第138話 砂漠よおさらば


「そろそろ行こうか。準備はいい?」


「もちろんよ! ちょっと頭が痛いけど」


「構わん」



 べルメッカの広場に集まった3人は、それぞれがお世話になった人たちに見送られながら街を出た。

 滞在期間と同程度の道のりを経て、砂漠の終わりを視界に入れた。境界線にある木々を見ると、まるで世界が変わったような感覚を与える。


 最後の砂丘を登り終えたところで、エストは大きく息を吐いた。



「前にあの村を見てから半年も経ったんだね」


「長いようで長かったわ」


「それはただ長いだけだ」



 最初に砂嵐から匿ってくれた村を横目に歩いていく。あの時は獣人の国に酷く怯えていたが、現地に行けばそこまで怯える必要はなかった。


 その証拠に、エストはフードを脱いでおり、システィリアも髪色を隠していない。


 砂漠を隔てる木々の隙間を抜けると、砂から土、そして草を踏む感触に、つい歩くペースが早くなってしまった。



「露骨に喜んでるわね。そういうところはまだまだ子どもっぽいわ」


「我慢するな。横を歩いてやれ」



 子どもっぽいと言った彼女もまた、足が軽くなっていた。そこを見逃さなかったブロフが背中を押すと、2人は静かにはしゃぐ。


 まだまだシスティリアも子どもだと内心で呟きながらも、ブロフは着いて行った。



 そうして、久しぶりとなるリューゼニス王国の領域に入った3人は、森を抜けて大きな街道に足を踏み入れた。


 切り開かれた大地と踏み固まった土の道は、まさに国の血管。

 商品を運んだ馬車が横切ると、遂に人族の地に帰ってきたんだと体が納得した。



「さてと、どっちに行けばニルマースかな?」


「完全に東西に別れてるものね」


「間違えるのも経験だ。好きな方を選べ」



 目の前の道をどちらに進むか。

 運次第では別の街に行ってしまうため、温泉からは遠のいてしまう。

 思い切って街道を無視して南に突っ切るのも手ではあるが、それでは面白くない。


 ならば。



「この杖が倒れた方向に行く。それでいい?」


「ええ! ちょっとワクワクするわね!」


「精霊の導きあれ」


「じゃあ行くよ……ほっ!」



 杖を真っ直ぐに立たせると、地面の凸凹によって穂先が揺れる。

 ゴトッと鈍い音を鳴らして倒れた方向は、エストから見て左側。つまりは東側を指していた。



「行こう。ハズレだったら転移しよう」


「負けず嫌いが滲み出てるわよ」



 既にこの空間は抑えてある。

 いつでも転移で戻ってくることが可能だ。


 足並みを揃えて東へ進むこと2時間。

 野草を集めながらゆっくりと歩いていると、分岐路に遭遇してしまった。


 綺麗なY字の道に、エストは首を傾げる。



「北東か南東か。流石に南東だよね」


「これで違ったら看板でも立ててやりましょ」


「迷いもまた経験だ」



 北東に繋がる道がものすごく気になるエストだったが、冒険心をぐっと堪えて南東への道を進む。


 ドゥレディアに居た頃は気づかなかったが、既に季節は晩夏である。

 艶のある肉厚の葉は彩りを弱め、大地に還る準備を始めていた。そのせいもあってか野草探しには時間がかかったのだが、エストは気づいていなかった。


 少し森から離れるだけで随分と感覚を失うものだと実感し、それでもなお輝くシスティリアの経験には目を見開くものがある。


 久しぶりの野草スープを楽しみに歩き続けていると、小高い丘を登った先で、白い煙を上げる大きな山が威圧してきた。



「あれがマース火山か。かなり大きい山だね」


「暑そうね……ふふふっ」


「ここらは金属も宝石も多い。腕が鳴るってもんだ」


「アンタ、鍛冶師はやめたんじゃないの?」


「オレは戦士だ。副業で鍛冶師をやっている」


「都合のいい戦士ね。悪くないわ」



 暑い夜はエストに抱きついて寝ても許されるため、システィリアの口から笑みがこぼれる。

 そんな彼女と同様に、ブロフもまたずる賢い思考を覗かせた。


 2人して悪い笑みを浮かべているのを見たエストは、自分も何か同じような考えがないかと模索するものの、特に良いアイディアは思いつかなかった。


 少し残念そうに歩き続け、一晩野宿することに。



 やはりいつも以上にくっつくシスティリアと、長い時間をかけて装備の手入れをするブロフ。

 目的地をニルマースにしたことは正解だったと信じることにして、エストもまた、彼女を抱き返した。


 意外と蒸し暑い夜を超え、一行はマース火山の麓にある、世界有数の温泉街、ニルマースへと足を運ぶ。


 至る所から湯気が立ち上り、綺麗に並んだ石造りの街は美しさと利便性を兼ね備え、馬車がスムーズに人や物を運んでいる。


 街並みの鑑賞をやめて2番目に高い宿へ向かうと、何やらロビーが騒がしい。



「おい! 俺たちはBランク冒険者なんだぞ!」


「と、言われましても……」



 屈強な冒険者が3人、壁のように受付の人を囲んで強引に部屋をとろうとしていた。



「早く鍵を出せ。さもなくば──」



 剣を抜いて脅そうとする男を見た瞬間、エストは反射的に氷の縄で男を拘束し、その股間を眩く照らした。

 それは、男にとってトラウマとも言うべき魔術。


 冷や汗を流して顔を上げると、そこには忌々しい白髪の魔術師が立っていた。



「お、お、お前は……ッ!!」



「久しぶりだね、レヴド。股間照明は覚えているかな?」

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