第137話 復興の終わりと砂漠の宴


 魔法陣が消え、最後の建て直しが終了した。


 べルメッカの街並みはエストたちが来る前と変わっておらず、家の表面が綺麗になったくらいである。


 2ヶ月と少しの時間を使い、遂にべルメッカの復旧作業を完遂したエストは、杖を片手にうーんと伸びをした。



「疲れた。人のために働くって本当に疲れる」


「お疲れ様でした。最後までひとりでやられましたね」


「少しくらい土の魔術師を育てた方がいいよ? いつ魔物が攻めてきてもおかしくない場所なんだから、最低限土の小屋でも作れないと」


「……ナバルディ様に伝えておきます」



 亜空間に杖を仕舞ったエストは、肩を回しながらそう言った。それはべルメッカを……獣人連合ドゥレディアを思っての言葉であり、外から見た誰もが当然だと思うことだった。


 時刻は午前9時を過ぎた頃。


 ウィルと別れの挨拶を済ませ、気分転換に傭兵の仕事に着いて行くことにしたエスト。

 同行メンバーにはシスティリアの姿があり、どうやらサンド・ワームの成体を狙うらしい。


 十数人の集団で目撃情報のあった地点に向かうと、地面から砂煙を上げて目的の魔物は現れた。



「エスト、見てなさい」



 それだけ言って先陣を切ったシスティリアは、なんと氷針ヒュニスをサンド・ワームに放ちながら剣技を披露した。


 あっという間にズタズタにされたワームはものの数秒で力尽き、傭兵たちもポカンと口を開けている。



「えへへ……どうかしら?」



 胸の前で手を組みながら上目遣いで聞いてきたシスティリアに、エストは見事に落とされてしまう。



「最高。いつの間に氷の理論を覚えたの? しかも完全無詠唱だったし……もしかして天才?」


「もう、そんなに褒めないでよ! 理論自体は昔、アンタに教えてもらったものだけど、完全無詠唱で使えるまで練習しただけよ! ここまで1ヶ月半もかかったんだから!」


「……普通は年単位の練習が要るんだけどね」


「アンタに言われても信憑性が無いわ! でも……ふふっ、ありがと」



 水属性の魔剣士としての仕上がりを見せるシスティリアと、そんな彼女の頭を撫でるエストの2人を、傭兵たちは奇妙な生物を見る目で眺めていた。


 ロープでサンド・ワームの死体を引っ張りながら帰れば、街はお祭り騒ぎだった。



 太陽が傾き始めた頃。

 街はワームの歯を漬けた酒を飲む者で溢れかえった。街全体が明るい雰囲気に包まれ、討伐の功労者であるシスティリアと、せっかくだからとエストもジョッキを受け取った。


 灰白色の酒の中に、人差し指程度の長さの歯が沈んでいる。



「アタシ、初めてお酒を飲むかも」


「僕もだ。あっちでブロフが飲んでるけど……混ざりにくい」



 鍛冶仲間だけでなく商人やその家族、果ては傭兵や衛兵などと一緒に飲む所には混ざれなかった。

 2人でベンチに座り、エストが最初に口を付ける。

 中の酒が唇に触れたぐらいで、そういえばとシスティリアが爆弾を投げた。



「アンタ今13歳でしょ? 飲んじゃダメじゃない?」


「っぷ! 危ないなぁ! でもドゥレディアは12から飲んでいいらしいから、問題ないよ」


「あら、そうなの。ごめんなさいね」



 ただし、子どもは量を少なくするのがルールだ。

 再度ジョッキに口を付けたエストが、ワーム酒をひと口飲み込んだ。


 度数は控えめにされているものの、舌や唇が熱くなるのを感じ、鼻に抜けるアルコールの匂いとワーム特有の甘い味が口内を満たしていく。



「美味しい。僕、これ好きかも」


「……美味しいわねこれ。歯は見た目だけで、実際はワームの血を使っているのでしょうね」



 鼻が効くシスティリアは、ひと口飲んだだけでその作り方を当ててしまった。実際にワーム酒を作る時は、元となる酒に大量のワームの血を混ぜる。

 歯はその昔、血と酒を混ぜる時に棒として使っていた物が間違えて中に残ってしまい、『これがワーム酒だ』と分かりやすくなったことから入れるようになったのだ。


 今回2人が飲んだのはワームの血に酒を混ぜたようなものであり、実際のワーム酒はブロフが飲んでいる白濁とした見た目である。


 それは、2人が酒を飲まないことを思って用意されたものだった。


 ちびちびと飲んでいるうちに、オレンジに染まるべルメッカを眺めながらシスティリアがもたれかかった。



「少し、ぽわぽわするわね」


「そう? システィはお酒弱いのかな」


「かもしれないわ。エストの首、冷たくて気持ちいい」



 グビっと飲み干したシスティリアはエストの首に腕を回すと、抱き寄せながら頬擦りをする。

 まだ残っているジョッキを隣に置いたところ、ばっと腕を離した彼女は両手でエストの頬を挟み、唇を奪った。


 周囲から明るい声が湧き上がり、システィリアの尻尾がゆらりと揺れる。



「えへへ〜、ぶちゅーってしちゃった」


「次からお酒は気をつけようね」


「やー。明日も飲むぅ」



 陽が沈み、立てられた火の明かりに照らされた頬は、薄くピンクを浮かべながら熱を帯びていた。

 違う飲み物を持って来ると言って立ち上がった彼女を心配そうに見つめながら、エストは残りのワーム酒を呷った。


 今日くらいはいっか。

 そう思って好きにさせていたところ、両手にジョッキを持ったシスティリアが帰ってきた。


 酔ってはいるものの、体幹が強いせいか足取りはしっかりとしており、エストに『はい、どーぞ』と渡した酒は半透明だった。


 まさかと思ってひと口含むと、先程より酒の分量が多い……つまりは本物のワーム酒が入っていた。



「ん〜、冷た〜い」


「違うそれ、システィが熱いんだよ」


「ち〜が〜う〜! エストが冷たいのぉ!」


「あぁ……そ、そっか。うん、冷たいね」



 ぐびぐびと飲んでいくシスティリアにもはや諦めの表情を浮かべたエストは、とにかく水を飲ませながら席を立たせないことを意識した。



「エストはほんっと分かってない。あらしがどんだけアピールしても、手ぇ出してこないんらから」


「そうだね、硬いね。はいお水」


「でもわぁってるもん……あらしを想ってそうしてるんらって。ほんとにそういうところが……好きなんらよね」


「うん、僕も好きだよ。はいお水」


「もっとあらしを愛して! ねぇもっとぉ!」


「たくさんたくさん愛してるよ。お水飲もう?」



 彼女が普段言えない本音をぶちまけているのは分かっているのだが、照れくささよりも体調への心配がまさってしまい、優しく撫でることしかできなかった。


 全てを捨ててシスティリアの介抱に力を注いだエスト。その甲斐あってか、喋り疲れた彼女は膝に頭を置くと寝息を立て始めた。


 ようやく落ち着けると思ったのもつかの間、彼女がズボンを脱がそうとしてきた。



「あーうー! じゃましないでぇ!」


「外で何しようとしてるのさ! 酔っ払いすぎだよ!」


「あと少し……あと少しなのにぃぃぃ!! うわぁぁぁん!!」



 盛大に悔し涙を流す彼女に、お酒の恐ろしい力を目の当たりにしたエスト。少しずつ慣らせばこんなことにはならないのだろうが、現状を変えることはできない。


 これ以上システィリアの内面をさらけ出すのは可哀想に感じてしまい、ブロフに一言伝えてから宿までお姫様抱っこをする。



「うあぁ、おうじさまだぁ。あらしだけのおうじさまぁ」


「そうだよ、君だけの僕だよ。もう少しで着くから待っててね」


「はぁい……えへっへっへ」



 そうして宿のベッドに寝かせることに成功したエストは、大きく息を吐いて安堵した。

 だが、ただでは眠らないシスティリア。

 ベッドに座っていただけのエストを抱き寄せると、ぐりぐりと頭を押し付け、撫でられるのを待っていた。


 エストの冷たくも大きな手で2つの耳が撫でられると、嬉しそうに尻尾を振りながら『もっと』とおねだりをする。



「……そういうところ、可愛くて好きだよ」


「うふふ〜、かわいいっていわれたぁ」



 今日はもう動けないことを悟り、システィリアを撫で続けるエスト。耳をくにくにと人差し指と親指で挟んだり、さらさらの髪を撫でたりしているうちに、エストの方が先に眠気を感じてしまった。


 段々とゆっくりになる手を感じとった彼女もまた、睡魔と戦いながら頭を動かしていた。


 せめてもの抵抗としてエストの服を剥ぎ取ると、システィリアも上だけ脱いで抱きつき、そこで意識が落ちてしまう。


 彼女としては火照った体にエストの冷たい体を押し付けたかっただけなのだが、絵面が大変なことになってしまった。



 案の定、翌朝目が覚めたエストは頭を抱えた。



「え……何この状況。僕記憶無いんだけど」



 掛け布団を上げて見れば、上裸のシスティリアが同じく上裸の自身に抱きついていたのだ。

 柔らかい2つの山をお腹で感じ取り、首の下にある水色の狼の耳を見て、必死に昨日の記憶を取り戻すエスト。


 そして、う〜んと唸りながら目を覚ましたシスティリアは、まだ起きたくないのか頭を擦り付けてきた。



「……頭が痛いわ。昨日何したっけ……」


「僕も気になってるんだ。何この状況は」


「状況? ……あらっ?」


「あらっ、じゃないよ! どうして僕ら裸なのさ!」


「……脱ぎたかったんじゃないかしら」


「……そっか」



 真相が明かされることなく、時が流れる。

 どうしたものかと困っていたエストだったが、なぜか『えいっ、えいっ』と胸を押し当ててくるシスティリアに、本当にどうしたものかと頭を抱えていた。



「……大きいね」


「ふふっ、でしょ? 筋肉と一緒に維持するの大変なんだから。今のうちに堪能しなさい」


「……そうしようかな」



 そうして、復興が終わった次の日の朝は、システィリアに許される範囲で自慢の胸に触れたエスト。どうしてこうなったのか、それは誰にも分からない。


 ただひとつ覚えているのは、彼女にお酒は飲ませない方が良いということ。


 次からは気をつけさせようと、胸に誓うエストだった。

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