第390話 軍事同盟

 翌々日。例の皇国軍施設の密室にて、再び極秘会議が行われていた。

 席に着いているのは皇国軍側の代表であるヤンソン中将ことマリーさんと、ファーレンハイト准将こと俺である。

 対する「アルフヘイム解放戦線」側の面子は、前回と変わらずヴェルネリと部下の男女の三人だ。


「して、結論は出たかの?」


 落ち着いた声色でヴェルネリに問うマリーさん。問われた側のヴェルネリはといえば、小さく「ふう」と深呼吸を一つしてから、こちらを真っ直ぐ見て口を開いた。


「我らが『アルフヘイム解放戦線』は、皇国軍の全面的な指揮下に収まることを許容いたします」

「うむ、良い返事じゃ。よく決断したの」


 彼らとしては、相当にプライドが傷ついたことだろう。エルフ族の未来への不安もあったに違いない。だがそれが一番確実な手段であると頭では理解しているからこそ、感情を押し殺して苦渋の決断を下したのだ。

 皇国軍が奪還に積極的な姿勢を示しているこの好機を、彼らとしては逃すわけにはいかない。であるがゆえにヴェルネリは、いざとなれば自分が全責任を取って腹を切る覚悟で皇国軍の指揮下に入ることを仲間に認めさせたわけだ。


「ただし、二つだけ確約していただきたいことがございます」

「なんじゃ」


 とはいえ無条件というわけにはいかない。立場や力関係に差こそあっても、エルフ族と皇国はあくまで同盟関係にあるのだ。敗戦国と戦勝国のような一方的な支配・被支配関係は両者にとっても望ましくはない。ゆえにヴェルネリは条件をつける。


「まず一つが、我らが『アルフヘイム解放戦線』所属の兵士の損耗を最小限に抑えること。少なくとも皇国軍の兵士と同程度には人命重視で作戦を立てていただきたい」

「そこは安心せい。ある程度の犠牲はどうしても出てしまうじゃろうが、中将会議の全力でもって損耗を最小限に抑えてみせよう」


 エルフ族は絶対数が少ない。少数民族である彼らを無駄に磨り潰すような真似は、種族にとって再起不能な傷を負わせることにも繋がりかねないのだ。だから矛盾のようには聞こえるが、人命を最優先する方針で行く。それは皇国軍としても受け入れる余地のある話だ。


「もう一つは、回復した旧エルフ族領の独立です」

「現皇国領のエルフ族自治領とは別に、という理解で合っておるか?」

「はい。……皇国としては奪還した土地を編入したい思いもあるでしょうが、そこは緩衝地帯として扱うに留めていただきたいのです」

「なるほどの」


 命懸けで民族のために戦った結果が他国への編入だったら、「アルフヘイム解放戦線」の士気はダダ下がりだろう。それを避けるためにも、どうしても独立路線だけは譲れないという。


「よかろう」


 マリーさんは大きく頷くと、ヴェルネリの言った二つの条件を快く受諾した。


「もとより、エルフ族の独立は前提条件として織り込み済みじゃった。皇国としては、連邦との間に友好的な緩衝地帯がありさえすれば文句はまったく無い」

「ありがたき幸せでございます」


 ヴェルネリは目の端に涙を浮かべながら、深々と頭を下げる。

 独立。それがついに目の前の手が届くところにまでやってきたのだ。五〇年待った。五〇年戦い続けた。それがついに報われようとしている喜びは、まだほんの数年しか軍人として過ごしていない俺にはわからない感覚だろう。


「しかしのぅ、ヴェルネリよ。今は皇国軍の所属とはいえ、妾とて元はエルフ族の棟梁なのじゃぞ。お主らレジスタンスにとって損のある提案を、他ならぬ妾がすると思ったか?」

「いえ、決してそのようなことは……。しかし一抹の不安がないといえば嘘になりますでしょう。いくら心は我らとともにあるとはいえ、立場が許さないこともある」


 そこでヴェルネリは俺のほうをチラと見てくる。


「生粋の皇国人である俺からも、エルフ族が良き友人であるに越したことはないと言わせてもらうよ」

「いやはや、我らは良い隣人を持った」


 そこで初めて笑顔を見せるヴェルネリ。傷だらけの厳つい顔が歪んでいるその様子は、幼い子供が見たら泣き出しそうなくらいには迫力満点だ。

 だが俺には、ヴェルネリが心から安堵しているのが手に取るように伝わってきた。


「奪還作戦には俺も主戦力として参加することになる。俺の持てる全力を出し尽くすと約束しよう」

「ファーレンハイト卿、貴官には感謝してもしきれんな」


 ヴェルネリからしてみれば、俺はエルフ族の棟梁であるマリーさんを故郷に連れ戻してくれた恩人にして、目前に控えている戦いに臨む仲間でもあるわけだ。

 ただ、同時に俺は彼にとってはある種の乗り越えるべき壁でもあった。マリーさんは皇国側の代表としてこの会議に参加しているわけだが、むしろヴェルネリにとってみれば同じエルフ族のマリーさんよりも、純粋な人族である俺のほうが皇国側の意思を反映しているのだと感じられたに違いない。

 そんな俺が、「皇国はエルフの味方だ」と明言したのだ。これがエルフ族にとって福音になることは論をまたないだろう。


「互いの未来に幸あれかし」


 細かい条件はこの後、書面でのやり取りを交わすことになるだろうが、大まかな交渉はこれでおしまいだ。結果は上々の出来。陛下や中将会議の面々もお喜びになるに違いない。


「さて、そうと決まれば後は具体的な物資の援助計画について詰めなくちゃな」


 ここから先は、俺が主役となって話を進めることになるだろう。マリーさんは中将として、兵站面においてもかなりの経験と知識を有してはいるが、あくまで彼女は作戦畑の人間なので後方で戦略を練ったり、実際に前線に出て陣頭指揮を執ったりするほうが得意なのだ。

 その点、最初期からインベントリの開発に携わっていてその扱いに一日の長がある俺は、少し前に行われた文化祭でも鉄道を利用した効率的な兵站線の構築に関する論文をしたためるなど、多少なりとも准将の地位にふさわしい程度には補給や兵力の調整といった戦務に関する分野にも明るかったりする。

 ここまではエルフ族の棟梁としてのマリーさんの存在が大いに重要な「アルフヘイム解放戦線」との同盟締結のタームだったが、ひとたび同盟が正式に結ばれてしまえば、あとはもう実務の話なのだ。

 皇国の財布や俺のインベントリの容量なんかも加味しつつ、各種支援に関してまとめていくとしようではないか。


「よろしく頼む」


 右手を差し出してきたヴェルネリに俺もまた右手を向けて、俺達は固く握手を交わす。こうしてここに強固な紐帯で結ばれた軍事同盟が新たに生まれたのだった。




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