第169話 中央委員会との確執
「紹介しますわ。こちらが残りの生徒会役員会議のメンバーですわ」
授業開始初日の放課後。生徒会室に向かった俺と殿下を出迎えたのは、クラウディア会長をはじめとした生徒会役員の面々であった。
「副会長兼広報のリーゼロッテですわぁ」
「会計のヘムルートです。こうして殿下とともに仕事ができることを光栄に思います。エーベルハルト君は久しぶりだね」
「執行部のオスカー様だぜ。魔の森以来だな」
「魔法学院の生徒会が知り合いしかいない件について……」
「おや、エーベルハルト。彼らは皆知り合いなのかい?」
「うん。皆、魔の森での修行参加者だよ。一瞬、同窓会かと思ったよ……」
「おや、それは奇遇だね」
そう、皇立魔法学院の生徒会役員会議の構成メンバーは、面白いほどに俺の知り合い率が高かった。というか、100%だった。前世の日本でも左派メディアが「お友達内閣が云々」と政権批判を繰り返していたりしたが、これほど内輪の結束が強い政権もなかなかあるまい。
魔の森でのあの修行を乗り越えた人間は、本当に皇国の未来を担うエリートだったんだな、と今一度認識する俺。一年次こそ成績上位者から選出される役員だが二年次以降は学生による投票で役員が決まるので、その民主的プロセスを経ても尚、こうして選ばれている彼らは、それだけ他の学生からの信頼が厚いのだろう。それはとても良いことだ。
それにしても、最年長のクラウディアさんが会長で、幻惑魔法が得意なリーゼロッテさんが
リーゼロッテさんが広報というのは健全な民主主義には
「さて、顔合わせも済んだことですし、早速実務の話に入っていきますわ」
殿下を除く全員が既に顔見知り状態で、殿下に至っては知らない人間など一人もいないので、この手の顔合わせでは定番の自己紹介イベントをすっ飛ばしていきなり実務の話を切り出すクラウディア会長。このテンポの良さは是非見習いたいものがある。
「昨年度の会長からの申し送り事項がありますので、資料を配布いたします」
そう言って紙束を手渡してくるクラウディア会長。ワープロも印刷機も無いこの時代に資料配布とはよくやるなぁ、と感心する気持ちである。と思ったら、どうもガリ版のような
そしてガリ版以外にも、皇都やハイトブルクのような大都市には活版印刷の製本工場もあるようで、それらが四大学院のような高等教育機関や、地方の社院の日曜学校の発展に寄与していることは間違いなかった。道理でやたらと本の値段が安かった訳である。もちろん前世の世界の大量に印刷された本とは比べ物にならないが、それでも近代以前の筆写本などと比べると大幅に安く、庶民でも一ヶ月ほど節制生活をすれば手が届く値段なのである。他にも木版画技術も発展していて、江戸時代の浮世絵ならぬ吟遊詩人の物語絵などが広く庶民の間に娯楽として普及していた。流石は(この世界基準での)先進国だ。
話が逸れたが、これなら生徒会の広報活動の一環でビラ巻き等をやったとしても、さほどの負担にいはなるまい。なかなかホワイトな労働環境が期待できそうだ。
さて、この資料には何が書いてあるのかな……と。どれどれ。
「————中央委員会との確執に由来する諸問題の解決ノウハウについて?」
「ええ。中央委員会が近年暴走傾向にあるのは知っているでしょう?」
「ええ。あくまで小耳に挟んだだけですが」
「では今一度詳しい説明をいたしますわね」
クラウディア会長曰く。
生徒会が選挙によって選ばれている民主的な自治組織だとしたら、中央委員会は選挙に依らない非民主的な官僚組織だ。元々は各委員会と生徒会を繋ぐ、まさに官僚的な組織だったのだが、その閉鎖的な環境と、業務の性質上付与されている、一委員会にしてはかなり強大な権力が運悪く良くない方向に影響し合った結果、教職員も距離を取りたがるような団体へと変貌してしまっているそうだ。
加えて、困ったことに思想的な偏りも激しいらしく、皇立の学院当局とは相容れない主張を声高に叫んでいるとかどうとか。要するに日本の大学でもよく見られたような、学生運動化しているとのことであった。
そんなもの、学院当局ならいくらでも弾圧し放題だろうと思いきや、巧妙なことに連中、背後に過激派と目される一部革新派貴族の連合体が控えているようで、彼らからの寄付金がこれまた無視できない規模であるらしい。あくまで「寄付」という体裁での献金のためその他の純粋な意味での寄付金との区別が難しく、学院側としても受け取らざるをえないようだ。
なるほど、たいへんに困った話である。というか学院内階級闘争はしないで済みそうだ、とか思っていたけど大間違いじゃないか!! 誰だよそんなこと言った奴。俺か。
「入学式のあの学院長像はまったくのお遊びって訳じゃなかったんですね……」
共産主義ならぬ共産趣味に近いものかな、と思っていたが、実は冗談ではなかったと。
「教職員のほとんどは親皇帝派なのですけどね。学院長は思想的に過激派のシンパと言われていますわ」
「なんでそんなのが、仮にも四大学院の学院長なんぞをやってんだよ……」
「人事をめぐる汚い争いがあったそうですわ。本当、殿下には申し訳ないのですけれど」
「いいんですよ、カレンベルク会長。私にも批判されるべき点はあるのですから」
いや、フリードリヒ殿下よ。これは批判を誠実に受け止めるとか、そういう次元の話ではないのですよ。確かにそれは殊勝な心掛けだが、これはイデオロギーのぶつかり合いに過ぎないのだし。あなたは既に充分以上に立派な人格者ですよ。
「ともかく、生徒会ができることは彼らを監視し、これ以上の暴走を防ぐことですわ。オスカーさんとエーベルハルトさん、あなた方執行部には大きな期待が掛けられていましてよ」
「オスカー、去年はこれを一人で処理してたのか……?」
「いや、去年までは四年の先輩で頼りになるのが二人いたんだよ。まあ、その人達は卒業しちまったんだけどな」
「今年は殿下がいらっしゃいますから、彼らの活動がより活発になることが予想されますわ。各員、役割は違えどしっかりと責任を持って仕事に励んでくださいまし」
「「「「「了解」」」」」
まったく、入学早々に獅子身中の虫との抗争が勃発しかねない状況にあるとは……。はてさて、こんな調子で大丈夫なのか? 魔法学院は。
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