第100話 葛藤と決意
他の参加者が到着するまでの期間、俺達はマリーさんに一対一で修行をつけてもらえることになった。
「まずはエーベルハルト。お主からじゃ」
「うん、お願いします」
リリーとイリスに各自でできることをやって待っているよう指示を出し、マリーさんは俺に向き直る。
「さて、エーベルハルトよ。お主の目標は『無属性魔法をマスターしたい』であったな」
「うん。幸いにして今迄の戦いで致命的なピンチに陥ったことはないけど、他の魔法が使えたらもう少し楽に戦える場面は何度かあったから。これからは魔人とか公国連邦とか、もっと色々な相手と戦うこになるだろうし、どんな場面にも対応できるようになっておきたい」
「ふむ。立派な心掛けじゃの。……ただ、見たところ、お主は属性魔法が使えないようだが?」
普通、どれほど弱くても、属性魔法が全く使えないということはない。大抵は火種を起こす程度であったり、指先を湿らす程度であったりとかなり微弱な魔法ではあるが、それでも全く使えないなんてことは過去の歴史でもほとんど存在しなかった。
ほとんど、というのは稀に存在したからだ。俺のように全く属性魔法を使えない人間が。ただ、彼らは例外なく強烈な固有魔法を持っていた。唱えるだけで敵を死に至らしめる呪いの言霊遣いであったり、運命を捻じ曲げる因果律操作の魔法が使えたりと、およそ人間の領域からはかけ離れた神の如き魔法を行使したと聞く。
とはいえ、これらは全て皇国の建国時か、あるいはそれ以前の話だ。1500年以上も昔の話なんて半分創作みたいなものだし、実際誇張もかなり含まれていることだろう。
要するに、属性魔法の使えない俺はマリーさんから見ればかなり怪しい存在ということになる。
「ふーむ。やはり伝承にあるように、強力な固有魔法が属性魔法を圧迫しておるんかの?」
「さ、さあ」
正直、それはよくわからない。【衝撃】もかなり強力な固有魔法ではあるが、それは別に最初から強力だった訳ではなく、積み重ねた修行の果てに俺が強力にしたのだ。【継続は力なり】のおかげとも言えるが、まあ俺の努力の成果であることに変わりはない。
怪しいとしたら、その固有スキルこと【継続は力なり】か、あるいは前世の記憶の存在だろう。努力が必ず報われ、かつ成長限界の存在しない【継続は力なり】は明らかに神話や伝説に登場するような固有魔法などと比べても遜色のない強力なスキルだし、前世の記憶というのも魂のキャパシティを考えればそれなりにメモリを圧迫しているというのも理解できる。
ただ、これらの事情をマリーさんに伝える訳にはいかない。【継続は力なり】はともかく、前世の記憶の存在を他人に知られる覚悟はまだできていないからだ。
俺の意識は前世からずっと繋がっている。日本人だった頃の俺をベースに、エーベルハルトとしての自我が成長していくにつれ大きくなっているイメージである。俺にとって日本人だった時の俺は俺そのものだし、エーベルハルトもまた他人ではなく俺そのものだ。感覚としては幼い頃の自分と大人になった時の自分の意識の差に近い。性格や知識がある程度変わっていたとしても、そこには連続性と同一性とがあって、その人は変わらずその人であるように、だ。
だからよくあるファンタジー小説のように、誰かの身体を乗っ取ったりだとか、あるいは前世の自分とは別人格であったりする訳ではないのだ。俺は俺だし、きちんとこの世界の人間として生まれているので外れ者という意識もない。その点においては俺はこの世界にたいへんしっかりと馴染んでいる。
しかし、それはそれとして、やはり前世の記憶があるということはあまり進んで口にしたいものではない。俺は問題ないと思っているが、周りがどう思っているかはわからない。それこそ中身が大人のくせに子供に色目を使っていたのか、とか言われかねない。身分があるから直接言われはしなくとも、そういう印象を持たれる可能性は充分にあるのだ。
リリーやメイ、イリスを見ていると、そういう風に思われる可能性はほぼ無いと思う。彼女達は俺のことをよく理解してくれていると思うし、その程度の秘密では俺のことを嫌いになったりはしないだろう。というか、そのくらいのことで切れる程度の繋がりであれば、そもそも俺がそこまで気を許したりはしない。
だから問題はない。そうとわかってはいるのだが、どうしても本当のことを言えない俺がいた。いつかは言わねばならないのだろう。一生隠し続けていくことはできないし、何より俺が隠していたくない。俺は自分を好いてくれる人間には誠実でありたいのだ。
「まあ理由はいずれ分かるじゃろ。とりあえず今は属性魔法が使えない原因は置いといて、使えないならどうするかを考えるのじゃ」
「う、うん。わかった」
マリーさんの声で我に帰る。たまにこうして真面目なことを考えたりすると、俺は気分が落ち込むことがあった。
「属性魔法が使えないのなら、無属性魔法でカバーすればよい。その考え方は間違ってはおらぬと妾は思うぞ。実際、妾も主要四属性は全て使えるが、一番得意なのは無属性魔法じゃしの」
マリーさんがそう言ってくれる。そうだ、今は修行に励む時なのだ。答えの出ない問題に悩んでいる暇は無い。切り替えていこう。
「……ふむ、それではエーベルハルトよ。お主には妾の使える千の無属性魔法、その全てを受け継いでもらうことにしようかの」
そう、マリーさんは
………………ホワッツ?
「え? せ、千? 百とかではなく?」
「うむ、千じゃ。厳密には千と二十一かの」
「ま、マジか……!」
1021。一日に三つ覚えたとしても、340日。つまりほぼ一年かかる計算になる。
「いやぁ、流石に千は厳しいのでは……。特魔師団の任務もあるし……」
「安心せい。お主ならできよう。その歳でそれだけの魔法と魔力操作が使える人間はそうそうおらん。お主は稀代の魔法士じゃ」
「いやぁ、照れますな」
「というわけで今日から早速練習を始めるぞ」
「……頑張ります」
どうやら本気で千の魔法を覚えさせられるらしい。めちゃくちゃキツそうだが、ここまで来たらやらざるを得ないよな。……努力、してみるかな。
「とりあえず魔力の循環でもして待っておれ。妾は二人と修行の方針について話し合ってくるでの」
「うん、わかった」
そう言い残してマリーさんはリリーの元へと向かっていった。その背中を見つめながら頬を叩いて気合を入れた俺は、日課となっている魔力循環の練習に取り掛かるのだった。
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