第325話 幼馴染と結ばれるエンド

「あぁ、メイルもついに結婚する歳になったんだな。なんだか感慨深いってもんだ」

「お父さん」


 先日と同様、北国の柔らかい真夏の太陽がカムラス平原を照らす中、俺とメイの姿は社院の控室の中にあった。

 今はお互いに正装に着替え終えていて、近親者のみが立ち入れる控室にて最後の身繕いをしているところだ。


「あのボウズが、今となっては皇国の英雄なんだから世の中はわかんねえよなぁ」

「親方。そんなこと言ったらメイなんて、歴史に名前が残る偉業を物凄い数成し遂げてますよ」

「おかげさまでウチの売上は毎年記録更新中だ。ボウズんとこにも結構なロイヤリティが入ってるからよく知ってるだろ?」

「ぶっちゃけ一生遊んで暮らせるだけの金は稼がせてもらいましたね。なんというか、どうもありがとうございます」

「お前さんのアイデアがなけりゃ生まれてこなかった品々だ。そこは気にすんなよ」


 俺がうろ覚え科学知識と現代的アイデアをメイに吹き込み、それを彼女の超科学力とお互いの魔法知識を駆使して形に落とし込む――――という研究開発スタイルが定着したおかげで、ここ数年間でアーレンダール工房は世界最大の工房へと成長していた。

 今ではハイトブルクの誇る超有名企業であり、皇国各地に系列の工房や実験場を構えているほどである。最近では自動車産業にまで手を出しており、そのうち鉄道事業にも参入するとかしないとかいう話だ。


「今度、領主様と領内鉄道について話し合うことになってな。世間じゃ政略結婚だなんだって言われてるが、おかげさまでウチの工房も更に発展できそうだぜ」

「まあ、アーレンダール工房の技術力を活用できるのはファーレンハイト家としても願ったり叶ったりですから。これからもウィンウィンの関係を続けていきましょうね」

「おうよ」


 昔からの顔馴染みということもあって、義父おやかたとの会話は随分と気楽なもんだ。メイに至っては結婚式直前だというのに何やら発明品の設計図に赤ペンを入れたりしている。


「まあ、うちの工房の筆頭株主がハル殿と私なので、これからもズブズブに癒着した関係は続くこと間違いなしだと思うであります」

「これぞまさしく官民一体となった産業開発ってやつだな」

「ボウズ、それ他所で聞かれんなよ。革命起こされても知らねえからな」


 俺の皮肉めいたセリフを咎めてくる親方。だがそんなことで動じる俺ではない。


「ははは、嫌だな親方。そんな不穏分子、監視対象になってるに決まってるじゃないですか」

「ならウチにちょくちょくやってくる産業スパイに関しちゃどうなんだ?」

「いつの間にか姿を見せなくなってることに気付きません?」

「やっぱあれ、お前さんトコの仕業だったのかよ」

「厳密にはファーレンハイト家の擁する地方憲兵ですかね」

 

 アーレンダール工房はうちの領地の基幹産業である。万が一にでも他の誰かに買収されたり、倒産されたりしたら困るのだ。だから予防策として俺とメイが中心となって株を買い占めているのである。ちなみに主要株主の第三位が俺の実家であるファーレンハイト家、第四位がアーレンダール工房(自社株買いだ)、そして第五位が皇国政府だったりする。

 だから一応は民営企業の筈だが、実態としてはほとんど公営企業か、あるいは第三セクターに近い。これを買収しようと思ったら、まずは皇国とファーレンハイト家を倒さなくてはいけないからな。そんなの事実上不可能だ。


「そういや、この間軍の技術士官がウチに視察に来たぞ。なんつってたかな、メッサーなんたら卿だったか?」

「メッサーシュミット準男爵?」

「そう、その人だ。知り合いか?」

「準男爵本人とは直接の知り合いじゃないですけど、その娘さんと知り合いですね。……というか、今日の結婚式に参加してますよ」

「へえ! 奇遇じゃねえか。どの子だ?」

「茶髪の小柄な眼鏡の子ですね。ユリアーネっていうんですけど……なんでまた?」

「いや、メッサーシュミット卿がなかなかに優秀な技術者っぽかったからな。知り合いならちっとばかしコネを作ってほしくてよ」

「そのくらいなら、多分ユリアーネ経由で話せば全然問題ないと思いますよ」


 これで更に軍とアーレンダール工房の距離が縮まることになるのか……。皇国の防衛産業は、ほぼアーレンダール工房の寡占状態だな。


「そろそろ時間であります。ハル殿、行きましょう」


 設計図を仕舞って、こちらに近付いてくるメイ。いつもの作業着とは違って、今日はちゃんとした可愛らしい純白のドレスを着ている。普段はあまり女の子らしい格好をしないメイだが、今日は一段と綺麗だ。


「綺麗だぞ、メイ」

「ハル殿が私を綺麗にしてくれたんでありますよ」

「誇らしい限りだ」


 メイの腰に手を回して抱き寄せ、寄り添いながら会場へと向かう俺達。親方はそんな俺達を後ろから生温かい目で見守りながら「跡継ぎ、よろしくなァ」と言ってきた。


「三年経ったら、すぐにでも生まれますよ」

「私やハル殿の成績なら飛び級も不可能じゃないので、もしかしたら二年とかかもしれないでありますね」

「飛び級かぁ。できたとしても、学生生活は楽しみたいからしないだろうな」

「ハル殿は特待生で割と自由な環境ですからね。私は推薦組なので、必修授業が多くてちょっと面倒であります」


 入学前から方々で実績を上げまくっていたメイは、魔法研究科期待の新入生として推薦入学を果たしている。ちなみに俺やリリーも充分推薦を得られる基準には達していたのだが、そこは「実力ある貴族は推薦枠を使わない」という(主に高位貴族に見られる)不文律に従って、あえて推薦は貰っていない。

 推薦組は色々と制約が多いから、大変そうだなと他人事のように思う俺である。


「何か一つ大きな実績でも上げて、特待生になっちゃえば?」

「うーん、簡単に言いますね。皇帝杯優勝レベルの実績ともなると流石の私でも割と厳しいでありますよ」

「そうかなぁ……。あぁ、秋に文化祭があったろ。それに向けて何か研究してみたらどうだ?」

「文化祭でありますか」

「うん」


 魔法学院には、毎年季節ごとにいくつかのイベントが用意されている。初夏であれば皇帝杯、夏には夏季臨海演習、秋には文化祭、そして冬には冬季林間大演習が開催されるのだ。

 夏季臨海演習は三週間ほど後の、夏休みの終わりから新学期の始業にかけての期間に開催される予定である。それが終わってまたしばらくすれば学問の祭典、文化祭が待っているのだ。

 まあ文化祭といっても日本の高校みたいに学校単位でお祭り騒ぎをするわけじゃなくて、魔法学に関する学術的な研究論文や、日頃の修行の成果を発表する場ってだけなんだけどな。

 だが、特に魔法研究科の学生達にとっては皇帝杯なんかよりもこちらのほうが遥かに重要なイベントである。なにしろ、国内最高峰の教育・研究機関である魔法学院の研究成果発表会なのだ。全国からたくさんの貴族や商人、各ギルドのお偉いさんなんかが学生達の成果を見にやってきて青田買いしていくのは、毎年恒例の光景であるらしい。

 中には軍や政府の高官なんかも混じっているという話なので、魔法研究科の学生達は気が抜けないだろうな。


「そうですね〜。結婚式が終わって落ち着いたら、一緒に何か考えましょうよ」

「ああ、いいぞ。いくらでも協力するさ」

「久しぶりに遠出しての実地調査とかもやりたいですね!」

「随分とアカデミックなデートだな」

「楽しければそれで良いんであります」


 なんというか、メイらしいな。結婚式を目前に控えているのに、いつもとまったくテンションが変わらないのも俺達らしい。

 昔からずっと一緒に過ごしてきた俺達にとっては、こういう何気ないやりとりをしている瞬間が一番楽しいのだ。


「それではハル殿、今から結婚しましょうか」

「そうだな。結婚するか」


 ……何気ないような感じを出していても、やっぱり嬉しさは隠せるもんじゃないな。満面の、超絶幸せそうな笑みを浮かべるメイの手を取った俺は、同じくとても幸せな気持ちでいっぱいになった。歩幅は違う俺達だが、足並みを揃えて二人で一緒に式場へと足を踏み入れる。

 先日に引き続いて随分とお世話になっている神官の叔父や、オヤジ、母ちゃん、姉弟きょうだい達に、親方、アーレンダール工房の職人達、リリー、イリス、ユリアーネ、マリーさん、更にはメイドや執事といった使用人達、顔馴染みの串焼き屋の店主のおっちゃん、従弟妹いとこ達、イリスのご両親まで。式場にいた皆がこちらに注目している。皆、俺達を祝福するために集まってくれた人達だ。


「うう……」

「メイ?」


 横を見ると、メイが大粒の涙をぼろぼろと零していた。だがその表情はとても明るい。


「泣かないって決めてたんですが、ぐす……無理であります。……ぅう、ハル殿。私、今幸せです」

「俺も同じだよ、メイ。……今までも一緒だったけど、これからもずっと一緒だな」

「はいっ。もちろんであります!」


 メイの綺麗な紅い瞳に透明な宝石が一粒、太陽の光を浴びてキラリと輝いている。だが、月並みな言い方しかできないが――――俺には、メイの幸せそうな笑顔のほうがよっぽど輝いて見えたのだった。


「「「「結婚、おめでとう!」」」」







――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 これにて怒涛の結婚ラッシュ(笑)も、は終了になります! お付き合いいただき、ありがとうございました。

 しかしなんというか、いいですね〜結婚。エーベルハルト達には末永く幸せに繁殖してほしいですね!




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