第440話 才能への抵抗


 特別観戦席の一室には、豪華なソファに寝転がる白いローブの男と、その男の上に重なるように寝転がる赤毛の獣人と、男の頭を膝枕する水色の髪の美獣人が居た。


 無論、エストとウルティス、システィリアである。



「ねぇ。アンタ、エストと距離が近いわよ。離れなさい」


「……や! 今はお兄ちゃんを独り占めするの!」


「生意気言うようになったわね。その耳ぶった斬るわよ」


「ひぃっ! お兄ちゃん助けて!」


「……お腹空いたなぁ」



 エストの上で言い争う2人を横目に、昼休憩に入った魔術対抗戦。観客も殆どは外の飲食店に行くため、大きな闘技場が一気にがらんとした。


 能天気なエストが転がるソファの隣では、魔女がミカに学園長を呼ぶように言いつけ、部屋の真ん中にテーブルを出していた。



「エフィちゃ〜ん、ご飯の時間だからね〜。ママとお姉ちゃんから〜、パパを助けてあげようね〜」



 ずっとエフィリアを抱っこしているアリアは、エストたちの前にしゃがみこむ。

 エフィリアが伸ばした小さな手が、エストの冷たい頬に触れる。


 流石の2人もエフィリアが最優先なので、言い争いは一時中断。昼食の準備を始めるのだった。



 数分して、学園長と共にミカが部屋に入ってくると、魔女がミカも相席するように言い、皆で昼ご飯を食べることにした。


 料理に関しては、前日からシスティリアが作った物をエストが時間停止した亜空間に入れているため、出来たての料理がテーブルを埋めつくした。


 何も無い空間から、湯気が立つ料理たちが出てくる様子に、ミカは口を開けたまま見ていた。



「ぱぁーぱ! ぱぁーぱ!」


「今日も僕? システィの方が食べさせるの上手なんだけどな……いいよ。こっちおいで」



 エフィリアがエストを呼ぶと、膝の上にちょこんと座る。暴れても落ちないよう氷の椅子が補助をし、エストが離乳食を食べさせた。


 家では基本的にシスティリアが離乳食を食べさせるのだが、あの一件以降、エストによく甘えるようになった。


 色々と忙しい時に甘えられることもあるエストだが、娘も溺愛しているため、何事をも差し置いて娘を優先する。



「エフィちゃん、また大きくなったー?」


「うん、今ではウルティスよりも大きく……」


「なってないわよ! でも、すくすくと成長してるわ。それに、普通の子に比べて、とんでもなく大人しいらしいわよ」



 ウルティスがパンをスープに浸して食べながら、前に学園に来た時より大きくなったことに気がついた。

 そんなウルティスに冗談を言うエストは、隣のシスティリアから突っ込まれた。



「エストもそうじゃったからのぅ。遺伝かの?」



 懐かしむように呟く魔女は、学園長を見て言った。



「エルミリア? 私を見ても分からんぞ」


「ふっ……ネルメアはよく泣いておったからの」


「え?」



 ネルメア以外、異口同音に困惑する。

 それは過去100年以上、魔術学園学園長の座に居続けるネルメアの、幼少期を知っているということだ。


 ミカだけは、目の前の銀髪の少女が、旧帝国時代の魔女だとは知らないが、学園長が歳を取らないことは知っている。


 そんなネルメアの過去……聞いてみたいのが、総意だった。



「こやつが9歳の時の話じゃ。わらわに魔術の真髄を教えろと強請っての。物は壊すわ口は悪いわ、同年代の男子を殴り飛ばす悪ガキでな。ムカついて、ゴブリン30匹の村に放り込んだのじゃ」


「えぇ……師匠、相当イラついてたんだ」


「当時の魔道書は、今じゃと一冊600万リカはする貴重品じゃからの。髪色が紫のネルメアじゃ。魔術を知りたいと思った矢先に、魔道書を持っとるわらわに会ったものじゃから……」


「……あれは、私が悪い。私の髪色は周囲から浮いたからな。バカにする者を拳で黙らせ、嫌がらせする者には大切な物を破壊して回ったんだ。だから傲慢にも、そして無謀にもエルミリアに襲いかかった」



 かつてのシスティリアに近いだろう。

 本人も通ずる部分を感じたのか、耳をピンと立て、ネルメアの話を聞いている。



「言われた通り、エルミリアから魔道書を盗もうとしたら、ゴブリンの村に転移させられた。あの時ほど絶望感を抱いたことは無いな」


「人としても、女としても死ぬわよね?」


「ああ。子どもであろうと、それは変わらん。だからエルミリアは、私がしっかりとゴブリンに殴られるまで、気配を消して見ていたのだ。二度と逆らえないよう、躾るためにな」



 まともな装備も無く、着の身着のままでゴブリンと戦うが、子どもの中では強くとも、魔物相手では圧倒的弱者であった。


 そしてゴブリンの棍棒で殴られ、意識が朦朧としたところに、下卑たゴブリンが取り囲むが……魔女エルミリアが魔術で村を焼き払った。



「自作自演もいいところだ。だが、私の心にあった、悪事を働いて地位や物を得る精神は、見事に粉砕にされた」


「分かるわ。ネルメアさんの気持ち」



 そう答えたのはシスティリアだった。



「アタシも、自分が人と違って、その上強いって思い込んでいたから。エストに会って、エルダーオークにぶん殴られて痛感したわ。人とは違うけど、特別強い存在じゃないってね」


「そんな経験が……しかし今は」


「エストのおかげよ。彼がアタシに魔術を教えて、強靭な精神力を分けてくれたもの。それに、恋しちゃったのも大きいわね。エストに追いつこう、追い抜こうと、努力を続けられたわ」



 今やシスティリアは、冒険者を代表する星付きである。

 エストのような特殊な思惑で成り上がったのではない。純粋な力と人柄によって得た地位は、誰からも認められる。


 彼女がエストを認め、魔術を教わったように、ネルメアも魔女を認め、魔術を教わった。

 そうして今の雷魔術が生まれ、それを興味本位で昇華させる白いローブの男が居た。


 そんなエストを見つめるシスティリア。

 愛娘に離乳食を食べさせたエストは、少し冷めた料理をようやく口にしていた。



「ん、なに? 僕も何か話した方がいい? システィの恥ずかしい過去とか」


「言わなくていいわよ!」


「あれは、そう。僕と出会ってすぐ決闘したシスティが──」



 紛れもなく、システィリアが『やらかした』話だと分かったのだろう。

 耳をピンと立てて、怒気を込めた目がエストを貫く。



「エスト?」


「……僕の記憶違いかもしれない」


「ふふっ、そうよね!」



 エストの明確な弱点、それがシスティリアだ。

 そのことをシスティリア本人が理解しているからこそ、尻に敷くような行いが出来るが、彼女はしない。

 愛しているからこそ、対等で在る。

 システィリアとは、そういう女性なのだ。




 賑やかな昼食が終わり、第3回戦が始まる。

 初戦はウルティスのチーム対、昨年優勝した4年生……現5年生のチームだ。


 経験差も知識差もあるが、ウルティスという駒はその程度の不利をひっくり返す力がある。

 当然それは、相手も知っている。


 試合が始まって数分、双方は牽制し合うことしか出来ず、膠着状態に陥ってしまった。



「我慢比べね。ウルティスも成長したわ」


「う〜ん、剣で薙ぎ払える相手だけどなぁ」


「それだと楽しくないもの。あの子は、ちゃんとチームメンバーと楽しみたいって思ってるんでしょ」



 エストの言う通り、ウルティスが本気を出せば無双出来る相手だ。しかしそれはウルティスが望んでいない。

 あえて魔術師として戦い、仲間と楽しむ。

 舐めているわけではないが、仲間に合わせた行動をとることもまた、彼女の成長に必要な要素だ。


 ……若干1名、それが苦手なようだが。



「なんで火槍メディクで迎撃したの? 同属性なら制御を奪えばいいのに。あ、今度は水槍アディク火球メア? 相互作用で水蒸気爆発……いや、ただの消火か。威力が低い」


「文句たらたらね」


「だって明らかに手を抜い……てるんじゃない。あぁそっか、この試合、観られてるんだ」



 ハッとしたエストに、システィリアが顔を見上げる。



「観られてる? アタシたちにってこと?」


「ううん違う。僕が期待してる生徒だよ」


「あ〜、つまりその子、賢いのね」


「……いや」


「……そう」



 正直なエストは濁しつつも同意すると、色々と察してしまったシスティリアがなんとも言えない顔になる。

 気まずい沈黙が流れる。



「ねぇ、アタシが悪口言ったみたいじゃない」


「まぁ、うん……知識的な意味では、優れているとは言えない。でも、感覚的な部分はウルティスを超えると思ってる……ちょっとだけ」


「アンタも不安なんじゃない!」


「だって……賢くはないし」


「ああ……うん。ごめんなさいね」



 結局のところ、魔術師は知識と経験だ。

 つまり努力の部分である。

 才能というのは、魔術の世界において0を1にする力はあるが、1を2にする力が弱い。

 天才的な発見はあれど、天才的な成長は見込めないのだ。


 そしてエストが思い浮かべる、青い髪の少し高慢ぽいが意外と礼儀正しく、仲良くなると高頻度で話しかけてくれる少女は……才能がある。



「ウルティスは分かってるね。無闇に力を見せて、天才を閃かせないようにしている」


「アンタが期待するばするほど、その子が可哀想に見えるわ」


「失礼な。ただ、まだ卵も卵だとは思うよ」


「殻を破れるかどうか……その殻を破らせないためにも、ウルティスは制限していると。ねちっこいわね」


「僕はそれこそ『賢い』戦い方だと思うけど」


「結局はウルティスが勝つわよ」


「システィが言うなんて珍しい」


「だって、アタシの子分よ? 大衆の前で負けるのは、狼として恥ずべきことよ」


「……あれ? 僕と初めて会った日のシスティは、確か──」



 漏らし……なんて言おうとした瞬間、エストの横腹がねじ切られる勢いでつねられ、言葉を切った。

 当時のことを、システィリアは曖昧だが覚えている。

 気絶する瞬間に、温かい感触があったことを。


 だが、今回の本質はそこではないのだ。

 衆人環視……ギルドの訓練場でシスティリアは負けた。それはつまり、狼として恥ずべきことで……。



「黙りなさい」


「……ツンツンしてると、昔のシスティを思い出す」



 高圧的なシスティリアもまた愛らしい。

 そう思えてしまうエストは、随分と変わったのだと、自覚するのだった。

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氷の賢者は燃えている 〜棄てられた忌み子は最強の魔女に拾われました〜 ゆずあめ @YuZu4me

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