第372話 外堀が埋まっていく
「痛てて……」
変な方向な曲がってしまった手足を治癒魔法で治しながら、俺はつい先ほどまでの模擬戦を振り返る。
今俺の隣で目を回して伸びているこの隠れ巨乳悪魔娘……ヒルデは、確かに大悪魔バアルの負の性質を帯びた膨大な質量の乳を持っていた。右手に収まりきらないほどの巨乳。信じられないだろうが、それが事実なのだ。
「うむ? エーベルハルト、お主……まさか少し精神汚染を受けておるのか?」
「えぇ?」
おかしい。さっきマリーさんに防御魔法を掛けてもらったから、今さらバアルの奴に干渉されはしない筈なんだが。
「さては直接バアルに触れようとしたのが原因か?」
そういえばついさっき、俺はマリーさんに撃墜される原因にもなった左乳揉み揉み事件を起こしている。わざと触りにいったわけではなくて、ヒルデの心臓に近づきたかったがゆえに起きたハッピーな事故だったと釈明させてほしいが、いやしかしあの感触は最高だった。
サイズ的にはメイよりは小さいが、それでも相当に大きかった。リリーと同じくらいか? 少なくともイリスの双丘を超える大きさだったのは間違いない。いや、イリスの慎ましやかながら形の整ったお胸様は最高 of 最高にして俺だけが手にすることのできる至宝であることに違いはないんだが、やっぱり男たるものデカい胸には理想が詰まってるよね的なあれで、まあとにかくヒルデの胸はデカい。素晴らしい。
「駄目じゃこいつ、完全に汚染されとるな……。不幸中の幸いと言うべきか、理性のタガが外れる方向にのみ影響されとるのがせめてもの救いか?」
「マリーさんも最近は二次性徴期に差し掛かってきてるじゃないか。俺は知ってるよ、マリーさんのおっぱいがちゃんとおっぱいって呼べる程度には大っき――――がふっ」
「この色欲魔人めが。スケベルハルトと呼んでやろうかえ?」
魔法士として皇国最強格の名をほしいままにしているマリーさんは、体術においても超一流だ。その名に恥じぬ流れるような動きで俺の下顎目掛けて掌底を放った彼女に吹っ飛ばされた俺は、一瞬だが意識を飛ばしかける。
「ア、アタシ……普通に胸揉まれちゃったんだけど……」
珍しく顔を赤くしてモジモジしながらそう呟くヒルデの姿を朦朧とした意識の端で捉えながら、俺は徐々に自分の理性が復活していくのを感じていた。
どうやらマリーさんが精神汚染を除去する効果のある魔力を込めて俺を叩いてくれたらしい。少しずつ通常モードに復帰する自分の頭を他人事みたいに感じながら、俺はつい先ほどの感覚について思いを馳せる。
あれは柔らかかった――――じゃない、不思議な手触りだった。ヒルデの胸が、ではなく大悪魔バアルの魔力が、だ。
「お主、どうせいずれはこやつの嫁になるつもりなんじゃろ? ならば構わんではないか」
「ちょ、アタシはまだそんなこと考えてすらねーぞ!」
「嫌なのか?」
「そ……そういうわけじゃねぇけどさぁ」
なんだか不穏な会話が聞こえてくるような気もするが、とりあえず今はそれよりも重要な案件が脳内のキャパシティを占めているので、俺は意図的に音声情報をシャットダウンして思索に耽ることにする。
バアルは強大な悪魔だ。負の性質を帯びた魔力生命体としての悪魔には、精霊がそうであるように存在の格というものが存在する。その格にもピンからキリまで無限に等しい位階があって、一言に「悪魔」と言ってもほとんど無害な魔素の塊程度のものから、それこそバアルのような自我を持った災害級のものまで実に多岐にわたるのだ。
で、バアルはその最上位、
大悪魔の強さは底知れない。全身が質量を帯びるまでに濃密な魔力から構成されているので、まず魔力量だけなら「昇華」した今の俺にも匹敵するくらいだ。
加えて精霊の亜種であるがゆえに、当たり前ながら魔力の扱いが尋常でなく上手い。具体的には魔法陣や詠唱なんかがまったく必要ないくらいには達者に魔法を使う。それこそ文字通り意のままにだ。
今の俺も以前に比べたら遥かに魔力の扱いが上手くなっていて、人間の魔法士が使う魔法程度なら一度見れば完璧にコピーできるし、固有魔法でない普通の魔法ですら使い慣れたものに限っては無詠唱ないしは魔法陣構築を破棄した状態で行使することができる。
そんな俺よりも、バアルはさらに上を行くのだ。
もちろん強さにも色々な尺度や定義があって、単純に俺よりもバアルが強いと言いたいのではない。状況によっては全然俺のほうが強いことだってあるだろうし、逆に悪魔の得意分野である精神干渉系の領域になってくれば俺の敗色は濃厚だろう。
何が言いたいかというと、それくらい強いバアルの魔力をヒルデは変換・調律して自分のものにしていたのだ。
元からある程度波長が近しかったとはいえ……性質は真逆である。どれだけ波長が近くてもヒルデが人間である以上は、彼女の魔力は正の性質を帯びているわけで、根本的にバアルの負の魔力とは相容れない筈なのだ。
ところがヒルデはそれをなしていた。それも半ば無意識に、だ。
「な、なぁ……ハル。お前、責任取ってくれるよな?」
「うん? まあ俺に取れる範囲でならな。――――そんなことよりヒルデ、もう一回バアルの魔力を変換してみてくれないか。できれば今度は出力弱めで頼む」
「……………………おう」
なぜか不機嫌にも見えるし照れているようにも見える不思議なヒルデが、ぶっきらぼうにそう答えてバアルの魔力を変換してくれる。
心臓の奥から噴き出す負の魔力。それがヒルデの正の魔力と同調して混ざり合い、そして中和されていく。
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