第357話 自由に生きていいんだよ
深紅に輝くボーリング玉大の宝玉。先ほどまではミイラの一部分のような見た目をしていた魔王の遺骸だが、随分と見た目を変えている。
「これで安定状態に入りましたね」
宝玉を見たマリアナさんがそう言う。
「安定状態?」
「はい。あなたの魔力が、遺骸の一時的な封印に成功したということですね」
むろん世界樹のように強固かつ恒常的なものではないですが、と付け加えるマリアナさん。だが、俺にとってはそれだけでも充分に満足のいく結果であった。
俺は膨大な魔力を魔王の遺骸に注ぎ込んだ。そしてその注ぎ込んだ魔力は遺骸を包み込み、負の魔力と干渉し合い、せめぎ合った。やがて一定のところで奇跡的な均衡を保ったまま結晶化し、安定状態に入ったのだとマリアナさんは説明してくれた。
世界樹のように巨大な設備を使ったわけでもなく、常時ガス抜きをしているわけでもない。限りなく
「第二世代の魔人————魔公に触れられれば流石に危ういかもしれません。ただ、あまりにも高密度の正と負の魔力が結晶化してできたのがこの宝玉なのです。常人の魔力程度では干渉することはおろか、触れることすら敵わないでしょう」
「なるほどの……。確かにこれは妾であっても安定状態を変化させるのは骨が折れそうじゃ」
マリーさんはそう言いながら遺骸に触れようとして、しかしその都度弾かれている。あのマリーさんであってすら、おいそれとは触れられないのか。
流石に本気を出せばあるいは……くらいにはマリーさんも遺骸に対して干渉しうるだろう。だが、逆に言えばマリーさん級の魔法士が本気を出さないと触れることすら難しいわけだ。これなら少なくとも皇国に持ち帰る分には問題はないだろう。持ち帰った後は、まあどうにかこうにかして解析・研究してうまいこと利用する手段を見つけたいもんだな。
俺は結晶化した魔王の遺骸を極力刺激しないようインベントリに収納すると、マリアナさんに向き直る。
「マリアナさん。まだ確実に封印する手段が見つかったわけじゃないけど……それでもひとまずのところはなんとかなりそうだよ」
「そのようですね。私としても非常によくやってくれたと思います。————現代の勇者よ、我が子孫を非業の運命から救い出してくれたこと、心より感謝申し上げます」
そう言ってマリアナさんは
さもありなん。七代ほど後とはいえ、自分の子孫が不幸な目に遭わずに済んだのだ。かつて一度故郷を失ったマリーさんが、これ以上辛い人生を歩まずに済む。それは俺にとっても心の底から喜ばしいことだった。
「エーベルハルトよ」
マリーさんが俺に向き直って言う。
「ありがとうの……。本当に、ありがとう……」
俺の手を握るマリーさん。その小さな小さな手が震えている。……だが悲しみによる震えではないだろう。
ふと、手の甲に温かいものが
「マリーさん」
俺は彼女を優しく抱き締める。
「大丈夫だよ、マリーさん」
「……っ」
「もう辛い思いをしなくいいんだよ。悲しい運命は忘れていいんだよ。過去は忘れられないかもしれないけど、未来は選べるんだから。……だからマリーさん」
マリーさんの震える肩を抱き、耳元で優しく
「もう自由に生きていいんだよ」
まだ旧エルフ領は公国連邦による支配から解放されてはいない。だから本当の意味でマリーさんは自由になれてはいない。
だが、その程度だ。世界樹の戦略的な価値を俺達が奪取した以上、連邦としてもこれ以上エルフ領を確保し続けるメリットは薄い。もし敵が立ちはだかるというのなら、俺はマリーさんとともに戦おう。そしてマリーさんを縛り続ける過去の因縁に決着をつけてやる。
だからマリーさんはもう自由になっていいんだ。心の底から笑っていいんだ。
「うむ……そうじゃな……。そうじゃな……」
マリーさんが俺を抱き返す手に力が籠められる。
……これで俺も少しは、愛すべきお師匠様に恩返しができただろうか。マリーさんはちゃんと救われたのだろうか。わからない。
ただまあなんにせよ、これが俺達ハイラント皇国の、そしてマリーさんのためになったことだけは間違いないだろう。最終的な解決には至っていなかったとしても、少なくともプラスへと寄与していることだけは確かだ。それはマリーさんの、この涙が証明してくれている。
こうして俺達は主観記憶においては非常に長い、客観時間においては極々短期間のうちに、旧エルフ領への極秘潜入任務を成功裡に終えたのであった。
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