第152話 阿吽の呼吸
エブルブルームから助けた冒険者を見送り、エストたちは2層への降りた所で休んでいた。
異界式ということもあり、1層は森だったのに対し、2層は遺跡のような構造をしている。
火を焚いて灯りを確保し、湧いてくるスケルトンや小さなゴーレムの襲来に備え、交代で警戒する。
今はエストとシスティリアの番であり、静かな空間は穏やかな休息をもたらした。
「……綺麗な髪。いつまでも触っていたいよ」
「ふふっ、いつも言ってるわよ?」
「……それだけ大好きなんだ。忘れないで」
正面の通路を曲がって数メートル奥に現れたスケルトンが、一瞬にして白い炎に焼かれた。
今のエストは、空間魔術で警戒しながらシスティリアを膝枕し、ただ静かな時間を楽しんでいる。
いつかに編み出した光魔術と火魔術の合わせ技は、アンデッドの巣窟となっているこの2層で無類の強さを見せていた。
彼女の髪を撫で、深い深い愛情をこぼしながらも魔術師としての強さは変わらない。
皆が安心して眠れているのは、魔術に特化したエストが居るからだ。そんなエストを労おうと、今度はシスティリアが膝枕をすると言う。
眠っているが皆の前ということもあり、一瞬の躊躇を見せたエストだったが、火に照らされた彼女の優しい微笑みには勝てなかった。
弾力はありつつも引き締まった太ももの上に頭を乗せれば、白い髪を撫でられる。
「ダンジョンに行くとは思わなかったわ。あれだけ温泉を目当てにしてたのに……ガリオたちとは長いの?」
「……うん。恩人……仲間なんだ。僕が獣人に対して理解を深められたのはミィのおかげだし、複数適性はリスクがあると知ったのはマリーナを見たから。ガリオさんには冒険者としての鍛錬を絶やさないことを。ディアさんには食生活に気をつけるように言われたよ」
「食生活……酷かったの?」
「まぁね。毎食堅パンサンドだった」
「う〜ん……今と全然違うわね」
「システィの料理の美味しさを知らなかったからね。あの頃は魔術のことしか見えてなかった。こんなに楽しくて、大変で……魔族と戦う未来なんて、欠片も思ってなかったよ」
「そうね……面白いぐらい、日常が変わったわ。エストはアタシの人生を変えてくれた……ただのガキンチョが、“冒険者”になれたのはエストのおかげよ」
「それは君の力があったからだ。元々知識も経験も僕よりあった。たまたま僕がきっかけになっただけ」
「そのきっかけがどれだけ大事か。アンタが居たから、アタシは成長する機会を得たのよ。感謝してるわ」
わしゃわしゃと髪を撫で、屈託のない笑みを見せるシスティリア。普段とは違い、ダンジョンという場所が心の内側をさらけ出す。
蕾だった彼女の人生を、ずっと咲き続ける花にしたのはエストである。自身を魅了してやまないその花は、決して枯らしてはいけない。
もう何度目かも分からない決心に、彼の表情も緩んでいた。
「……そろそろ時間だ。起こそうか」
そう言って、エストが体を起こした時だった。
「もう起きてんだよこっちは! ずっとずっとイチャイチャイチャイチャ……どうしちまったんだエストォ!!」
目を血走らせながら、2人の話を聞いていたガリオが叫んだ。
「おはよう。ガリオさんも心から愛する人ができたら変わるよ。きっと」
「お前は変わりすぎだってんだよぉぉぉぉ!! それになぁ、俺だって……俺だってそんな恋してみてぇよぉぉ!!!」
涙を流すガリオの肩にディアとマリーナ、そしてミィの手が置かれた。
冒険者は、いつ死ぬか分からない。
不安定な収入。不衛生な環境。不慮の怪我。
冒険者になって大金を稼いで、好きな人と結ばれて老衰……なんていうのは夢物語でしかない。
今のエストのように、婚約者が冒険者でありながら高ランクというのは、実に稀なことである。
想い人に逃げられることも、お金に困ることもない。互いに光魔術も使え、権力者とも繋がりがある……恵まれすぎなのだ。
だが、そういう夢があるのもまた、冒険者の魅力でもある。共に未来を生きてくれる人が隣に居る安心感は、きっと何よりも心強いだろう。
「けっ! お前らなんか、とっとと結婚しちまえ! 俺だって良い人の10人や100人、出会えるんだからな!」
「清々しいまでの嫉妬ニャ。でも分かるニャ。この2人を見てると、自分の人生が情けなく思えるニャ。とっとと結婚しやがれニャ。ぺっ!」
「……話を聞いてたら尚更ね。冒険者辞めても道があるとか……はは、悲しいな……私には何も……」
「大丈夫だマリーナ。お前は宮廷魔術師になれる。真に危ういのはこっちの3人だ。お前は……唯一の希望だ」
ガリオの男泣きに3人が呼応し、皆一様にエストとシスティリアに嫉妬の目を向けていた。
ダンジョンの中で、それも危険な異界式の中でもイチャつく冒険者に、嫉妬せずにはいられないのだ。
恥ずかしそうにエストの背中に隠れたシスティリアを見て、更に嫉妬の念が強くなったのは言うまでもない。
一番の被害者であるブロフはと言うと、騒がしさが指数関数的に増えたと思いながら、武器の手入れをしていた。
「──っと、もう主部屋か。ここのボスはフィフディルという魔物だ。色んな属性の魔術を使ってくる厄介な奴だ」
遺跡を進み続けた一行は昼前に主部屋前に着いた。
ここからは階段を守る魔物が現れる。
帝都近郊のダンジョンとは違い、数段危険度が跳ね上がったBランク上位の魔物が出てくる。
「できれば早めに片付けたい」
「じゃあ僕とシスティでやるよ」
「…………できんのか?」
「そこは『俺たちより早く倒せるのか?』が正解だよ」
「そこまで言うなら任せる。魔術を使わせないように立ち回れ。お前らならできるだろ」
大きく頷いた2人は、隊列を崩して戦闘に立つ。
大きな石の扉を開き、一歩ずつ大きな主部屋を歩いていく。
ジメッとした空気に包まれると、部屋の中心にそれは居た。
「……腐った蝶? まぁいい。やるよ」
「アタシの速度に着いてきてよね!」
深緑色の粘液を撒き散らしながら、フィフディルという腐敗する大型の蝶が羽ばたくと、紫色の鱗粉が舞う。
そこへ臆することなく突っ込んでいくシスティリアに、戦闘経験のあるガリオたちが声をあげようとした瞬間──
「堕とすよ」
「ええっ!」
フィフディルは慌てて回避を試みるも、
落ちた衝撃で麻痺毒の鱗粉が舞うが、それは彼女の体を蝕むことはなく、全力の一太刀を食らわせた。
背中の上の氷が消えたと同時、深紅の多重魔法陣が見えると、システィリアは大きく後退する。
そして魔法陣が輝き、瀕死のフィフディルの全身は炎龍の息吹の如く燃え盛る炎に包まれた。その巨体が灰になった時、部屋の中心に宝箱が出現した。
「意外と硬かった?」
「ええ。アイツの胴体、細かい鱗みたいな物で覆われていたわ。まぁ、それごと斬ってやったけど」
野生で見つけたら気をつけようと言う2人の戦いぶりに、ガリオたちは開いた口が塞がらなかった。
「な、なんだ……今の」
「秒殺……だったニャ」
「フィフディルの強み、何一つ見せることなく討伐してた……」
「何よりあの連携力だ。ひとつの言葉で全てを理解していたぞ」
フィフディルの魔石は、エストの炎に燃やされたのか確認できない。地面に付いた大きな焦げ跡が、その温度を物語っている。
氷だけでなく風、火までも巧みに操りながら、彼女だけで倒せるところにトドメを刺した。
命が尽きるその瞬間、刹那の抵抗すら許さないために徹底された戦い方は、魔物を倒す上で完璧と言わざるを得ない。
宝箱から黄金のネックレスを取り出し、値段の予想をする2人が恐ろしい。
瞬時の判断。お互いの力量。相手の行動。
それら全てを言葉にせず通じ合うという、驚異的な戦闘だった。
「どう? 僕たち強いでしょ」
「こうして合わせるのは珍しいけどね。案外上手く行って満足だわ」
「……とんでもねぇぜ、この2人」
「異次元の住人ニャ……」
恐ろしい。しかしどこか、憧れを抱くガリオたちは、次の目標点をこの2人に定めた。
今みたいな戦いができれば、負けない。
そんな、確かな自信を添えて。
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