第556話 デールダム閉塞作戦

「正面、一二時の方向に敵軍港デールダムを視認! 港湾部に敵軍艦と思しき艦影多数!」

「よし、イリス。そろそろ雲海を抜ける。『光学迷彩ステルス』の発動準備はいいか?」

「任せて」

「ではこれより本艦は隠密行動に入る。総員、戦闘配置につけ」

「総員、戦闘配置につけ!」


 バタバタと艦内を走り回る音が響く。が、迷うような足音は一つも聞こえない。皆が皆、己の職分を充分に理解し、己の判断と軍規に則って行動しているのだ。鍛えられた軍隊とはまさしくこういう部隊のことを言うのだろう。実に素晴らしい。我が部下達ながら完璧だ。


制御頭脳アテナ・システムへの接続開始。魔法式の記述・拡張作業————完了。魔法式の複製進捗率————一〇〇%。魔王エンジンとの回路開く。魔力エネルギー供給開始。……『大規模光学迷彩メガ・ステルス』、発動」


 制御装置に手を置き、艦全体を掌握したイリスが魔法を発動する。次の瞬間、魔導飛行艦シュトルムは周囲の景色と完全に同化し、可視光線による視認が不可能なステルスモードへと移行した。


「何回見ても圧巻だな、イリスの『大規模光学迷彩メガ・ステルス』は」

「出力も制御もシュトルムにお任せだから、随分と楽。その分、艦の速度は落ちるけど、敵から見えていないならその欠点も弱点たりえない」

「そもそも隠密行動時は魔導推進ジェットを切りますからね。出力が落ちたところで、どちらにしろ艦速に影響は出ませんよ」


 と、そこで機関長兼技術士官のメッサーシュミット中佐が話しかけてくる。彼にはついこの間、「制御頭脳アテナ・システム」を突貫で開発してもらったばかりだ。おかげで満足に休息を取れてもいない筈なのだが、不思議と中佐は元気そうな様子でニコニコしている。


「技術部の士官から、昨日ようやく満足に眠れたと聞きましたよ。次の日にいきなり遠征任務で疲れませんか?」

「いえいえ! まったく。研究開発すきなことして金を貰っている身です。これで軍務しごとまでサボるとあっては罰が当たりますよ」

「はあ。中佐は十二分に研究開発しごとをしてくれてると思いますけどねぇ」

「少将閣下に比べたらとてもそのようなことは言えますまい。わはは!」


 愉快そうに笑うこのインテリ壮年だが、そんな彼のおかげで艦の運用環境はまたさらに向上したのだ。そろそろ昇進の推薦を上層部に上申しても良い頃かもしれない。ほかならぬ超重要人物の俺の上申である。決して無碍にはされまい。


「群長閣下。総員、戦闘配置につきました」

「ご苦労。それでは戦闘行動に移る。————砲雷長、ストラテジー・カノンの用意だ」

「了解。ストラテジー・カノン、発射用ー意!」

「ストラテジー・カノンへのエネルギー供給回路、開きます!」


 砲雷長のレオン・ホフマイスター大尉へと命令を下すと、彼を筆頭とする砲雷科の面々が機敏に行動を開始し、ストラテジー・カノンの発射準備にかかる。エネルギーは既に魔導弾倉に貯蓄済みなので、あとはそれを薬室に充填してやればもう発射が可能なのだ。


「エネルギー充填率一二〇%! いつでも撃てます!」

「よろしい。それではこれより艦の操舵権を一時的に航海長から砲雷長に移譲する。ホフマイスター大尉」

「は」

「絶対に仕留めてみせろ」

「了解」


 ホフマイスター大尉の顔がキリッと引き締まった。過度に緊張している様子もない。うん、これなら普段の訓練通りの実力を充分に発揮できるだろう。問題はなさそうだ。


「総員、対衝撃姿勢をとれ」


 艦橋に人数分配備されている遮光ゴーグルを取り出して、俺は言う。皆もゴーグルをつけ、シートベルトを締めた。これでいつでも発射可能だ。


「砲雷長、タイミングは任せる。撃て」

「お任せください。————発射一〇秒前。……三、二、一、ストラテジー・カノン、発射!」


 瞬間、眩い閃光が艦橋内を白く染め上げた。次いで、ほぼ同時に響き渡る轟音。雲海を斬り裂く灼熱の光線が大気をプラズマ化させながら敵の軍港めがけて突き進み、数瞬の後に着弾する。

 巨大な半球状の火球が地上に形成された。数秒遅れて、爆発の衝撃波がシュトルムまで到達し、艦全体を振動させる。


「す、凄い衝撃だ……」


 艦橋の誰かが呟いた。気付けば眼下には世界樹もかくやといわんばかりのキノコ雲が昇り立ち、激しい衝撃で生み出された稲光が紫色の光を放っているのが視界に入る。

 間違いなくでデールダム市の軍港としての機能はこの一撃で失われた。デールダム港は入り組んだ地形のリアス海岸である。部分的に発生した津波の被害も通常より大きくなるだろうし、あの様子では敵東部艦隊の大部分は無事では済むまい。


「だが念には念を入れよ、だ。……総員、耐衝撃姿勢解除! これより本艦は高度を下げ、機雷敷設作業に入る。もしかしたら生き残りの艦がいるかもしれない。港を海上封鎖して、東部艦隊を完全に閉じ込めるぞ」


 名付けて「デールダム閉塞作戦」だ。これで敵艦隊は自由に行動できなくなるし、西側からの海を回った増援も難しくなる。デールダム市は四方を急峻な山岳地帯に囲まれているから、陸路での大規模な増援も難しい。

 そうしてジリ貧になったところを上空からチマチマ残敵掃討して、完全に港湾都市を制圧するのだ。あとの維持は皇国北部の都市ハーゲンを経由してやってくる予定の友軍に任せれば俺達の仕事はおしまいである。


「煙が晴れるまでのわずかな時間が勝負だ! 敵が混乱している内に機雷を撒きまくれッ」


 あれだけの規模のキノコ雲だが、一時間もすれば風で流されてしまうだろう。港湾都市の性質上、デールダム市にはレンガ造りの倉庫が多く木造建築が少ない。加えて冬という時期柄、大気中の水蒸気量も少ないのだ。以上の点を考慮すれば、火災による積乱雲の発生も限定的と考えられる。

 つまり、機雷敷設にかけられる時間はそう長くない。


「急げーッ。機雷投下位置まで残り一八〇だぞ!」

「《パラシュートの最終確認、完了! いつでも投下できます!》」

「よし、兵器倉ウェポンベイ開けッ。一番から五番まで順次投下開始せよ!」


 艦内無線で艦下部の状況が逐一伝わってくる。それを聞いた船務長のアイヒマン少佐が命令を下し、事前の計画と測量に基づいた最適なタイミングで投下指示を出す。実戦での機雷投下はこれが初めてだが、実はぶっつけ本番というわけでもないのだ。

 実戦デビューする前に少しだけ確保されていた訓練期間に、こういった空襲訓練もしっかり積んでいたのである。その成果が如実に出た形だ。

 風の影響もあるだろうに、投下された機雷のほぼすべての誤差が許容範囲内に収まっている。今すぐ中将会議と参謀本部に無線を繋いで自慢してやりたいくらいの結果だ。


「いいぞ、お前達。実に素晴らしい!」


 以前、俺に艦隊指揮官としての采配を教えてくれたプロヴァンス卿が頭をよぎる。俺は彼に教わった通り、しっかりと艦を指揮できているだろうか。海ならぬ空の将軍として立派な姿を部下に示すことができているだろうか。

 自分ではよくわからない。だが少なくとも俺の指導と指揮の結果が、この部下達の素晴らしい働きなのだ。それこそ、まさしく将の評価基準に違いあるまい。







――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]


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