第257話 地元の銭湯で腐れ縁カップルが壁越しに石鹸を投げ合うアレ

 それからの記憶は無い。というのもヒルデにキスされた勢いで頭に血が上ってしまったらしく、俺も酔い潰れてしまったからだ。

 目が覚めたらヒルデと一緒に仲良く一枚のブランケットにくるまっていて、「お幸せに♡」とかいう書き置きが残されていた。この筆跡は――――レベッカさんだな。くっそあの人さては起きてやがったな……? いや、あの時は確かに寝ていた。それは間違いない。ということは、目が覚めた時に俺とヒルデが寄り添って寝ている体勢になっていたってことなんだろう。そして、それを目撃したレベッカさんが悪戯心を発揮したと。

 まったく、実に迂闊なことだが、部活内に余計なゴシップのネタを振り撒いてしまった……。


「おーい、ヒルデー。起きろー」


 肩を揺すってみるが、まったく起きる気配がない。仕方がないのでほっぺたをぷにぷにと突いてみるが、それでも尚起きないな。うーん…………。


「起きないと乳揉んじゃうぞー……」

「すー……すー……」

「……………………えい」

 

 ふむ、チビのくせにまあまあご立派なものをお持ちですなぁ。まあチビというならメイのほうが圧倒的に低身長ではあるんだが。なんというか、俺の周りには比較的低身長巨乳が多い気がするな。俺の好みの問題だろうか。


「柔らかい……しかし起きないな……」


 流石にこれ以上はマズいかなと思い、揉む手を止める。しかし手は吸い付いて離れないようで、胸の上からどかすことができない。これは、あれだな。本能ってやつだ。同じおっぱいでも人によって感触が違うからたまらねぇぜ(ゲス顔)!


「おい……エーベルハルト。なんだこの手は……」

「あっ、起きた? おはよう」

「おはよう……じゃねえっ! 人の胸を勝手に触ったなぁ!」

「それを言うなら昨日ヒルデは俺の局部を鷲掴みにしたじゃないか。この痴女め」

「あれは酔った勢いで……つーか、おっ、おまっ、あっ、アタシの初めてっ」


 ああ、こいつ昨日のキス事件を思い出したな?


「挿れてないからセーフだ」


 チャラ男みたい、どころかチャラ男そのものな台詞で煙に巻こうと画策する俺。しかし当たり前だがヒルデは納得してはくれないようだ。


「んなわけあるかぁっ!」


 とか言いつつ俺達を包むブランケットの中から出ようとしないのはなんでだろうな?

 まあヒルデに恋愛感情があるわけではないだろう。ただ、少なからずこの距離感を許容できるだけの好意的感情があるということは確かのようだ。俺とてヒルデに一目惚れしたわけではないし、おふざけはこの程度にしておくかな。


「とりあえず『解毒』。これで二日酔いは治ったかな?」

「おっ? ……おう、さんきゅ」

「まったく、ここを訪れると必ず酒を飲まされるなぁ」


 もっとも、その酒を持ってきたのは他ならぬ俺自身なわけだが。


「酒好きがたまたま集まったんだ。仕方ねえ」

「それは仕方ねーなー」


 俺も別に酒は嫌いではない。というか普通に好きだ。それに酒への耐性もそこそこある。何しろ、よく変態酒豪娘メイのやつに付き合わされるからな……。住んでいる家が一緒なので、隙あらば晩酌に誘ってくるのだ。おかげですっかり肝臓が鍛えられてしまった俺である(こんなところでも固有技能【継続は力なり】は効果を発揮するみたいだ)。


「さーて。もう朝だ。俺は風呂でも浴びていくけど、ヒルデはどうする?」

「アタシも浴びるかなー。んで、ひとっ風呂浴びたら久々に家帰ってもっかい寝るわ」

「授業はいいのかよ」

「アタシ今日はオフなんだ。羨ましいか?」

「羨ましい!」


 とは言いつつも、俺も今日は座学が二つしかないからな。負担はそれほど大きくはない。不本意ではあるが、睡眠ならしっかりここで取ったし。


「朝なら部室棟の浴場もいてるだろ」

「そうなんだよ。一限前なら汗をかく演習も無いし、ほぼ貸切なんだぜ」

「へえ、詳しいな。流石は部室の住人」

たまには帰ってるっつーの」


 (実質的に部室に住んでいる奴のおかげで)もはや部室に備え付け状態になっているタオルを手に取って、俺達は張り切って浴場へと向かう。何を隠そう、部室棟地下にあるこの施設は、魔道具によってそれなりに本格的な浴槽を備えている隠れ温泉スポットなのだ。



     ✳︎



「おお、誰もいない」


 流石は朝一番。そこそこの広さを誇る我らが魔法学院大浴場は、まさに俺の貸切状態だった。壁を挟んだ隣からは「うっひょー誰もいねえぜ!」とかいうはしゃいだ悪魔娘の声がする。まったく、あれで先輩だというのだから世の中わからないものだ。

 それにしても、人がいないのはラッキーだったな。混浴ならばいざ知らず、俺に野郎の裸を見て喜ぶ趣味はない。であるならば、この湯船を独り占めできるほうが相対的に幸福度も上がるというものだ。


「おっ風呂、おっ風呂〜」


 汗と汚れを落とすべくシャワーを浴びていると、途中で石鹸が無いことに気がついた。インベントリは脱衣所だから、亜空間から取り出すこともできない。はてさて、困ったな。寒いのを我慢してびしょ濡れのまま取りに戻るべきか……。

 否。ここは例の必殺、『地元の銭湯で腐れ縁カップルが壁越しに石鹸を投げ合うアレ』を発動するとしようではないか!


「ヒルデ〜!」

「あーん? なんだよ」

「石鹸が無い。貸してくれ!」

「えー? 仕方ねえなぁー。おら、投げるぞー」

「助かる……よし、キャッチした!」


 惜しむらくは、俺達がカップルではないという点か。とはいえ同じことはこれまでにもメイと何度もやってきているので、別に新鮮さは無いな。ハイトブルクは北国らしく温泉王国だし、銭湯もたくさんある。石鹸を忘れたことも一度や二度ではない。まあ、メイの運動神経が壊滅的なので石鹸がまともに飛んでくるのが三回に一回くらいなのが定番とは少し異なる点だが。


「むっ、なんかこの石鹸、良い匂いがする……」

「嗅ぐなよ! なんか恥ずかしいだろ!」


 いつもヒルデからほんのりと漂ってくる良い香りは、これだったんだな。……などという無駄な気づきを得た俺であった。



     ✳︎



「んっ? ハル君……アンガーミュラー先輩と同じ匂いがするわ」

「ぎくぅっ!」


 その後の魔法陣学の授業中のこと。隣に座っていたリリーがふと、そう呟いた。

 そうだよ。リリーは皇帝杯でヒルデのやつと面識があるから、この匂いの正体を知ってるんだ! ま、マズい……。


「もしかして浮……」

「してないしてない! してるわけないだろ! 部活で飲み潰れた後、部室棟の浴場に行ったんだよ! そん時に石鹸を借りたの! 浮気なんてしてないから! 本当に!」

「まあ、ハル君が私を悲しませるようなことをする筈がないもんね」

「う、うん。ソウダネ」


 言えない……。酔った弾みでキスされたなんて言えない……。その意趣返しでおっぱいに悪戯しちゃったなんて言えない……!


「リリー。今日帰りにデートしよっか」

「やった! ハル君好きよ」


 俺の倫理観的にはギリギリセーフだとは思うが、それでも内心の罪悪感が罪滅ぼしの選択肢を強要してくる。ハーレム街道を突き進んでいる俺ではあるものの、正妻の許しを得ない限りは絶対に浮気ができないことを改めて自覚させられた俺なのだった。





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