第308話 女の子に囲まれた生活
「報告です」
違法店舗対策室の扉を開けて憲兵が入ってくる。彼は汗を拭う間もなく報告をした。
「件の店舗に立ち入り捜査を行いましたが、中には料理人をはじめとした数名の従業員がいたのみで、彼らは全員が詳しい事情を知らされていない雇われの店員でした。また、近辺の地下道を調査したところ、行政の記録にはない通気口を発見。中佐殿の予想通り、この店の地下室に通じていました」
「なんと……本当にそんなことがあるとは……」
これには俺も驚いた。過去の経験からその線が一番濃厚だとは思っていたが、まさか本当にその通りにはなるまいと疑っていた節もあったのだ。万が一の可能性があった以上は調査するべきだと思っていたが、嫌な予感が的中してうんざりしている俺である。
「これで話は更に大きくなったぞ……」
一介のぼったくり店ごときがこれほど大掛かりな脱走計画を立てられる筈がない。確実に背後に巨大な犯罪組織、あるいは国家に準ずる組織がついている。
「店には事情を知る関係者は誰一人残っていませんでしたが……これは何かの証拠になるかと思い、一応押さえておきました」
そう言って憲兵が袋から取り出したのは、一本の葉巻き煙草だ。吸いかけなので端のほうが少し焦げている。
「おそらく経営に関わるメンバーの内の誰かが吸っていたものでしょうね。何かの役に立つかもしれません。……ご苦労」
「は。それでは失礼します」
クルツ大尉がそう言って憲兵を下がらせ、俺に向き直って言った。
「申し訳ありません。奴らをみすみす逃してしまいました。これから我々は上層部にかけ合って、違店対の規模を拡大したいと思います。詳細が分かり次第追って連絡いたしますので、本日はこれでお開きということでよろしいでしょうか」
「ああ。それと、奴らを逃したのは別に憲兵団の落ち度ではないと思うぞ。普通、あんな手段で逃げようとする奴なんていないんだから、相手のほうが一枚上手だったってだけだ」
しかしクルツ大尉は俺の慰めに対して首を振り、口を固く結んで力強く宣言する。
「それでもです。我々の仕事は皇国の治安を守ること。それを脅かす存在は、相手が誰であれ捕らえねばなりません」
「そうか。では続報を期待している」
「連中に意地を見せつけてやります。もうしばしお待ちください」
そういうわけで、俺とリリーは一旦帰宅することになったのだった。
「なんだか思ったよりよっぽど
「そうだな。結婚して間もないっていうのに、全然落ち着かないよ。悪いな」
「いいのよ、いつものことでしょう。それにハル君なら誰かにやられたりしないってわかっているから、ある意味で気が楽だわ」
「リリーもね。昼間の店での様子を見る限り、随分と戦闘に慣れてきたんじゃないの?」
「学院での修行の成果が現れたのかしら?」
もう守られるだけのリリーはどこにもいない。強く立派に成長した素敵なレディの姿が
✳︎
「……なんてことが昼にあってな」
「それはなんというか、治安が危ぶまれるでありますね」
「久々に特魔師団の出番?」
その日の夜。イリス宅に滞在していたメイとイリスをファーレンハイト家皇都邸に召喚した俺は、昼間に遭遇した事件のことを二人に話していた。
「追って情報はくれるらしいんだけど、果たしてどうなることやら」
「皇国の憲兵は優秀。きっとすぐに手掛かりを見つけると思う」
「問題はハル殿とリリー殿でありますよ」
「何?」
「どういうこと? メイル」
何やら含みのあることを呟いたメイに訊き返す俺とリリー。
「お二人は狼藉者連中に顔を見られているわけですよね。それも割としっかり」
「そりゃまあ、一悶着あったからな」
ガッツリ店内でドンパチやらかしている俺達である。しかもそれがきっかけで奴らは開店後二週間にして早々に店じまいをする羽目になったわけで。俺達は相当な恨みを買っているに違いない。
「今は憲兵が目を光らせているのであまり問題はないかもしれませんが……いずれどこかのタイミングで報復される可能性があるのではありませんか?」
「そのくらいは覚悟の上だし、そもそも奴ら程度の実力で俺達をどうこうできるとは思えないんだけどな」
いくら筋骨隆々だったとしても、所詮は路地裏での喧嘩やガラの悪い組織同士での抗争くらいしか荒事を経験していない奴らのことだ。俺の敵ではない。
「ええ。でも背後にいる組織は相応にデカイと予想されるでありますから、きっとハル殿やリリー殿の素性を特定するくらいなら簡単にやってのけると思うんであります」
写真の技術が普及していないから、現代日本と比べたら俺達の顔はそこまで世間に広まってはいない。だが然るべき機関や人間が調べれば、簡単に特定されるくらいには俺達は有名人だ。
「……おいおい、それってまさか」
「そのまさかであります。真正面から戦って勝てないなら、その周辺の人間を害する方向に路線を変えるのが弱者の戦い方ってものであります」
「外道ね……」
「道理が通じる相手なら、そもそもそんな汚い商売なんてしてないでありますよ」
荒事に慣れていたと思っていた俺だが、どうやらまだまだ考えが甘かったみたいだ。外道な連中はどんなに汚い手であっても
「メイ、気付かせてくれてありがとう」
「ハル殿の参謀でいるのは、私の役目であります! ……それに、こうやって役に立っていればいずれハル殿は私に依存するかもしれないでありますし……」
「怖いこと言うなよ!」
ちなみに依存という意味では、もう既に充分以上にメイに依存しまくっている俺である。メイの科学力がなければ解決しなかった問題は数多い。
「とにかく、身の回りの大切な人に警戒を促すしかない」
「そうだな。とりあえず実家と、学院の知り合いには注意をお願いするしかないか」
プライバシーの問題もあるのであまり付き纏うわけにはいかないが、身を守るためにもある程度は俺の影響下にいたほうが良いかもしれない。差し当たって、何かあった時のための緊急連絡手段として簡易版通信魔道具を皆に渡しておくのが良いだろう。
「実家には連絡を一本入れればあとはオヤジがなんとでもしてくれるから、注意すべきは学院の知り合いだな。魔法哲学研究会の皆はかなり強いからあまり心配は要らないとして……ユリアーネあたりは割と危ないかもな……」
「彼女は戦闘タイプじゃないものね」
「私と違って銃で武装しているわけでもないですから、しばらくはハル殿が匿ったほうが良いかもしれないであります」
ちなみに新婚の俺達に配慮して現在は生活拠点をイリス宅に移しているメイだが、今回の一件を受けて再びうちに戻ってくることになった。もちろんイリスも一緒だ。戦力強化の面の兼ねているので、それが一番良いと判断した。更にそこに、まだ確定ではないがユリアーネも加わることになるとすると――――俺は四人の女の子に囲まれて生活することになるわけか。なんというか、新婚にあるまじき
「……リリー。これって、悪いのは俺じゃないよな?」
「今回ばかりはそうね。全面的に奴らが悪いとは思うわ。……でも不思議ね〜。どうしてハル君の周りには、ハル君のことが好きな女の子達が自然と集まるのかしら。そういう、何か不思議な力が働いているとしか思えないのよね〜」
目が笑っていない笑顔でそう呟くリリー。心なしか部屋の気温が下がってきているような気がする。あっ、俺の湯呑みに霜が降りている……ッ!
「あ、えー、リリー! うーん、そうだ、今度二人でゆったりまったり旅行でもしようぜ!」
「うふふふ、許すわ」
「許された」
不可抗力とはいえ、ハーレム崩壊の危機をなんとか脱した俺であった。これも昼間の外道な奴らのせいだ。もう絶対に許さんぞ! 地の果てまででも追いかけて磨り潰してやる……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます