第300話 初夜

 ファーレンハイト辺境伯家、皇都邸宅。いつもと変わらないその場所に、いつもと違う点が一つだけあった。


「今日から私もここで暮らすのね」

「結婚と同時にリリーの籍はファーレンハイト家に入ったからね」


 そう、これまではベルンシュタイン公爵家皇都邸宅で暮らしていたリリーは、今日からこの屋敷で暮らすのだ。引っ越しの荷物は既に運び込んである。……というか、前々から結婚に備えてリリーがインベントリの中にあらかじめ家財道具一式すべてを放り込んでいたので、運び込むも何も一瞬で引っ越し作業自体は終わったんだけどな。

 もちろん家具や私物を運んだり並べたりするのは俺も手伝ったが、基本的にそういうのは執事長のヘンドリックをはじめとした使用人の仕事なので、あくまで多少手伝ったに過ぎない。むしろ結婚に伴って新しく寝室を設置する関係上、俺の私室から寝室機能を移すための模様替えのほうが大変だったくらいだ。

 新たに設けられた寝室は、俺が普段使っている部屋と間取り自体はほとんど変わらない。……が、内装はかなり異なる。これまでは自分(+α)が寝るだけだったので、ベッドもあくまでセミダブルサイズ程度だったのだが、これからは二人で寝るのがデフォになるわけだ。よって、新たに導入されたベッドはキングサイズのそれであった。


「これ、いったい何人寝れるんだ?」

「ここで何人と寝るつもりなのかしら?」

「あ、いや、なんでもございません!」


 純粋な疑問からそう呟いただけなのだが、まあ確かに新婚早々に言う内容じゃあないよな。謝罪も兼ねてリリーを優しく抱き締めつつ、内心でしっかり反省する俺。

 ちなみに事実上の内縁の妻であるメイとイリスだが、彼女達と正妻であるリリーを一緒のベッドで寝かせることはしないつもりだ。いくらリリーとメイが幼馴染同士でイリスとも仲良しだとはいっても、立場的には正妻と側室なのだ。誠に残念ながら、貴族の体面上これを同列に扱うわけにはいかない。

 とはいってもメイとイリスの二人を愛さないわけではなくて、要は単純に寝室を分けるというだけの話だ。それに、三人だって自分の好きな男が他の女と交わっている場面なんて見たくはないだろうしな。それがたとえどれだけ仲の良い仲間同士でも、やはり内心から湧き上がる嫉妬というものは失くせるものじゃない。ならば不和の原因になりそうな要素はできるだけ排除しておくべきだ。それこそがエーベルハルト流ハーレム経営術の極意である。


「ここで寝るのはリリーだけだよ」

「ハル君……、ふふ。ありがと」


 俺の意図を理解したのか、腕に絡み付いてくるリリー。ご機嫌はすっかり元に戻ったようなので、今更ながら純粋な疑問を訊いておくことにする。


「リリーはさ。俺が他の女の子と仲良くするのって嫌じゃないの?」


 訊ねられたリリーはというと、しばらく悩んだ顔をした後にこう答えたのだった。


「正直なところを言えば、やっぱり心地良いものではないわね」

「……」

「でも血をのこすということは貴族にとっては絶対に必要なことだし……だから側室がいるのが当たり前だっていうのもわかってるの」


 この国の貴族制度が男系継承を前提としている以上は、それは仕方のない話だ。女系でも良いなら話は変わってくるんだろうが、ハイラント皇国において女系子孫の家督相続は認められていない(女性当主はまた別の話だ。それに関しては少ないながらも例がいくつかある)。


「でもだからといって見ず知らずのどこの馬の骨とも知れない女に、みすみすハル君を明け渡すなんて絶対にしたくないわ。正妻として絶対に譲れないのが、ハル君の側室になっていいのはハル君に相応しい女だけだってこと。そしてそれは、できたら私が見極めたいと思っているわ」

「できたらも何も、リリーは正妻なんだからそうする権利は充分にあると思うよ」


 ちなみにその選抜試験をメイとイリスは突破しているわけだな。まああの二人が落ちるような試験なら、いったい他の誰が通るんだという話ではあるんだが。


「うん、ありがとうハル君。器が小さいって思われるかもしれないけど、これが私のハル君への独占欲の現れなの。……わがままだけど、許してくれるかしら?」

「全然わがままなんかじゃないよ。むしろ嬉しいよ、リリーが俺に独占欲を抱いてくれて。……それに俺のことだから、放っておいたらすぐ色んな子に手出しちゃうだろうし。情けないけど正妻にしっかり手綱を握ってもらわないとな」

「ハル君、女たらしの自覚あったのね!」


 こと、魔法学院に入学して出会いの絶対数が増えてからというものの、以前に比べて物凄い頻度でモテているような気がしている俺である。そして多分、それは勘違いではない。少なくとも三人は俺のことを明確に意識しているだろうという確信がある。まあ、その内の一人は学院とはなんの関係もないんだが。


「でもリリーが俺の大切な人だってことには変わらないよ」


 これから間違いなく何人かは増えていくだろう俺の嫁だが、俺にとってリリーがとても大切な人であるということだけは変わらない。俺はリリーをそっと抱き寄せ、新設したばかりの真っ白なベッドに押し倒す。


「ん、ハル君のたらし……」


 既に色々と済ませてしまっている俺達ではあるが、結婚して初めての夜は、それはもう甘々であったとだけ記しておく。




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