第141話 ヘレーネ VS レオン、マルクス VS イリス

 俺とナディアの試合が終了して、次は第6試合のヘレーネ VS レオン戦だ。

 ヘレーネは毒魔法という珍しい属性を使う魔法士で、無属性魔法や弓、短剣などの武器と組み合わせて敵をじわじわと状態異常に追い込む戦法を得意としている。

 対するレオンはこの中では最年長で、鋼魔法という土属性の派生した属性を使って鉄壁の守りを固めつつ、真正面から敵を粉砕する気持ちのいい戦い方をする、騎士と魔法士を足して割らない感じの人だ。


 「搦め手 VS 正攻法」というこれまでに何度か見たパターンの試合だが、これもまた白熱しそうだ。


「ヘレーネ・アイレンベルク、推して参る」

「……レオン・ホフマイスター、受けて立つ」


 試合が始まり、まずヘレーネが動いた。固有魔法ゆえに魔方陣やルーン文字、詠唱が要らないアドバンテージを活かし、自身の周囲に何らかの毒を含んだ霧を発生させる。これによって、レオンが彼女の半径数メートルに近づくことが難しくなった。まずは防御を固める、か。なかなか面白い。

 続いてヘレーネは弓を取り出し、レオンに向かって矢を射ち出した。おそらくやじりには猛毒が塗布されているのだろう。あれを食らってはまともに戦闘を継続することは不可能になるに違いない。


「……『鉄壁』!」


 しかし、それを座して待つレオンではなかった。彼は文字通りを地面から生み出すと、それを構えて全ての弓矢攻撃を弾き返す。カンカンカンッと軽い音を立てて矢は地面に落ちていった。


「『鉄剣』、『鉄盾』」


 レオンは構えていた『鉄壁』を二つに分離し、鉄剣と鉄の盾を生み出す。そしてそれらを再び構えてヘレーネに突撃していった。


「あれ、レオンさん、霧のこと忘れてないよな?」


 レオンは勢いよく突撃していったが、相変わらずヘレーネの周囲には毒の霧が漂っているのだ。そのまま突っ込めば、なす術なく倒れてしまうだろう。


「……『死の風』」


 ヘレーネが毒の霧を操作して、レオンにぶつけようとする。それを受けてレオンは構えていた盾を変形させて、大型の扇風機のようなものを作り出した。


「『死の風破り』!」


 ブォォオオ……と音を立てて鋼鉄製の扇風機が回転する。扇風機から凄まじい突風が起こり、何と毒の霧を吹き飛ばしてしまった。


「……なっ!」

「うおおおおっ!」


 予想外の展開に硬直するヘレーネにレオンの剣戟が直撃する。


「勝負あり!」


 ヘレーネ VS レオン戦は、レオンの勝利で終了した。



     ✳︎



 第7試合はマルクス VS イリスだ。しかし罠を扱う斥候・工兵タイプのマルクスは魔法士であるイリスと直接戦うと著しく不利であるため、特例によってマルクスには10分間の罠設置時間が与えられることになった。

 その罠に引っ掛かればイリスの負け。罠を掻い潜ってマルクスを倒せばイリスの勝ちだ。『精神聖域』の端の方には魔の森の一部が含まれているとはいえ、そこ以外はただの草むらであることを踏まえれば、10分間の準備時間が与えられているとはいえやはり圧倒的に有利なのはイリスの方だ。この戦い、イリスは負けることが許されない。


「イリス、落ち着いていけよ。特魔師団の訓練とこの一年の修行をしっかり思い出せ。相手は一流の工兵だけど、イリスなら見破れる筈だよ」

「うん、大丈夫。そのために色々と修行した。今こそ感知型の光魔法の成果を見せる時」

「頼もしい発言だね」


 こうして話している間にも、マルクスは罠を設置している。あいつの罠は俺でも食らいたくないくらい巧妙かつえげつないものが多いから、たとえ10分間しか準備時間が与えられていなかったとしても、これっぽっちも安心することはできない。


「時間じゃ! それでは第7試合を開始する!」


 マルクスの罠設置時間が終了し、試合が始まった。小学校の校庭ほどの広さのこの『精神聖域』内に、マルクスが仕掛けた罠がいくつもある筈だ。イリスはそれらを回避、あるいは解除してどこかに隠れているマルクスを発見し、撃破しなければならない。


「――――『虫の目』」


 イリスは早速、この修行期間に開発した新技を発動する。

 『虫の目』とは、光魔法を得意とするイリスならではの魔法として、俺のアドバイスを元に彼女が開発した感知型の独自魔法だ。仕組みは至って単純。魔法により光の感知領域を拡大して、本来なら人間には不可視である筈の赤外線を感知するのである。それにより、光学的に擬態、あるいは物陰に潜んでいる敵を熱源として捉えることができるという訳だ。


「……見つけた」


 早速、イリスはマルクスの隠れている位置を発見したようだ。ものの一瞬で敵を発見したことは流石としか言いようがないが、問題はここからだ。いくら隠れているマルクスを発見したところで、倒すためには一定の距離にまで近付かなければならない。しかしその途中には凶悪な罠がわんさか設置されている筈だ。俺のように空を飛べるならともかく(それでも対空の罠が設置されているだろうが)、地面を歩くしかないイリスはそれらの罠を掻い潜って、あるいは解除しながら進むしかない。

 さて、イリスはどうする……?


「わたしの修行の成果はこれだけじゃない」


 イリスがそう呟いて、魔力を収束し出す。練り上げられた魔力が不可視のとなって、演習場にいる俺達にまで伝わってくる。


「珍しいわね。イリスがこんなに魔力を高めるなんて」

「……ていうか、イリスの奴、こんなに魔力強かったかな?」


 特魔師団の同僚で、しかも一年間一緒に修行してきたくせに、俺はイリスがここまで魔力量が多いとは知らなかった。イリスは魔法の特殊性や技巧こそ優れているが、決して高火力タイプの魔法士ではなかった筈だ。


「必殺。『太陽砲』」


 イリスがそう呟き、掌を前に突き出した。次の瞬間、わずか数秒ではあるが、辺りが一気に夕方のように薄暗くなる。


「な、なんだ?」


 まるで皆既日蝕でも起こった時のような、急激な明るさの変化だ。しかし薄暗くなっているのは俺達の周囲数十メートルだけで、演習場の端の方は普通にいつも通り明るい。にも関わらず、空を見上げても雲がある訳ではない。むしろ雲一つない見事な青空だ。


「イリスの魔法……? あっ!」


 ――――キュイイイィィィィィィンッッッ!!


 突き出されたイリスの掌から、太陽光を収束したであろう膨大な熱量を持った光線が放たれる。絶対に避けることのできない光速の攻撃は100メートル近く先の木の根元に直撃し、その木ごと周囲を吹き飛ばした。


「勝負あり! 勝者、イリス!」


 マリーさんが告げて、試合が終わる。


「ま、まさか……。『パッシブ・ソナー』……マルクスーっ!!」


 どうやらマルクスは今しがたイリスが吹き飛ばした木の根元に隠れていたらしい。確かに、よく見てみるとあそこに向かうまでに大量の罠が仕掛けられているのが見て取れた。しかしイリスは一歩も動くことなく、マルクスを倒してしまった。元々中距離タイプで遠距離は得意ではなかった筈のイリスだが、随分と成長したようだ。


「……ぶい」

「お疲れ様。いつの間にあんな技を使えるようになってたの?」

「一ヶ月くらい前かな。ハルトを驚かせたくて、秘密にしていた」

「見事に驚いたよ。特魔師団に戻ってからの任務が楽しみだね」

「背中は任せて」

「今のイリスなら安心して任せられるよ」


 一年前は、イリスは初心者ということもあって、負んぶに抱っこというほどではないものの、やはり俺にフォローされる展開が多かった。しかし今のイリスは俺にフォローされるどころか、俺をフォローしてくれるくらいに成長している。

 俺にもまだ披露していない独自の新技がいくつかあるが、イリスもまた相当修行の成果が現れているようであった。


「……ってマルクス! 無事か!?」


 『精神聖域』の中にいたのだから無事に決まってはいるのだが、それでも心配になってしまうのは友人なのだから仕方がないというものだ。太陽光線で全身を焼き尽くされたのだ。流石に不安だろう。


「?」


 俺の友人に向けて日焼けを通り越して相手ごと消し飛ばしかねない魔法を放った当の本人は、きょとんとした顔でこちらをただ見返してくるだけであった。ああ、ちくしょう! そういえばこいつ、天然だった……!


 俺は回復魔法の準備をしつつ、演習場の端まで走っていくのだった。












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