第153話 双角
順調に攻略が進み、5層の主部屋を探している時のこと。空が真っ赤な真っ青の森を探索中、ブロフが宝箱を見つけた。
「これだ。この層は人が少ない。ミミックの可能性も捨てられん」
「エスト、ミミックだけを倒す魔術とか無いのか?」
「僕ミミックについて全然知らないから、無いよ」
宝箱をどう処理したものかと悩んでいると、エストの横からヌルッと顔を出したミィが前に立った。
「ふっふっふ。ここは大天才ミィ様に任せるニャ!」
その手には短剣が握られ、言動とは裏腹に真剣な表情で宝箱に向き合うミィに期待の眼差しが向けられる。
蓋の隙間に短剣を差し込み、いつ襲われてもいいように飛び退く準備が出来ている。
ゴクリと唾を飲んで、短剣の柄を下げたミィ。
「ヒィィィヤァッッハァ!!!」
「……とんでもない声ね。それに普通の宝箱だし」
今回の宝箱はミミックではなかったらしい。
パカッと開けられた宝箱が、皆の前で鎮座している。
「こ、こういうのは勢いが大事ニャ!」
「それで、中身は何だったの?」
発見者ということもあってブロフが中を覗くと、そこにはランプのようなガラスの中に、緑色の玉が浮いている小物があった。
取り出してみればそれは緑の輝きを放ち、何か効果がある……とは思えない物だ。
「ガラクタだな。エスト、やるぞ」
「いいの? じゃあ貰っちゃおう」
ガラクタとはいえ、ダンジョンで出土される物は魔術的にも興味がある。今回の場合も緑の光の正体が気になっているエストは、落ち着いた時に解析しようと考えているのだ。
お礼の後に緑のランプを亜空間に仕舞うと、一件落着といった風に探索が続行される。
「にしてもこの森、目に悪いわね」
「そのくせ出てくる魔物は真っ黒なオークだ。いよいよ頭がおかしくなるぜ」
「色調を変える魔術、使おうか?」
「そんなものがあるのか!? 頼む」
エストが杖を振り、黄金の多重魔法陣を足元に出現させる。ドゥレディアでシスティリアの髪色を変える時に使った魔術と原理が近い、目に入る色の光を変える魔術──
魔法陣が輝いて再び目を開けた時、目の前の景色が普通の森に見えた。
「……すげぇ、空が青い」
「それは当たり前のことニャ!」
「空と森の色しか変えてないから、オークは黒いままだよ」
「いや、助かった。気が狂いそうだったからな」
この階層は別名“狂気の森”。
ダンジョンを探索する上で長時間色の狂った景色を見せられるために、高ランクの冒険者であっても半狂乱状態に陥ることがある。
だが稀に、ここの方が色が見えるという者が居る。
そう言った者は普段から他人と色の見え方に違いがあったりなどすることから、この階層は目ではなく脳に作用しているのではという説が浮上した。
「行くぞ。早くこの階層を抜けてぇ」
「緑色の……扉? 随分小さいわね」
「これ宝石だよ。変わった主部屋だね」
道中、休憩を挟みつつ扉に辿り着いた7人。
森の中にある翡翠の扉は小さく、これまでの主部屋とは違う異様な雰囲気を放っていた。
主魔物の情報は無い。
なぜなら、この扉をくぐって帰ってきた者が居ないからだ。一歩先は屍の山か、未踏の異界か。
尋常ならざる空気感の中、場違いな会話を繰り広げる2人が居た。
「今日は魚よ! お肉続きはダメ!」
「一切れでいい……ワイバーンが食べたいよぉ」
「うぬぬ……野菜もたくさん食べる?」
「食べる! 美味しいから」
「……しょうがないわね。味付けも少し変えるわ。ナッツを買ったから、色々試したいの」
尻尾の手入れをしながら献立の追加をお願いするエストと、ここまで頼み込まれては断れないというシスティリア。
他の5人がピンと張った空気を纏う中、この2人だけは緊張感がなかった。
「な、なぁ……お前ら大丈夫か?」
「戦う前から緊張してどうするのさ。緊張が戦闘の枷になるのは常識でしょ?」
誰も倒せていないから何だと言うのか。
ラゴッドのダンジョンでドラゴンと相対した時も、エストは緊張した素振りを見せなかった。魔術師として鍛えた精神力。それに付随する戦闘経験。
そして何よりも……姉であるアリアの教え。
「これは殺し合いじゃなくてただの戦い。ダンジョン攻略は楽しまないと」
全員に
握られた杖は固く、その瞳には炎が宿る。
討伐報告の上がっていない確かな強敵を前に、口元は優しく笑っていた。
大きな息をひとつ、ガリオは吐き出す。
剣を抜き、皆に頷いてから扉に手を置いた。
「行くぞ」
翡翠の扉が今、開かれた。
「中も緑色だ。不思議な空間」
扉を抜けた先は、これまでと変わらない大きな主部屋である。他と違う点と言えば、全てが緑色であることか。
全員が警戒しながら少しずつ前へ進むと、部屋の中心にある円形の床を囲う燭台に、淡い青の炎が灯っていく。
その中央に視線が集まると、見るだけで萎縮してしまうような、牛の巨人が立ち上がる。
側頭部に生えた2本の角は悪魔の如く。
ギロリと睨む金の瞳は確かな殺意を込めて。
大木のような両腕には金と銀の斧が握られていた。
「あぁ……知らねぇ魔物だ」
「来るよ」
わずかな魔力の流れを感じ取ったエストの言葉で、牛魔が消えた。
否、凄まじい速度で接近しながらディアへ右手の金斧を振り下ろしたのだ。
鈍い金属音が響く。
あまりの衝撃にディアを支える2本の足から、ミシミシと嫌な音が聞こえる。即座にエストが光魔術を使って癒すと、左手の銀斧が牛魔の手から消える。
「危なっ」
消えたと思われた斧は真っ直ぐエストに飛来しており、あと数センチといった間合いで避けた瞬間、牛魔の左手へと帰っていった。
よく見れば糸のような毛が結ばれており、それが異常な挙動をもたらしているらしい。
「ガリオさん。左腕、両足、首の順番かも」
「分かった! ミィ、マリーナ、援護を!」
マリーナが大量の
今までに出会った魔物で最も速く動き、攻撃に対処する瞬発力に、誰も生きて帰れなかった理由が分かる。
「シンプルなのよね。だから破綻しない。純粋な力が強いから、速いし重い」
「魔術で言う単魔法陣そのものだね。厄介極まりない」
「アンタがそれ言っちゃうんだ」
「理解してるからね」
魔族のように思考する時間を必要としなければ、ゴブリンのように力で押せる相手でもない。
圧倒的な筋力。それこそが尋常ならざる速度と威力を持ちながら、無駄のない動きで殺しにくる。
「システィ、ブロフとガリオさんと一緒に左腕を狙った方がいい。ミィは目を。マリーナは僕と一緒に奴の動きを止めるよ」
「止めるって……どうやって!?」
「この部屋全体を水浸しにしてほしい」
「わ、分かった。やってみる」
再び牛魔がディアの盾を破壊しようと斧を振り下ろすと、今度はブロフがその斧を破壊せんとハンマーを振る。
流石に斧はマズイのか距離をとった牛魔がブロフに標的を変えた瞬間、マリーナが高範囲に渡って
その時である。牛魔の左手から銀斧が消えた。
「──っ!」
気づいた時には遅く、斧の刃はマリーナの頭を捉えていた。
「見てるに決まってんじゃん」
突如として足元の水から氷が伸びると、飛来する銀斧を受け止めた。そして杖から放たれた
その音量は容易に全員の鼓膜を破き、同時に平衡感覚を失わせるものだった。
「
「まか……せろっ!」
治療が終わったタイミングで襲いかかる牛魔を受け止め、ブロフ、ガリオ、システィリアの3人が攻撃する。
また飛び退いて距離をとろうとする牛魔だったが、部屋に薄く張った水が凍りつき、力を入れた時には足首まで氷に埋まっていた。
「ナイスだエスト!
ガリオが振った剣が牛魔の左腕に食い込むと、爆発するような炎が噴き出し、大樹の幹のような腕を落とした。
そしてブロフのハンマーで金斧にヒビが入り、気を引かれた牛魔の右腕にシスティリアの嵐の如き剣技が襲う。
一箇所の傷を無数に斬り裂くような攻撃は、ガリオのように切断とまではいかないものの、腕の中心に穴を開けた。
これで無力化した。
────はずだった。
両の斧を落とした牛魔は、再度爆音で咆哮しながら左腕で自身の角をへし折った。そして角を胸に突き立て、一気に押し込む。
噴き出した血を浴びた角を咥え、ゴクリと嚥下する音が響く。すると、ガリオが焼き切ったはずの右腕が再生し、左腕の穴までもが塞がった。
「まだニャ! 首を落とすニャ!!!」
再生という絶望感が漂う中、ミィが放った矢は牛魔の目に突き刺さる。
そして、
両眼を覆って苦しむ牛魔に、これはチャンスとガリオとシスティリアが飛び込む。
「動くな。
一瞬にして牛魔の全身が氷漬けになると、2人よりも先にブロフが首へ一撃を叩き込んだ。
衝撃で首周りの氷と共に骨が砕け、背面へ倒れ込む牛魔。その首を両方向から断ち切らんと、ガリオとシスティリアが刃を振るう。
パキパキと牛魔の氷が割れていくが、ここまで来れば先に殺した方の勝ち。
「オオオオオオッ!!! 断ち切れぇぇぇ!!!」
ガリオの雄叫びと同時に振り下ろされた刃が、遂に牛魔の首を落とした。
砕けた氷と一緒に魔力の粒となる牛魔。
完全にその姿を消すまで警戒を解かず、部屋の中央に宝箱が現れてから、全員は武器を下ろした。
「っしゃああああああ!!!! 俺たちが最初の討伐者だぁぁぁぁぁ!!!!」
ホッと息を吐くと、近くに居たマリーナの腰が抜けた。どうやら大量の魔力消費も相まって、もう動けないらしい。
「よく動きを止めたわね。流石だったわ」
「あれはマリーナの水があったからなんだ。あの牛は魔術に反応するから、先に水浸しにしたら僕の魔術に反応できないと思ってね」
「よくあの戦闘中に思いつくニャ……」
「それがエストの強みだからな! ガッハッハッ!」
「にしても……何だったんだろうね、あの魔物。未知の魔物……なのかな」
これだけ冒険者が揃って首を傾げる魔物など聞いたこともない。新種か未発見か、どちらにせよAランク上位の魔物であることは確かだ。
「悪魔……という説は無いか?」
ディアの言葉に、また揃って首を傾げていた。
「俺はユエル神国の出身なんだが、祖国ではよく、御伽噺に悪魔が出てくるんだ。『深き闇の中、双角の悪魔が現れん。かの悪魔を祓いたるは、光の精霊ラカラ様』……とな」
「そういえば、咆哮と一緒に闇魔術も使われたね」
「血を飲んで再生もしてたわ」
「……納得はできる」
「でもよ、ダンジョンに悪魔がでるのか?」
「ガリオ、ここは異界式だ。他のダンジョンとは一線を画す。それに俺の思い込みかもしれない」
う〜んと考え込む前衛たちに、座り込んだミィが言う。
「とりあえず休むニャ。もうヘトヘトニャ」
「だな。ここで休憩して次の層を確認したら、ギルドに報告しよう。流石に俺たちでもこれ以上の魔物は無理だ」
まだ先があると思えば、滅入ってしまう。
世の中にはこんなにも危険なダンジョンがあるのかと、認識を改めるエストだった。
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