皇帝杯編

第184話 久しぶりの学院と、大量の課題と、お勉強会イベント

 特魔師団皇都駐屯地のロビーで俺とイリスがまったりと紅茶を飲んでリラックスしていると、宮城きゅうじょう近くにある軍務省(この国では、日本の防衛省やアメリカの国防総省にあたる省庁をそう呼ぶのだ)本部にて行われていた中将会議を終えたジェットが帰ってきた。かたわらには久々に見るマリーさんの姿がある。


「マリーさん。おひさ

「久しぶり」


 俺とイリスが挨拶をすると、マリーさんは片手を小さく上げて返してきた。


「エーベルハルトにイリスか。久しいの。息災じゃったか?」

「おかげさまで魔人にも負けず活躍できてるよ」

「最近、ようやくハルトをしっかりサポートできるようになった」

「そうか、それは良いの」


 俺達の師匠マリーさんは、弟子おれ達の報告を聞いて嬉しそうにしている。弟子が活躍するというのは、やはり悪くない気分になるのだろう。俺にもいつか弟子ができたりしたら同じ気持ちを味わうことになるのかもな。


「エーベルハルト。お主の書いた報告書が中将会議の面々を散々に唸らせておったぞ」

「ええ?」

「魔人が、魔物化した人間であるという説は実に興味深かったな」


 ジェットまでもが乗っかってきた。なんだなんだ、二人して。


「お前が倒した魔人グラーフの残骸からも多くのことがわかったんだぞ」


 魔人の魔石は個体によって魔力の波長が違うとか。魔力の性質が人間よりも魔物に近いだとか。人間が魔物化するということがグラーフの件で確実視されるに至ったとか。

 大事なことは何も口を割らずに死んでいったグラーフだが、奴の残した情報からは次々と新たな事実が明るみになっているようだ。


「お手柄だな!」


 そう言ってガハハと笑いながら背中をバシバシと叩いてくるジェット。相変わらず尋常じゃない筋力で叩くので、奴が腕を振り上げた段階で察知して瞬時に『纏衣まとい』を展開しないと痛くて敵わない。


「お前を推薦して良かったというものだな」

「期待に応えられてるみたいで、良かったけど」


 皇国軍の中でもトップに位置する二人からこうして期待され、目にかけてもらえるというだけで俺は恵まれているのだろう。ただ、それは俺が大切なものを守りたいと頑張った結果なのだと思うと、幸せだと感じるのと同時にどこか誇らしくもあった。勝って兜の緒を締めよ、だ。自分の努力が報われている感覚がしっかりと感じられて、俺は改めてこれからも、俺が大切だと思う人達のために頑張ろうと思うのだった。



     ✳︎



 翌日。久々に魔法学院に復帰した俺を待ち構えていたのは、大量の課題と授業の板書であった。板書に関しては同じ授業を取っていたリリーやメイにノートを見せてもらったのだが、相変わらずやたらめったらハイレベルな授業を展開するおかげで、板書だけでは理解が追いつかないこともままある。二人とも頭は良いので、かなり分かりやすく丁寧にまとめられてはいるのだが、いかんせんその名を天下に轟かす名門校だ。やはり直接講義を聞かないと完全には理解できなかった。

 それと、俺がいない間に課されていたレポートが三つほどあったのだ。基本的にこの学院は、一つの学期につき一回ある期末試験と平常点の二つの要素で成績をつけるのだが、今回のレポートはその平常点に関わるものだった。なんとなく前世の大学に近いシステムだなぁ、とは思うが、俺は高校を卒業することなく事故死てんせいする羽目になったのでその辺は詳しく知らない。大学生になったら彼女を作って青春イチャラブしてやるぜ、と密かに野望を抱いていた俺としては非常に残念で仕方がないが、過ぎてしまったものはまあ諦めるしかない。その代わりではないが、こうして仲間達と一緒に幸せな学生生活を送れている(入学早々に軍に呼び戻されることになったけど!)のだ。運命に感謝こそすれ、文句は言うべきではないだろう。


「……なんて自分に言い訳してみたけど、やっぱり無理だ! 終わんねぇよ、この量は!」


 厳密には量というよりは質なのだが、まあとにかくあまりに要求水準の高すぎる課題を前に、俺は見事に挫折しているのであった。というか俺、これでも座学の入試成績はかなり上位のほうだったんだけどなぁ……。この難易度の課題が頻繁に出され続けるのだとしたら、来年は同級生の数がさぞ激減していることだろう。四年生の姿がかなり少ない理由がなんとなく分かったような気がする。魔法哲学研究会の先輩達、実は凄かったんだなぁ……と再認識する俺。まさか講師であるレベッカさんに手伝ってもらうわけにもいかず、どれ、ここはひとつ後輩として彼らに教えを乞いに行こうかと思い立ち、久々に部室へと向かうことにしたのだった。



     ✳︎



「さて、誰かいるかな〜? っと、あれ。鍵が閉まっている……」


 意気揚々と写し終えたノートと課題を持って部室棟に足を運んでみれば、なんと我らが魔法哲学研究会の部室の扉は固く施錠され、びくともしないのであった。


「変だな……。いつも怠けてるヒルデ先輩あたりはいると思ったんだけどな」


 もはや部室に住んでいると言っても過言ではないヒルデ先輩だが、その彼女ですらいないようだった。というかあれだけダラダラ怠けていてよく進級できるな、と感心するレベルのヒルデ先輩だが、彼女に言わせると「ちゃんとギリギリのラインは押さえてんだよ」ということらしい。それができるのは彼女が優秀だからだと思うのだが、まあ本当に優秀な奴はしっかりと講義に出席して好成績をキープする筈なのでやっぱり彼女はただの怠け者だ。


「困ったな……」

「あれ、エーベルハルトくんじゃないですか。お久しぶりですね」

「うん?」


 ふと声を掛けられたので振り返ると、そこには俺を含めて二人しかいない文芸部員の片割れであるユリアーネ・フォン・メッサーシュミットが立っていた。学院図書館に寄った帰りなのか、分厚い本を大切そうに胸に抱えている。相変わらずちんまりしてて可愛い子だ。


「ユリアーネか。久しぶりだね」

「聞きましたよ。詳しくは知らないですけど、軍のお仕事だったんですよね。お疲れ様です」

「いやぁー、まあまあ怠かったよ」

「それは大変ですね……」


 そう言って心配そうにしてくれるユリアーネ。優しさが沁みるね。


「ああ、そうだ。魔法哲学研究会の先輩達がいないんだけど、どこかで見てない?」


 そう訊くと、ユリアーネは怪訝そうな顔をして教えてくれた。


「一年生以外の上級生は研究合宿ですよ。魔法学院では、二年次以降は学生間の親睦を深めつつ、各自の課題を究めるための合宿が、毎年入学式の少し後にあるんです」

「そうなの?」

「部活動連合会の会議でカレンベルク生徒会長が仰っていたじゃないですか。だから一年生は自分達だけでしっかりと活動してくれって」

「そうだっけ……?」

「なんで生徒会役員のエーベルハルトさんが知らないんですか……」


 それは多分忙しくて聞いていなかったからか、あるいは物理的にその場にいなくて聞いていなかったからじゃないかな。とにかく、俺はそんなことは寡聞にして知らなかった。


「……ってことは、先輩達に課題を手伝ってもらえないじゃんか!」


 唯一の希望だったのに! ちなみにノートを貸してくれたリリーとメイだが、二人とも委員会活動が忙しくて俺に構ってはいられないそうだ。リリーは「ハル君、ゴメン! どうしても抜けられない会議があるの」と言って俺を拝んできたし、メイは「今、ウチの開発部門で進めている新プロジェクトがめちゃくちゃ良いところなんであります。なーに、ハル殿ならあのくらいの課題なんてへっちゃらですよ!」とか言って超良い笑顔をしながらスパナを振り回して研究室に戻っていきやがった。俺よりも成績の悪い人間に訊いたところで何も解決しないわけで、要するに俺は完全に自力でこの課題に取り組まざるをえない状況に陥ってしまったのだ。たいへん参った。


「あのう……、もし良かったら、私がお手伝いしましょうか?」

「ユリアーネが?」


 そういえばユリアーネは、魔法研究科に在籍していたんだったな。魔研科ということは座学の配点も魔法科よりは高いんだろうし、もしかしてこれは期待しても良いのか?


「お恥ずかしながら、私、入試で座学の成績は二位だったので……その、少しはお力になれるかと」

「なんやてー!」


 どうやらお目当ての原石は目の前に転がっていたらしい。まあ、彼女の親父さんは一代で法衣貴族に成り上がったくらいの優秀な人間なわけだし、そりゃあ娘のユリアーネも優秀である確率は高いよな。よく考えなくても分かった話だ。


「じゃあ、その、お願いしてもいいですか……」

「ええ。もちろん、喜んで」


 にっこりと微笑んで手を差し伸べてくれるユリアーネ。窓の位置的に後光が差しているみたいになっている彼女が、俺には天使に見えた。

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