第305話 毎度あり

「お客様。それではお支払いのほうをお願いしてもよろしいでしょうか?」


 そう言って一歩近づいてくる店員。口調だけは丁寧だが、目が笑っていない。背後には大柄で屈強な男が二人。なるほど、普通の客ならここで諦めて言われた通りの額を払うんだろう。……普通の客なら、な。


「ふむ」


 俺は今しがた食べたばかりのメニューを思い返しながら、考えを馳せる。


「……リリー。さっき食べたパエリアの中に海鮮は何種類入っていたかな?」

「ムール貝が一つに海老が三尾、アサリがいくつかと、イカの輪切りが数個かしら」

「ムール貝の旬は夏だから、今なら単価はそんなに高くないよな。海老なんて一年中獲れるし、その他の海産物も今の時期だと豊富にあるから相場は下がる。米とか調味料なんかも含めて、原価は二人で二〇〇〇エルもいっていれば高いほうだろうね」

「……お客様?」


 低い声で訝しげに呼んでくる店員。俺はそれを無視して話を続ける。


「高級店に勤める料理人の人件費が平均より高いことを鑑みても、調理に掛かった時間から逆算した賃金は高く見積もって数千エルってとこかな」

「……何のお話でしょうか?」

「ここは皇都の中心地だ。当然地価も高いだろうから、その分の場所代はそれなりに取られるとみていいだろう。店側の利益も込みで考えると、今回の食事に支払うべき代金の相場は二万エルが妥当なラインだ。多少の誤差や店ごとの価格設定の違いも踏まえると、三万くらいまでなら変動もありえるだろうな」


 ディナーであればともかく、今はランチの時間帯だ。二万エルでも充分高いほうではあるんだが、多めに見積もって三万エル掛かる店が無いとは言い切れない。まあそんな店、金持ち相手だとしてもすぐに潰れるだろうが。


「よってこの店は一〇倍か、それ以上のぼったくり価格で料理を提供してるってわけだ」

「お客様? それ以上は「少し黙っていてもらおう」……っ」


 少し強めに魔力を浴びせて威圧すると、その迫力に圧されたのか、店員は冷や汗を流して黙り込む。その内復活するだろうが、数十秒ほど黙ってもらうにはちょうどいい脅し技だ。

 

「一般的に、こういった商売の場では客側と店側の合意によってサービスが提供され、それに応じた代金を支払う仕組みになっている。今回のように店側の不誠実な対応により価格情報が客に伝わっていなかった場合は、事前に合意が取れていたとは考えづらい」

「……」

「店側が後出しで高額な請求をしてきたんだ。客側も、自分が納得できる金額しか支払わなかったとして、それは別に不条理ではないよな?」

「てめえ! 払わねェとどうなるかわかって「三万だ」……ッ」


 後ろに控えていた大男がいち早く復活して怒声を浴びせてくるが、再度(今度はそいつにだけ強めに)威圧して黙らせる俺。遮った勢いで、自分が出せる限度額を提示する。


「倫理にもとるとはいえ、こちらもある程度の金は払うつもりで入店している。相場も考えて、少し多めに三万までなら出そう。……だが、それ以上は断じて拒否する。いいか? これは譲歩だぞ。もしこれより多くを望むのなら――――あとは拳で語り合おうじゃないか」


 まだ相手方は俺達に強迫行為を仕掛けてきてはいない。若干一名怪しいのがいたり、屈強な男達が連れ立って迫ってきたりと微妙なラインではあるが、そこはまあ法的にはグレーゾーンだ。たまたま店員の体格が良かっただけかもしれないし、元から激しめな口調なだけの可能性もゼロではないからな。絶対に黒だとわかってはいても、相手の悪意を証明できない以上は、まだ店側は法には触れていないと言わざるを得ないのだ。

 だが、それはこちらも同じ。別に金を払わないとは言っていないのだ。それも相場よりも多めに、である。だから食い逃げには当たらない。

 今の状況は、いわゆる千日手だ。どちらかが違法行為に手を染めない限り、自分の主張を通すことは難しい。そして俺はそれを狙っていた。相手が先に手を出してくれれば、こちらは現行犯逮捕することができる。そうなれば俺の勝ちだ。

 汚い商売をしているこいつらのことだ。どうせすぐに暴発するだろう。


「……お前ら、やれ!」

「オラァ!」

「死ねェッ」


 リリーに被害が及ばないよう身体を前にずらして数秒ほど静観していたら、案の定男達が殴り掛かってきたので、華麗に躱して軽く握った拳をお見舞いする。


「ぶあッ」


 勢いが乗っていたせいか、思った以上のダメージを受けて、鼻血を出しながら倒れる一番手前の男。見た目は強そうだったが、打たれ強くはなかったみたいだ。


「まずは一人」

「てめぇぇえ!」


 次いで、スキンヘッドの厳つい顔をした男がテーブルの上にあったワインボトルを逆さまにして殴り掛かってくる。


「そんなのじゃ俺にダメージは与えられないぞ」


 魔力を鋭く刃物状に展開して手刀に纏わせる『魔力刃』で軽くスパッとやってやれば、ワインボトルなんて一発でお釈迦だ。軽くなった右手の感覚にバランスを崩した男がよろけたところを狙って足払いを仕掛け、そのまま蹴っ飛ばす。


「ごばぁっ」


 倒れたところにちょうどワインの中身が降りかかって、そのまま酔い潰れる男。さっきの奴は打たれ強くなかったが、こいつの場合は酒に強くなかったのかな?


「……っ!」


 あっという間に二人が倒されて、見るからに動揺する店員。こいつ自身もそこそこガタイは良いが、筋肉の付き方があまり実用的なものではない。重心の位置とか動きも素人くさいな。

 などと分析していると、騒ぎを聞きつけた店員達が六、七人ほどやってきた。全員ムッキムキの大男だ。中には拳にメリケンサックみたいなものを付けていたり、刃物を携えている奴もいる。

 部屋の惨状を目の当たりにして状況を察したのだろう。何も言わずに男達は俺に殴り掛かってきた。


「うわっ、客に刃物を向けるとは! おっかねぇな」


 刃渡りが二〇センチ以上はありそうな刃物……というかそれ包丁じゃねえか! 料理に使えよ!

 鋭いものを振り回されても危ないだけなので、とりあえず包丁を持った男の手首を蹴りで粉砕して殴り倒してから俺は次の敵に飛び掛かろうとして……その場で立ち止まった。


「阿漕な商売をやっていると、いつか足下を掬われるわよ」


 残りの男達は全員、下半身を氷漬けにされて固まっていた。流石はリリーだな。


「さて……店員さん。三万エル、お受け取り願えますかね?」


 一連の騒動の間に一歩も動くことができなかった(というより、させなかった)店員に歩み寄った俺は、財布から大銀貨を三枚取り出して差し出す。


「……は、はい。毎度ありがとうございました……」


 大粒の冷や汗をダラダラと垂らしながら、店員はおずおずと大銀貨を受け取るのだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る