第564話 迎撃

 翌日。整備された街道を五両の護送車で駆け抜け、もうじきルクサン大公国とヴァレンシア王国の国境に差し掛かろうという時のことだった。


「来てるな」

「賊ですか?」

「ああ」


 部下の曹長が運転する車の助手席に乗っていた俺は、常時展開していた高域微弱『アクティブ・ソナー』に複数の反応が引っかかったことに気づいた。

 北の方角からこちらへと接近中の敵は、そこそこ数が多い。大軍というほどではないが、規模でいうなら小隊くらいはあるかもしれない。


「一号車より各車へ。たった今、四時の方向から接近してくる小隊規模の反応を検知した。正体は不明だが、状況的にデルラント王国の追手だと思われる。加えていえば、森の中の移動速度が異常に速い。おそらくは訓練された特殊部隊だ」

「《二号車、了解》」

「《三号車、了解》」

「《四号車、了解》」

「《五号車、了解。四時の方向からってェと、海からか》」


 各車順番に返答し、最後のジークフリート中佐が自身の推測を口にする。この辺りはまだルクサン大公国側が支配していた領域の筈だ。警戒線を越えて陸路で来たとは考えにくい。そして海から密かに少数精鋭でやって来たのであれば、まず間違いなくその正体は現在まさに制海権を確保しているデルラント王国兵だろう。


「おそらくはな。あれだけの短時間で出発支度をまとめてる以上、情報が漏れていたとは考えにくい。大公殿下らがカンブリアへと向かうことを事前に想定して、いくつかの場所で待ち伏せていたんだろう」

「《撒けねェのか?》」

「無理だ。このままだと少し先の開けたあたりでかち合うことになる」

「《しっかり計画を練ってやがるな。面倒くせェ、全員殺すか》」


 相変わらずジークフリートは血の気が多いな。だが、今回ばかりはその血の気の多さが役に立つ。


「デルラント王国側にこちら側の動きと位置を把握されたくない。二から四号車はあくまで護衛に徹してもらうが、一号車と五号車は積極的に仕掛けていくぞ。一兵も逃すな」

「「「「了解」」」」

「各員、戦闘準備だ。少々かっ飛ばして先に広場へと布陣する。運転手以外は車両の外に出て随行しろ。まさかとは思うが、置いていかれるような間抜けはいないだろうからな」


 特戦群の特戦群たる所以だ。舗装されていないとはいえ、ある程度整備された街道を走り抜ける魔導自動車に、短時間であれば走ってついてこれる身体能力の高さ。加えて、その後に護衛戦闘すらこなしてしまうタフネス。これを精鋭と呼ばずして何と呼ぼう。


「走れ!」


 車の外に出た俺が叫ぶと、後続の各車両はアクセルを深く踏み込んで加速する。アーレンダール重工謹製のサスペンションを備えているとはいえ、この速度域では乗り心地は最悪だろう。

 だが背に腹は代えられない。賓客の方々には大人しく車酔いしてもらうとしよう。安心してほしい。ちゃんと各車両に何個かずつエチケット袋を配備してあるのだ。オヨッとしてしまっても問題はナッシングである。


 おそらくは野営用と思われる広場へと到着したが、まだ少しだけ時間的余裕がある。なので守りを盤石にするべく、俺はぐるりと護送車を円状に配置して、その中心に最重要護衛対象である二号車を置いて囲うことにした。


「イリス。お前は二号車付近で全体を俯瞰しながら、この広場全体を『極光輪イリス・アウラ』の射程に収めるんだ。広場に敵兵を一兵たりとも踏み入らせるな」

「わかった。全自動迎撃術式を組んでおく。味方も危険だから合図するまでは入って来ないでね」

「ああ、頼む。ホフマイスター大尉、お前は鋼魔法で敵の狙撃からイリスを守れ」

「了解! 群長閣下の奥方には一切手を触れさせないと約束いたします!」

「助かるよ。二から四号車の皆は、万が一イリスが仕留め損なった敵が接近した時に備えるんだ。護衛対象は絶対に守りきれ」

「「「了解」」」

「一号車と五号車の皆は俺に続け。敵を殲滅する」

「「「了解ッ」」」

「ジークフリート中佐」

「なンだ」

「思いっきり暴れろ」

「ッしゃあ、任せろ!」


 短いが、作戦会議はこれで終わり。これだけ伝えれば、あとは皆ならうまくやってくれると俺は信じている。否、


「来るぞ。殲滅隊、続け!」


 彼我の距離が残り三〇〇メートルを切ったあたりで、俺達は飛び出す。もう向こうにはこちらが敵の存在に気づいたことを察されているらしい。もはや隠れることなく、凄まじい速さで敵部隊はこちらに接近してくる。


「まずは先制攻撃だ。――――『絶対領域デリンジャー』!」


 レーダー探知の要領で敵を捕捉し、その位置座標目掛けて極小の『衝撃弾』をお見舞いする『絶対領域』。多対一の戦闘では重宝する十八番の一つだ。威力は小さいが、命中精度だけなら一流の狙撃手にも劣らない。


「……八人撃破。ま、敵も精鋭の魔法士ならこんなもんか」


 全員を狙ったが、十数人ほどには防がれてしまったようだ。初撃としては上々といったところかな。


「次はオレがいくぜ……。うなれ、『迅雷剣』!」


 お次はジークフリート中佐がメイ謹製の確殺兵器リーサル・ウェポン、レールガン・ソードに鉄製弾丸を装填し、前に向けて構えた。性格的なものもあって突出していたジークフリートの前に味方はいない。安心してブチかませるというわけだ。


「死ィねェェェェエエエッッッッ!」


 凶悪な笑みを浮かべ、悪役でしかない声を上げて魔力を解き放つジークフリート中佐。彼が引き金を引いた瞬間、まばゆい閃光が薄暗い森を白く染め上げる。




 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る