしたよね。エーベルハルトさんももしかして文芸部に興味があるんですか?」
「うん。魔法哲学研究会と掛け持ちだけど、できたら入りたいなとは思ってるよ」
「あ、あのっ!」
女の子が本を胸に抱えて詰め寄ってくる。
「是非、文芸部に入ってくださいませんか! このままだと入部早々、廃部になっちゃうんです!」
「……何だって?」
どうやら、またもやのっぴきならない事態が発生しているらしかった。
✳︎
「それで、あの、現状部員が私一人しかいなくて……。校則で部員は最低二人以上が原則なので、今月中にもう一人の部員が見つからないと部室も与えられないし、予算も降りないんです」
……とのことらしかった。道理で探しても探しても文芸部の部室が無かった訳だ。部室がどこにあるのか、今日あたり厚生委員会に訊きに行こうと思っていたが、無駄足を踏まずに済んだようだ。
「なので、不躾なのは充分承知の上で、名前だけでもいいので文芸部に入ってくれませんか……」
「いいよ」
「えっ! あ、ありがとうございま」
「というか名前だけじゃなくて、普通に俺も文芸部に入るつもりだったから。改めて、エーベルハルトです。よろしくね」
「……ほ、本当ですかっ! あ、失礼しました! 私、ユリアーネ・フォン・メッサーシュミットといいます。よろしくお願いしますね!」
「メッサーシュミット……」
フォンってことは貴族だよなぁ。しかし不勉強で恥ずかしいことに、寡聞にして知らない。これでも大貴族の嫡男として主要な皇国貴族の情報は押さえているから、知らないということはよほどの辺境に領地を持つ零細貴族か、あるいはどこかの省庁に勤める新興の法衣貴族なのだろう。
それにしてもまあ、なんというか実家が戦闘機でも造っていそうな苗字だが。
「
「一代で貴族に成り上がるのも相当凄いことだから、謙遜しなくてもいいと思うよ」
謙遜は美徳だが、過度な謙遜は他者への攻撃にもなりかねないのだから。
「そう言ってもらえると嬉しいです」
メッサーシュミットさんも、大人しくはあっても過度に卑屈なタイプではないようで、素直に褒め言葉として受け止めていた。とても好ましい性格だ。
「さて、それじゃあ早速入部の申請をして、部室を手に入れないとな」
「はい! ……その、何とお呼びしたら良いですか?」
「好きに呼んでくれていいよ。特にこだわりはないし。俺も名前で呼んでいいかな?」
「もちろんです。じゃあエーベルハルトくん。これから文芸部の仲間として、よろしくお願いしますね」
「うん、こちらこそよろしく。ユリアーネ」
こうして俺は第二の部活と仲間を得ることに成功したのだった。
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