第165話 部活動

「そういえばお二人は、部活は何にするか決めましたの?」


 無事に就くべき役職も決まり、話題が雑談に切り替わったところでクラウディアさんがそんな話を俺達に振ってくる。


「部活?」

「ええ。入学式から一週間は新歓期間に設定されていますのよ。ちなみにわたくしは造形部に所属しておりますの。もしお時間に余裕があれば、是非遊びに来て下さいまし」

「へえ。『土人形ゴーレム』使いのクラウディアさんらしいですね」

「三年間の修行の甲斐あって、今ではかなり格好良いデザインの『土人形ゴーレム』が作れるようになりましてよ。もちろん強さも以前とは別物ですわ」

「今度是非見せていただきたいですね」


 元からクラウディアさんの『土人形ゴーレム』は他の一般的な『土人形ゴーレム』と比べてかなりの強さを持っていたが、あれよりも更に強く美しくなったと聞けば、是非その姿を見てみたいものだ。


「殿下は入りたい部活とかはあるの?」

「うーん、私はまだ考えていないかな。やはり自分の目で見てみないと何とも言えないよね」

「体育会系か、文化系かも決まっていない感じ?」

「そうだね。ただ、どちらにも興味のある部活があるから、それらを回ってみることにするよ。エーベルハルトは?」

「文化系かな。体育会系だと本気で楽しめないだろうしね」

「強者特有の贅沢な悩みだね」

「まあ、真剣の殺し合いとスポーツは違うから」


 数々の死線をくぐり抜けてきた俺にとって、いくら皇国最難関の魔法学院とはいえ、学生の部活動など言っちゃ悪いがお遊びも同然だ。そこで本気など出そうものなら俺の一人勝ちになってしまうし、自分も周りもたいして楽しめやしないだろう。だから俺は体育会系の部活に入るべきではない。


「どんな部活があるのかなぁ」


 放課後の部活動めぐりを楽しみにしながら、俺は生徒会室の窓から学院の中庭を見下ろすのだった。



     ✳︎



 今後の生徒会の活動についての諸史料をインベントリにぶち込んだ俺達は、クラウディアさんに挨拶をして生徒会室を出た。今日は他の役員達は仕事で出払っているようで、正式な顔合わせは明日以降になるようだ。これから数年間を共に過ごす先輩達だ。仲良くしてもらえると嬉しいが。


「それじゃあ殿下、また明日」

「また明日。いい部活が見つかると良いね」

「そっちこそな」


 今日は体育会系の部活を中心に見て回ることにしたらしい殿下と別れ、俺は文化部のブースがひしめき合う部室棟正面のホワイトフェザー並木の通りへと向かう。


 剣術部、槍術部、弓術部、馬術部、格闘術部、魔法戦術部、登山部、野戦部、肉体美追求会、管弦楽団、歌劇団、吟遊詩人部、美術部、造形部、史学会、魔法史学会、現代魔法理論研究会、古代魔法文字研究会、魔法哲学研究会、文芸部、魔法工学部、従魔愛好会、料理部、手芸部、広報部、新聞部……。


 パッと目に入るだけでこれだ。体育会系の部活は中庭方面にブースが設けられており、これから向かう文化部ブースとはやや距離が離れている。とはいえ運動部と文化部を兼部する人間も一定数いるようなので、両者の間の人の往来は思ったよりも多い。


「野戦部なんてものがあるのか……。卒業後に軍人を目指す人が所属してるのか?」


 俺は既に二年間と少しの特魔師団での軍人経験があるので、野戦なんてもう充分お腹いっぱいであったりする。魔の森でも散々野宿を経験したし、それが嫌だったからこそ『簡易野営ハウス』なる装備を常備しているのだ。


「あと……肉体美追求会って……」


 古代ギリシアやローマの彫刻ばりの肉体美を追い求めて日々筋トレに励む部活なのだろうか。あるいはムッチムチ・ボンキュッボンなお姉さんとか……。しかしここはエリートが集う魔法学院。そんないかがわしいことをやっていたら将来に差し障ると思うのだが。

 それに、何を以て「美」とするかの定義が曖昧すぎる。例えば古代ローマ人はある程度肉がついたふくよかな女性に健康的な美しさを感じるが、東洋では小柄で身体の薄い女性こそが美しいとされていた。首が長ければ長いほど美しいとされる首長くびなが族なんて部族もいたくらいだ。「美しさ」とは文化的な背景によって容易に変化しうる、曖昧で主観的な基準なのである。


「ま、俺はちょっとだらしないくらいから線の細いスレンダー型まで幅広くカバーしてるけどな……」

「へえ。そうなのね」

「なかなか罪深いでありますな」

「ぎゃああっ!!」


 振り返ると、スレンダー体型リリームチムチ体型メイが背後に立ってこちらを見ていた。


「い、いつからそこに……」

「野戦部、のあたりからかしら」

「驚かせようと思って黙って近づいたんであります。ハル殿のことですし、気づかれると思っていたんですが……」

「まだ見ぬ肉体美に溢れる女体を想像して夢中になっていたって訳ね」


 心なしか、リリーの視線が冷たい気がする。


「そ、そんな、人を助平みたいに言うものじゃないよ」

「ハル君は充分エッチだと思うわよ」

「しょっちゅう私の胸を揉んでおいて、よく言うであります」

「私の場合はお尻ね」

「ぐはっ!」


 どうやら日頃のスキンシップの積み重ねが思わぬところで炸裂したらしい。


「ま、私達にする分には別にいいのよ」

「他で欲情されちゃたまらんのであります」


 リリーはともかく、メイがここまで独占欲を露わにするのは珍しいな。あっけらかんと独占欲を主張する彼女だが、よく見るとほんの少しだけ頬っぺたが赤くなっている。……なるほど、メイにしても勇気を出して言った発言なのか。い奴め。


「それで、二人は何部にするつもりなの?」

「どうしようかしら。それで悩んでるのよね……。運動部は大変そうだから、文化部かな」

「私の場合は文部委員会の研究開発部が半分部活みたいなものなので、敢えて部活動に参加する必要はないでありますね」

「なるほど」


 それからしばらくブースを見て回り、俺達はお目当ての部活をいくつかに絞った。


「俺は魔法哲学研究会と文芸部に行ってみようかな」

「ハル君、入試で魔法哲学の点数高かったものね」

「まあメイには負けるけど……」

「メイルと比べても仕方ないと思うわよ」

「文芸部とはまた意外でありますな。何故?」

「貴族の教養?」


 文化人気取りと笑いたければ笑え。俺は文学に興味があるのだ。何と言うか、本を読んだり書いたりしてみたくなったのだ。


「私は現代魔法理論研究会と料理部にするわ」

「リリー、料理上手だもんね」

「もっと上達して、ハル君に美味しい料理を食べさせてあげるわ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの」

「現代魔法理論研究会を選んだのは、やはり時空間属性魔法を極めたいからでありますか?」

「そうね。あまりにも資料が少なすぎて最近少し伸び悩んでるから、ここでしっかりと研究を重ねておきたいの」

「私も手伝える範囲で協力するであります。時空間魔法にはまだまだ可能性が秘められてると思いますし」


 そう言ってリリーの選択に賛同するメイ。この二人が本気になったら、いつの日かタイムマシンが発明されても不思議ではないような気がするな……。


 ともあれ、活気に満ち過ぎて怒号すら飛び交う勧誘の嵐と人の波をくぐり抜け、俺達は無事に所属する部活動を決めることができたのであった。部活動は学院生活に彩りを加えてくれる大切な要素だ。部活動に入り、青春を謳歌するのが楽しみである。

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