第154話 最下層の神殿
「あの悪魔? から出た魔石、石というより岩だろ」
「しかも真っ黒。ガリオさんが潰れちゃうね」
「おい、なんで俺が持つ前提なんだ」
「リーダーとしての背中、見たいなぁ」
「誰かこいつの背中に括りつけろ!」
時間的には朝8時を過ぎた頃、完全な休憩を終えた一行は未踏の6層へと進もうとしていた。
しかし、大きすぎる魔石と宝箱から出た乳白色の大きな宝石が場所をとり、エストの亜空間に頼ってもいいものかと議論になった。
結局は携帯不可ということで亜空間行きが決定したのだが、次に5層の主魔物を倒した者が現れても、魔石の持ち帰りは無理だろうなとこの場の全員が確信した。
隊列を正して真っ白な階段を降りていくと、透明なカーテンのような仕切りがあった。
皆が慎重に通り抜けて行く中、エストだけはそれに阻まれるような感覚を覚えた。
覚悟を決めてカーテンをくぐった瞬間、足場が無くなったように落ちていく。
「エスト〜? あれ……エストが居ないわ」
「どういうことだ? それに……ここは何だ? ダンジョンというには異質すぎるぞ」
「……神殿、かしら」
エストなら大丈夫だろうと判断し、目の前の光景をぼんやりと眺める。
純白の石材は見たこともないような白さを放ち、6人が立っている場所は大きな橋のようだった。
正面に聳える神殿を他所に橋の下を覗くと、そこには雲海が広がっていた。
まるで空の上にあるかのような神殿に、ここがダンジョンであることを忘れてしまう。
「行くか。無理だと判断したら即退却だ」
警戒を怠らずに進むガリオたち。
尻尾が垂れ下がったシスティリアは、頭の半分がエストへの心配で埋まっていた。
◇ ◆ ◇
「変なとこに来ちゃった。帰れるのかな」
階段から滑り落ちたように皆とは違う場所に辿り着いたエストは、気づけば柔らかな草の上に寝転がっていた。
空はどこまでも澄み渡っており、今の悩みがちっぽけに思えるほど雄大である。
白く輝く太陽は熱を刺すことはなく、まるで明かりの役割しか与えられていないようだ。
気持ちの良い風がエストを撫でると、バッと体を起こす。
「……君は何かな? ドラゴンより強そうだけど」
瞬く間にエストが大量の魔法陣を出現させた。
その標的は、正面に居る謎の球体。
淡い水色の光を放つソレに全力で警戒したエストは、杖を構えながら一歩引く。
『そう警戒するなエスト。私たちの空間に入ってきたのは君だろう』
渋い男の声が響く。水色の球体が喋ったらしい。
名前を呼ばれ、関わりがある存在なのかと思案するが、エストの記憶には球体とお喋りをした記憶が無い。
「誰? それに僕はダンジョンに居た」
『君の魔力が“扉”を開けた。自覚はないか?』
質問には答えない球体に、ひしひしと感じる圧力から杖を下ろした。そして顎に手を当てて考えたエストは、扉という言葉に首を傾げる。
「わかんない。でも、あの透明な幕がそう?」
『……幕か。どうやら私の認識より遥かに成長しているらしい。クェル』
球体が誰かの名前を呼ぶと、その丸い体が2つに分裂した。片方は水色のままだが、もう片方は白みを帯びた半透明だ。
どうやら先程まで喋っていたのは、半透明の方らしい。水色の球体がエストの周りをクルクルと回った後、正面で停止する。
『意味わかんない。どうして2つも適性があるの?』
幼い少女のような声で疑問が投げつけられるが、エストはまた首を傾げた。
本人の知る限り、エストの適性は氷……だと思われた時空のはずだからだ。
『ロェル。この人間は異常』
『2つの適性を持つことは稀にある』
『違うの。この人間────“時間”と“空間”に適性があるの。こんな人間、見たことない』
時間と空間に? とまた首を傾げるエストだったが、半透明の球体までもが周りを飛び回るもので、怪訝な顔で聞いてしまう。
「それで、僕帰りたいんだけど」
『待て。君は創世してから初めて見る魔力を持っている。もう少し見せたまえ』
「別にいいけど、だったら教えてよ。さっきから何を話しているの? 君たちは誰?」
そういえば名乗っていなかったと言わんばかりに動きを止めた半透明の球体は、エストの目の前で話し出した。
『私はロェル。空間を司る精霊だ』
『ワタシはクェル。時の精霊』
『私たちは融合し、時空の精霊として世界を調整している』
精霊。それは世界を魔法陣とした時、構成要素とも呼べる全ての根幹を成す存在。全ての魔力の祖であり、魔術の……魔法の生みの親。
『ほら、精霊よ? 這いつくばるのが人間でしょ?』
「嫌だよ。球体に這いつくばるほど変じゃないもん」
『何よこいつ、礼儀がないわね!』
「そんなことより、君たちが本当に精霊なら聞きたいことが山ほどあるんだ」
敵意が無く、その存在が本物ならば。
エストは昔から書き溜めていた精霊への疑問をぶつけ始めた。
空間の精霊ロェルはせっかくの機会だからとそれら全てに答えるといい、平伏しなかったことに腹を立てたクェルは、ロェルの後ろでエストを睨んでいた。
「じゃあまず、時空魔術って存在しないよね」
『ああ。時空間の認識は魔術には当てはまらない』
「やっぱり。使ってて思ったんだ。空間内の支配はできても時間の支配ができないから、別物だとね」
『……何よ。時間魔術を使えばいいじゃない』
「知らないから使えないんだよ。空間魔術は先生が残してくれたけど、時間魔術は使われた形跡も一切残っていない。だから適性があったとしても、使い方を知らないんだ」
グサッと突き刺すような視線で時の精霊を刺すと、やれやれといった風に姿を現した。
エストの前にひとつの単魔法陣が現れると、その半透明な術式に目を見開く。
『時は魔力の流れ。絶えず流れ続ける理の血。でも、人間は面白い定義を作ったわ。それは──』
「1秒の定義。魔石から魔石へ移る魔力量から計測した、不変の時間」
『……流石に知ってるわよね』
「僕もそこから時間魔術が作れないか試したんだ」
『無理に決まってるじゃない。それは人間の定義であってワタシの魔法じゃないわ』
やはり。薄々そんな気はしていたが、やはり本家に言われると強い納得感を得たエスト。
この1秒の定義が常識になったせいで、時間魔術を編み出すことができなかったのだ。体の芯にまで刻まれた1秒のの概念が、新たな考え方を受け入れられない。
でも、それはさっきまでの話。
今しがたクェルに見せられた魔法陣を見れば、魔術の研究を重ねたエストはすぐに理解できた。
理解できてしまった。
『エスト。君は特異な魔力を持っている。それは理解しているな?』
「氷の適性だと思ってたんだけどなぁ」
『何を。君は完全な時空の適性を持っているのだ。氷などというクェルの真似事よりも遥かに強い』
「……真似事?」
氷の散々な言われように聞き返すと、ふんぞり返ったような声色で時の精霊が言う。
『ヒュミュはワタシに憧れたアイルの姉よ』
「アイル……水の精霊?」
『そう。水の動きを止めようとして、世界の全てを凍らせてしまった精霊。水の精霊で居られなくなったから氷になった、アホの子ね』
2代目賢者のような話だが、それとは全くスケールの違う話に、エストは小さく頷くことしかできなかった。
他にも精霊の過去話をポロポロと話す時の精霊は、つい喋りすぎたとロェルの後ろに隠れてしまう。
『そろそろ時間だ。君の魔力が尽きる』
「え? どういうこと?」
『ここは精霊の領域。ただの人間が滞在できるわけがない。それは世界が拒み、私が拒む』
『今回は異界を通ってきたみたいだけど、次は死んで来なさいよ。龍の魔力も混ざっているし……土産話を聞くわ』
『また会おう。最も稀な人間、エストよ』
突き放されるように精霊の姿が消えると、ここに訪れた時と同じように落ちる感覚を受けたエスト。
ぼんやりとした目を開けると、そこには涙目で見つめるシスティリアと、薬草の類を調合するマリーナとミィの背中が見えた。
「エスト! 目を覚ましたのね!?」
「……システィ。うん、ゴホッ」
軽く咳き込んだエストだったが、吐き出したのは空気ではなく大量の血であった。
頭が割れるような頭痛。つらい吐き気。
そして吐血……魔力欠乏症の症状だ。
どうやら、あの世界に居るために大量の魔力を使い続けたらしい。体内の魔力は空に近く、体に力が入らない。
軽く辺りを見れば、神殿の祭壇に寝かされているようだった。
「ダメ、ダメよエスト死なないで……!」
「……死なないよ。魔力を……使いすぎたみたい」
「本当に? 本当の本当にそれだけ!?」
「うん……大丈夫だから、安心して」
目を閉じたエストが眠ると、涙を溢れさせたシスティリアが抱きしめた。
血で服が汚れることも厭わずに支えた彼女は、次にエストが目を覚ますまで、ずっとその手を離さなかった。
「どうしてこんな所にエストっちが居たんだニャ?」
「分からん。起きたら質問攻めだな」
「階段は無かったんだろう? それも含めて、変なことが起きたもんだ」
「……ウチのモンが迷惑かけたな」
「気にすんなってブロフさん。こうしてエストも生きてたんだから、それでいいんだ」
死者が出なかった。
それだけで、今回のダンジョン攻略は大成功なのだ。
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