第233話 大艦巨砲主義

「全員、そこを動くな。少しでも怪しい動きを見せたら命は保障しない」


 最大戦力であるレイモンドが秒殺されたのを見た他の海賊達の投降は早かった。

 一部、証拠を隠滅せんと画策したのか、怪しい動きを見せた者もいたのだが、『アクティブ・ソナー』を発動していた俺の監視の目を掻い潜れる筈もない。一瞬で見つかって、見せしめに叩きのめしたところ、同じ真似をする輩はピタリといなくなった。

 うん、恐怖政治は楽でいいな!


「今からあんた達をハイラント皇国の皇都に移送する。その後の沙汰は……まあ、憲兵と裁判官の判断次第だな。母国の機密情報を叩き売りすれば、寿命が延びるかもしれないぞ」


 インベントリから取り出したワイヤーで雁字搦めに拘束した海賊達に語りかけながら、胸元から通信魔道具を取り出す。海の真っ只中なのに移送と聞いて海賊達が頭に疑問符を浮かべていたが、どうせすぐに知ることになるし、詳しく説明してやるつもりも無いのでガン無視を決め込む。

 とりあえず今は、船が沈まないうちにこいつらを移送しなければならないので、急いで特魔師団皇都駐屯地に『通信』を繋いでジェットに連絡を取る。


「もしもし、ジェット?」

「『む、エーベルハルトか。どうした、また何かトラブルでもあったか?』」


 数秒ほど待たされた後、我らが敬愛すべき団長から応答があった。相変わらず察しが良いな。……俺がトラブルに巻き込まれる頻度が高すぎるとも言える。まあ話が早いのは良いことだ。


「ノルド首長国沖にて、デルラント王国の私掠船と思われる海賊船を拿捕した。ついては、拘束した乗組員および当該船舶を皇国へ移送する許可をいただきたい」

「『は……何⁉︎ ……いや、何も言うまい。エーベルハルトなら何をしでかしてもおかしくはないからな……。わかった。事は急を要するか?』」


 若干呆れた様子のジェットだが、すぐに切り替えて必要事項を確認してくる。


「現在進行形で海賊船が浸水中だから、早ければ早いほうが嬉しいかなぁ」

「『なっ! わ、わかった。各部署への調整は後回しだ。俺の権限で、拘束した乗組員の特魔師団皇都駐屯地への転移門による移送と、拿捕した船舶の皇都近郊の演習場への移送を許可する。駐屯地に詰めている連中に声を掛けるから、五……いや、二分待て。出口側の転移門は駐屯地の中庭に設置する』」

「了解。助かるよ」

「『いや、俺からも、よくやってくれたと労わせてくれ。では二分後にな』」


 そう言って、ジェットはあわただしく『通信』を切った。浸水は激しく続いているが、まあ二分くらいなら充分保つだろう。

 やがて二分きっかり数えた後、俺は指定された型番の転移門(転移門は複数あるので、それぞれ紐付けされた門に型番が振ってあるのだ)を甲板上に設置してそこに海賊達を押し込む。何も理解していないまま時空の彼方へと飛ばされる仲間を見て恐怖に震える海賊達を問答無用で次々と門にぶち込み、全員移送し終えたところで船が大きく傾きだした。


「あと少し遅れてたら貴重な証拠が沈んでたな。危なかった……」


 誰に聞かせるでもなく独り言を呟きつつ、『飛翼』を展開してから海賊船をインベントリに収納する。あれだけ大きな存在感を放っていた船が一瞬で亜空間に格納される光景は、同じような場面を何度見ても毎回驚くくらいにはファンタジーだ。改めて、リリーの時空間魔法とメイの技術力に感動を覚える俺。

 ともかく、こうして些細な偶然から始まった海賊船騒動は、俺達側に何の損害も与えることなく幕を下ろしたのだった。



     ✳︎



「ただいま〜」

「お帰りなさいであります」

「なんだか毎回驚いていますが、今回は更に信じられないものを見せられた気がします……」


 メイのコメントはいつものようにのほほんとしている。アガータはそろそろ慣れてもいいだろうに、毎度の如く律儀に驚いていた。


「とりあえず、これで障害は排除したからあとはアガータに任せたよ」

「お任せください」


 海賊が撃破されたという情報が広まるのにはまだもう少しかかるだろう。それまでは連絡船が出ないので、分家の連中が追ってくるまで余裕はある筈だ。


「急ぎつつも、安全第一で頼むよ」

「もちろんです」


 いざとなれば転移門で退避できるとはいえ、何事も無いに越したことはない。


「それにしても……さっきのハル殿の魔法は凄かったでありますな。敵の艦砲の射程圏外から一方的に叩きのめす! 問答無用な戦い方には、いっそロマンさえ感じるであります」

「こういうのをスタンドオフ攻撃って言うんだけど、相手の間合いの外から一方的に殴れるってやっぱり強いんだよね。剣と槍、槍と弓の関係みたいなもんかな」


 地球の戦争の歴史は、どれだけ攻撃の間合いを伸ばすかの競争の歴史でもあった。投石器は弓に、弓は鉄砲に、鉄砲は大砲に、大砲はミサイルにと、人類の攻撃手段は時代が下るにつれ、どんどん射程距離を伸ばしている。

 この世界には魔法というイレギュラーな要素があるから地球と同じ発展の仕方はしていない(現に、総合的な文明レベルなら中世末期〜近世程度は既にあるのだ)が、戦闘に関していえば未だに弓が現役で幅を利かせている。そこにメイが魔導衝撃銃を開発したことで、停滞した技術に楔を打ち込んだ。

 五年前に開発して『風斬り』のフェリックスを倒すのに一役買った魔導衝撃銃は、改良を重ねた結果、今では射程も威力も速射性もかなり向上している。それは言い換えれば、技術ノウハウが蓄積されてきたということでもあるのだ。

 メイの中に積み上がってきた膨大な経験と知識は、やがて一つの技術的飛躍パラダイムシフトを導き出す。


「……これ、船に衝撃銃……いえ、衝撃砲を載っけたら、海の上で最強になれるのでは?」


 メイが悪魔の発明を思いついてしまった。ひょっとしなくても大艦巨砲主義時代の幕開け、その瞬間である。



 

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