第323話 史上最悪の告白

「ひいん、やめてください〜っ! 恥ずかしくて死んじゃいます〜!」

「皆脱いでいる。ユリアーネも脱ぐべき」

「そうですよ、お風呂は服を着てちゃ入れないであります」

「結局、妾も剥かれたのじゃ。お主も観念せい!」


 裸に剥かれた腹いせか、マリーさんが大人げなくそんなことを言って実力行使している。皇国最強の魔女の手にかかっては、戦う力を持たないいたいけな少女になす術はない。憐れ、ユリアーネの抵抗も虚しく、彼女はすっぽんぽんに剥かれてしまったのであった。


「ううう……お嫁に行けないです……」


 悲しそうにそう泣いているユリアーネ。なんだかちょっと可哀想になってきたな。


「ユリアーネ……」

「お嫁に……ん? 待ってください。エーベルハルトくんに見られても別にファーレンハイト家に嫁ぐ分にはまったく問題ない……というか、むしろ責任取って娶ってもらえば……」

「……ユ、ユリアーネ?」


 何やら不穏な独り言を呟き出したユリアーネ。頭の切れる彼女のことだ。きっと、俺なんかには及びもつかないような凄い策略が頭の中を駆け巡っているに違いない。

 ばっ、と顔を上げてこちらを見るユリアーネ。蹲っていた彼女は急に立ち上がって、俺に向かって凄い勢いで駆け寄ってきた。


「うお、おおおっ?」


 で、でかい! 揺れる、揺れている! おお、おおお!


「エーベルハルトくん! 私と結婚してください!」

「えっ? あっ、はい」

「即答したわね」


 俺に詰め寄って突然のプロポーズをかましてきたユリアーネ。あまりの剣幕につい思わずその場で許諾してしまう。正妻リリーのお小言が耳に痛い。


「私、エーベルハルトくんのことが好きです」

「そ、そうか。俺もユリアーネのことは好きだよ」


 可愛いし、良い子だし、何より俺を好きになってくれたからな。


「身分違いになりますから、ご迷惑を掛けちゃうと思います。でも、好きなんです。一緒に文芸部で過ごす時間が、これまでの人生の中でも一番好きな時間だったんです。一生こんな時間が続いてほしい。この人と人生を共に過ごしていきたい。……そう思ったら、もうこの気持ちに嘘はつけませんでした」


 頬を染めて、切なそうにそう言うユリアーネ。


「もう一度言いますね。――――エーベルハルトくん、大好きです。私と結婚してください」

「ああ。俺も好きだよ、ユリアーネ。結婚しよう」


 ロマンチックな空気が脱衣所に流れる。皆が呆気に取られて、全裸のままこちらを見ている。見られている俺達もまた全裸である。


「……けどね、ユリアーネ」

「はい」

「今度、また別の機会に告白をやり直してもいいかな?」

「な、なんでですか?」


 不安そうな顔になってこちらを見上げてくるユリアーネ。マリーさん、メイに続いて身長の低いユリアーネが上目遣いになっている様子は控えめに言って可愛過ぎて悶絶死不可避なのだが……状況が最悪過ぎた。


「自分の格好、思い出してみなよ。あと周りの状況」

「? ……っ! ……っっ、っっ〜〜!!」

「妾、割と長生きしてきたつもりじゃったが、ここまで酷い告白は見たことがないの……」


 呆れた顔でそう溢すマリーさん。そんなマリーさん自身もまた、全身肌色すっぽんぽん祭りである。うむ、意味がわからん。


 こうして俺とユリアーネはお互いどころか見守る人間すらも全員全裸の中、史上最悪の告白を行い、両想いになったのでした。めでたしめでたし。


「感動を返してほしい」

「ハル君……流石にこれは無いわ。あとでちゃんとやり直してあげるのよ」

「なんか……興奮してきたであります……」


 一人変な奴がいたが、いつものことなので皆スルーしている。あっ、こら! 水溜まり作るんじゃないよ。

 ちなみにユリアーネの下の毛だが、髪と同じ栗色だったとここに記しておく。小柄な体格とは裏腹に、イリスと良い勝負をするくらい濃かったのは驚きだった。

 おかげで新たな性癖の扉が開き、さっきから邪竜が暴れ狂って仕方がないのはまた別の話だ。



     ✳︎



「うう……なんて恥ずかしいことをしてしまったんでしょう……」

「まあまあ、ユリアーネ。恥ずかしいのは俺も一緒だから……」


 左隣でそう真っ赤になって湯船に浸かっているのは、つい今しがた想いを伝え合ったユリアーネだ。

 前世も含めると、もうかれこれ三〇年以上の年月を過ごしていることになるわけだが、ここまで意味不明かつ素っ頓狂で小っ恥ずかしい経験は一度たりとてなかった。

 だが念願のマリーさんとユリアーネの裸姿を見ることができて、しかもその結果何故か(本当に何故か)ユリアーネと両想いになれて、今の俺はウルトラハッピーである。おかげで未だに聖剣は抜刀したままだ。


「の、のう。エーベルハルトよ」

「何? マリーさん」


 右隣から話し掛けてきたのは俺のお師匠様でお姉さんで友人で大好きな人のマリーさん。彼女からはまだ愛の言葉を貰ってはいないが、まあお互い素肌を晒し合った仲だし、そう遠い未来ではないだろう。


「お主はいったい何人の女子おなごを娶るつもりなのじゃ」


 複雑な感情を潜ませた瞳でこちらを見つめてくるマリーさん。透き通った紅い瞳が美しい。


「さあね。特に人数を決めているわけじゃないし、俺にもわからないよ。まああまり多過ぎても問題だから、よくある貴族のドラ息子みたいに町娘を引っ掛けたり……とかはしないけどね」


 俺は自分を好きになってくれる子にしか手は出さない。そして、手を出すならきちんと責任を持って最後まで大切にする。俺は決して節操無しではない(と信じたい。だよね? 大丈夫だよね?)。誰彼構わず発情する蛮族ではないのだ。

 俺はリリーだから、メイだから、イリスだから、ユリアーネだから、そしてマリーさんだから好きになった。…………うーん、数が多くてあまり信用ができないな。

 まあ、ともかくだ。


「俺は、好きになった人はちゃんと大切にしたいし、してるつもりだよ」

「そうか。そうじゃな。お主はそういう奴じゃった。……じゃから、色んな女子がお主に惚れるのじゃろうな」

「マリーさん?」


 にやけたような怒ったような、そんなよくわからない顔でうんうんと頷き独り合点するマリーさん。

 しばらくそのまま俺の隣で目を瞑って黙考していた(なんか妙に距離近くね?)マリーさんだったが、やがて目を開けて立ち上がると、俺に向き直って言った。


「お主の結婚式が終わったら、少し話したいことがある」

「話したいこと……」

「割と真面目な話じゃ。それこそ国防に関わるような、の」


 真剣な表情でこちらを見つめてくるマリーさん。その瞳には、さっきまでの柔らかい色は無い。


「わかったよ」

「うむ」


 そう頷くマリーさん。だが、俺はといえばそれどころではなかった。真剣な話をしているところ悪いんだが…………その……マリーさんは今、俺のほうを向いて仁王立ちしているわけで…………その位置だと目の前に…………。


「つるつるです……」

「ぁやっ、のわぁあぁっ〜! エーベルハルトの助平が!」

「いや、流石にこれは不可抗力では!?」


 結局、最後まで締まらない俺達なのであった。





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