第136話 新たな賢者


 生物の侵入を拒む極寒の地、氷獄。

 高い山々は肺を破壊する超低気温を誇り、そんな山を超えて入った盆地は、キャンバスの如き真っ白な大地が広がっている。


 そんな氷の牢獄の中に、ひっそりと佇むログハウスがあった。

 一見して小さな家のように見えるが、空間魔術で拡張されているために実際は豪邸のようである。


 暖炉のあるリビングには絶滅したと思われる白狼が丸まっており、火の温かさを感じながら眠っている。


 そしてその白狼を見つめる者が6人。



「──ってなわけで、大体の国王が集まったか」


「集まったか、ではない! 説明をしろ!」


「まぁそうカッカすんな爺さん共。時代の転換点に立つんだからもっと気を引き締めろ」



 三ツ星冒険者として身を隠した初代賢者に、時代の転換点と言われてしまえば各国の王たちは黙るしかなかった。

 これまで時代の転換点と呼ばれた時は、大きく分けて2つ。


 ひとつは、初代賢者による魔族の脅威を払ったこと。それにより魔法から魔術へと名称が変わり、人々の生活の質は大きく上昇した。


 そしてもうひとつ。2代目賢者の処刑だ。

 力に溺れ、持ち前の氷魔術で大きな都市を壊滅状態にした2代目賢者は、初代が積み上げた信頼を著しく損ない、殺人の罪も合わせて斬首刑にされた。


 これ以来、攻撃系の魔術は決められた場所以外では発動を禁じ、人に向ける魔術の恐ろしさを伝えることとなる。



 そうして今回、新たな時代の転換点だとジオは言った。



「新たな賢者の誕生だ。氷龍のお墨付きのな」



 躊躇いもなく言い放たれたジオの言葉は、瞬く間に国王たちの脳をビリビリと刺激した。



「け、賢者だと!? また力を手にした者が……」


「氷龍のお墨付きとは何だね?」


「ん? ああ、あの山に居る氷龍が認めたんだ。元々全属性は扱えたんだが、実力が半端じゃなくてな。聞いて驚け、あの氷龍の顎を一撃で砕いたらしいぞ」


「なんと!?」



 氷龍の情報だけは、ジオを通じて大体の国王が知っている。それだけに鱗の硬さや居るだけで山が凍る魔力など、大体の強さは共有されていた。


 その氷龍の顎を砕いたとなれば、今代の強さが窺える。



「危険性は如何なものか」


「その点は安心しろ。生活態度も悪くない。それに、暴走を防ぐために魔力量を馬鹿みたいに増やさせた」


「……もしもの場合がありましょうぞ」


「その『もしも』が来ないように俺が教育した。2代目みたいにはさせたくないからな。とりあえず黙って受け入れろ」



 生まれちまったものはしょうがない。

 人々ではなく氷龍が認めた以上、そう簡単に覆せる称号ではないのだ。

 3代目として扱うには充分な力量はある。

 経験も積んでいる最中であり、力の使い方も少しずつ学んでいることだろう。


 早いうちに人間側が知っておくことで、要らぬ争いが生まれることを防ぐ。それがジオの狙いだった。



「して、その賢者はどこに? 名前と性別は?」


「名前はエスト、男だ。場所は知らん。何せ旅人として歩き回っているからな。ああ、あと婚約者は居るぞ」


「だ、だからどうしたというのです?」


「バカなお前らに言っておくが、アイツは相手を愛している。手を出して敵対されても俺は知らんぞ」



 かつて2代目賢者も政治に使おうと、様々な手が差し伸べられた。そして、愚かな賢者はその手が汚れているかも分からなかった。


 初代とは違って魔術が完全に普及した時代では、賢者と人々の距離が近かったことが理由だろう。


 政略結婚と知った後、貴族に歯向かう2代目賢者だったが、貴族の騎士に勝つことはできず、精神的に苦しい生活を続けていた。


 それゆえに、王侯貴族は『賢者は手に入れられる』という思考がある。

 ……初代でなければ、という但し書きが要るが。


 そう、目の前に居る初代は災害とも言える。


 力による制御は不可能。

 仲間を作らず、金にも興味を示さず。

 女は自分で落としにいく。


 その生き様は、権力者には最も手を出しづらいものだった。

 宮廷魔術師より強く、馬よりも速い。

 そんなジオが言ったのだ。



「ここに居る奴が消えてもな」



 それはつまり、2代目とは比にならない、初代に並ぶ可能性のある強さを既に持っており、一国程度の力では制御不能であることを示す。



「……私は手を出さないぞ」


「無論、余も同じだ。賢者は不干渉が一番である」


「好きにしろ。あとは世間にばら撒くだけだ」



 どういった形でエストが賢者だと民衆に知らしめるか。それが一番の問題だった。

 誰も知らない場所で行われた、国王たちの会合。

 静かに進んでいく新たな賢者の扱いには、酷く慎重に対応することを皆が提案した。



「では、次に賢者エストが人間側に大きな貢献をもたらした際に、大々的な発表をする。それまでは下手に触らないということだな」



 最終的な結論は、バーガン・エル・レッカ皇帝の言葉に全員が頷いて幕を閉じる。

 ぱちぱちと暖炉の薪から火花が散り、気づけば日が暮れていた。ここ数年では珍しい殆どの国王が集まったこの会合だが、当然ながら同じ身分でありながら不参加の者も居る。



「エルフと獣人の統治者は居らんのですかな?」


「獣人の方はもう話をつけたからな。魔族の被害を受けて復興中だ。エルフは俺をガキ扱いするから言わん」



 ドワーフと同じく精霊の半身とされるエルフは、ドワーフ以上に長寿な特性を持っている。その長さはジオよりも長く、1000年を優に超える者も居る。

 外見的特徴は耳が横に尖っていることだが、そこを隠せば人間との区別がつかないために、意外と人の街にも存在しているのだ。


 そんなエルフとの年齢差から子供扱いを受けたことが理由で、ジオはエストのことを黙ると決めた。



「復興の援助は信用を与えるにちょうどいいな」


「やめとけ。ドゥレディアはもう新しい賢者が殆ど直しちまった。今更行っても無駄に人間を送るだけだぞ」


「……既に獣人連合では」


「英雄視されてんじゃねぇの? 今代は民に寄り添う気が見えたからな。お前らが拒まねぇ限り、アイツもふらっと来るだろ」



 国としては大きな貸しを作るチャンスだったが、それは2ヶ月早ければの話。既にべルメッカの復興は終わろうとしており、獣人とエストの関係性は良好と言える。


 そこで今、支援として人員を動かしたとしても、着いた頃には終わっていることが予想される。

 ただでさえ食料の確保が難しいドゥレディアで民が食べる分の食料を減らしたとなれば、せっかく築いた関係が台無しになるのだ。


 声を上げたフラウ公国は、隣国としての関係もあるために座り直すしかなかった。



「よし、話は終わりだな。近々ドラゴンが現れるかもしれねぇが、そん時はギルドを通して俺に伝えろ。それじゃあ解散」



 パンっ、とジオが手を叩いた瞬間、6人の王が消えた。まるで同じ夢を見ていたかのようにそれぞれの部屋へと転移しており、皆頭を抱えることになった。



「シュン、これから面白くなるぞ。時代の動きを追えるなんざ何年ぶりか」



 そうして白狼を連れた初代賢者は、3代目となるエストの動きに注目しながらも、魔族の情報収集を再開する。


 次はもっと早く魔族を追わねばならない。




「クソ優秀なバカ弟子は、生意気だがクソ優秀だからな。先に魔族の位置を割らねぇと、初代として示しがつかん」

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