第391話 甥
その後、ヴェルネリ達「アルフヘイム解放戦線」幹部陣営と具体的な支援物資の内訳、数、譲渡の手段や場所、日時などについて話し合いをした俺達は、ようやく数時間ぶりに休憩を取ることができた。
ひんやりとした空気を吸い込めば、森の香りが肺腑に沁み渡る。疲れた身体には実によく効く天然の回復薬だ。
「うーん、なんとかなりそうだね」
「皇国軍の部隊編成や移動にかかる日数も考えれば、まあ充分に訓練の時間も確保できるじゃろ」
今回の密会が無事に終わり次第、すぐに武器を供与できるようにあらかじめ「〇八式魔導衝撃銃」を二〇〇〇挺持ってきていた俺達である。
ところで、インベントリといえば限りなく大きな容量を持っているが、実はそれとて無限ではなかったりする。なぜ一般にインベントリが普及していないのかといえば、価格が非常に嵩むことも確かに要因の一つではあるが――――何より容量が使用者の魔力量に依存するという設計上の都合が一番大きな理由だった。
つまりインベントリの容量が大きいのは、俺やマリーさん、リリーといった保有者の魔力が大きいからにすぎない。ゆえにそのへんの金持ちの商人とかがインベントリを買って手に入れたとして、高い金を払うだけの容量が確保できるかといえば決してそんなことはないのだ。
以上のことから、インベントリは既に開発から数年が経過しているにもかかわらず全国的には普及していない。もちろん軍や、実力ある魔法士を抱えている高位の貴族、大商人なんかはインベントリを利用してはいる。
しかしながら、中産階級以上の誰もが……というわけにはいかないのが現実なのだ。
そんなこんなで俺やマリーさんのような、馬鹿みたいな大容量を誇るインベントリ保有者というのは実はかなり希少なのである。
結果として、准将という超高位の軍人である俺に、荷物運びなどという雑役が課せられる運びとなった次第だ。とはいえまあ運ぶ物が物なので、重要度を鑑みればそれも案外ふさわしいのかもしれなかった。
「詳しい操作方法とか整備の手順なんかは、皇国軍人のエルフに訊いてくれ」
「わかった」
エルフ族自治領には、当然のように魔導小銃を装備したエルフ兵が多数いる。その数、実に約二〇〇〇。「アルフヘイム解放戦線」側の戦力とほぼ同数である。
加えて、それよりかは数は少ないものの、純粋な皇国人兵士達も大勢駐屯しているので、エルフ族自治領における戦力は限りなく充実していると言えた。
そんな彼らに「アルフヘイム解放戦線」兵の訓練を委託(丸投げともいう)した俺達は、ほんのわずか……一晩だけの休暇を満喫したら皇都へととんぼ返りである。
きたる軍事行動への準備もあるし、俺には魔導飛行艦建造の監修や、
「今日はゆっくりとエルフの民族料理にでも舌鼓を打ちたい気分だ」
「ふむ。なら妾の親戚の家で馳走してもらうとしようか」
「親戚?」
「そうじゃ。兄の息子……甥のイルッカが、このシルフィーネの街に住んでおる。仕事は終わったのじゃし、親戚に顔を見せるくらい許されよう」
「それもそうだね。じゃあぜひお邪魔させていただくとするかな」
五〇年前の段階で、若いとはいえ既に成人していたらしい甥っ子さん。ということは少なくとも八〇歳くらいにはなっている筈だ。人族なら完全にお爺ちゃんである。
「どれ、突然押しかけるわけじゃし、材料くらいはこちらで用意していってやるか」
そう言って市場方面へと足を伸ばすマリーさんについていきながら、俺はまだ見ぬエルフの民族料理に思いを馳せるのだった。
✳︎
「叔母上!」
市街地の中心部にほど近い一軒の家の扉を叩いて出てきたのは、八〇を越えているとは到底信じ難いほどに若々しい眉目秀麗な青年だった。金髪、長身、細身といった「ザ・エルフ」な見た目の彼の名はイルッカ・ヤンソン。マリーさんの甥っ子さんだ。
「イルッカ、久しいの。息災じゃったか?」
「叔母上こそ、お久しぶりでございます。どれだけ長い間、帰郷を待ち侘びたことか……」
「あなた、お客人ですか?」
「アイラ、叔母上だよ。エルフ族棟梁のアンヌ=マリー・エレイン・ヤンソン・イグドラシル閣下だ」
「まあ!」
イルッカさんの驚き声を聞いて、中から一人の若い女性が現れた。アイラと呼ばれた彼女の薬指には銀色の指輪が輝いている。見れば、イルッカさんの指にも同じ指輪がはめられていた。
「お主の結婚式にも出てやれなんで、すまんかったのう」
「叔母上……、お気になさらないでください。叔母上には立場がおありだったのですから」
と、そこで彼は俺のほうをチラと見遣ってから、マリーさんに訊ねる。
「失礼、お隣の方は……」
「妾の弟子で、……こ、恋人のエーベルハルトじゃ」
「ああ、あなたが! どうも、挨拶が遅れて申し訳ありません。マリー叔母上の甥にあたるイルッカと申します」
「エーベルハルト・カールハインツ・フォン・ファーレンハイトです。マリーさんにはいつもお世話になってます」
どうやら手紙のやり取りで多少は俺の話も聞いていたらしいイルッカさん。握手を交わせば、その細い手はおよそ武器を持ったことなど一度もなさそうな柔らかい感触をしていた。
「ファーレンハイトさんは……」
「エーベルハルトで構わないですよ」
「失礼。エーベルハルトさんは、戦う者の手をしていらっしゃいますね」
「おわかりですか」
「私は叔母上とは違って武芸には秀でていませんが、人を見る目にだけは自信がありますので」
そう言ってニコリと微笑むイルッカさんは、なるほど。武官というよりかは文官タイプの人間なんだろう。
「あまり外で立ち話というのもよくないですから、どうぞ中へお上がりください。狭い家ですが、歓迎します」
「突然押しかけて悪いの」
「とんでもない。数十年ぶりに叔母上と会えただけでも感無量です」
土足を脱ぎ、イルッカ邸へとお邪魔する俺達。数十年ぶりの再会ということだそうだし、今夜は積もる話もあるに違いない。
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