第151話 異界式のダンジョン
「──居たわ! 4人倒れてる!」
炸裂音のした方向へ走っていると、システィリアは全速力で冒険者の援護に向かった。
消えたのかと勘違いする速度で近づき、彼らを襲う魔物──ボタニグラの群れと謎の魔物の攻撃を斬り落とす。
その間にエストが
獣人の剣士と殆ど変わらない速度で走るエストに、ガリオたちは口が開いてしまう。
「
4人の前に頑丈な壁を造り出し、杖先を地面に刺してボタニグラの根を出させた。
そしてエストも杖を構え、彼女と二手に別れる。
名前を呼ぶだけで意図を汲み取り、ボタニグラの後ろに控える蕾の形をした魔物を避けて斬り裂いていく。
あっという間にボタニグラの群れを全滅させるが、何故か魔石にならない。
「おかしい。ちゃんと根は斬ったのになぁ」
「エスト、まだ──」
彼女が注意した瞬間、蕾の形をした魔物がその内側をさらけ出した。
血のように赤い花弁をドロりと開き。
ボタニグラに似た牙まみれの口を持つ。
そして、黄色い粘着質の液が付いた蔦が伸び、首を傾げるエストに巻き付く。
「あ〜れ〜〜〜」
ブンブンと振り回されながら口の中へ突っ込まれたエスト。
「呑気ね……っていや、あの魔物は何!?」
「あれはエブルブルーム……ボタニグラの上位種だ。一応Bランクの魔物だが、この階層にも居るとはな」
「どうやって助けたらいいわけ!?」
既にディアやミィたちは冒険者の具合を見に行っている。
それはエストなら何とかできるだろうという信頼から来ているが、仮にも相手は上位種。もしものことは普通に有り得てしまう。
「あいつなら大丈夫……おい、火は────お前ら、壁に隠れろぉぉぉッ!!!!」
ガリオが叫んだ瞬間、エブルブルームの全身が激しく燃え上がった。その炎は天まで焦がす勢いで、その魔物を灰へと変えていく。
しかし、ボタニグラは火を好む。
その性質は、上位種になっても同じである。
パァン! と花全体が爆発し、凄まじい勢いで全方位に硬い種をばら蒔いた。
種は音よりも速く飛び、周囲の木々に無数の穴を開け、特に被弾の多い木はメキメキと音を立てて折れてしまう程だ。
間一髪で氷の壁に隠れた2人は、生きた心地がしなかった。
「は、ははは……俺、生きてる」
「木が折れてるのに……この壁、無傷なんだけど」
壁の手前に数十もの茶色い種が転がっている。
一体どれだけエストの氷は硬いんだと言いたくなるが、それ以上に彼の安否が気になった。
「いや〜、失敗した。まさかボタニグラと似てるとは。魔物の知識って重要だね」
平気そうな顔をして灰の中から現れたエストは、今もなお黄色い粘液が付着している。
垂れ落ちた粘液は足元の草を溶かすが、エストは体表を薄い氷で覆うことでこの強酸の液に触れずに済んだ。
どうせだからと
「怪我はない? いや、死んでない?」
「……お前のせいで死にかけただろうが!」
「燃えた時点で隠れに行ってたじゃん」
「……なんで知ってんだよ。超能力か?」
「ふっ、僕は空にも目があるからね!」
とは言っているが、実際は空間魔術で魔力の動きを見ていただけである。
エブルブルームに飲み込まれてもガリオの声が聞こえていたエストは、この魔物が何をしてもいいように全員の動きを把握していたのだ。
片手で種を弄りながら壁を消すと、気を失っている4人の冒険者の顔を見るエスト。
「剣士と弓使い、魔術師が2人?」
「多分、魔術師が火魔術を使ったんだと思う。ほら、こっちの女の人、髪が赤いから」
マリーナが片方の魔術師のフードを脱がせると、少しくすんだ赤い髪が顕になった。
魔術師の適性を知る上で髪色は重要な判断材料になるが、特にこの2人はその対象から外れているために、後ろで見ていたシスティリアは頭を抱えた。
「一番アテにならない2人ね」
「アイツらが言うと信憑性が無くなるな」
ガリオの言葉に全員が頷くと、エストの右手を見た彼女が言う。
「それより……エストはいつまでその種を触ってるの? それ、ボタニグラよ? 早く捨てなさい」
「ここ、ダンジョンなのに種を作る必要はあるのかな。死体も消えないし、これに何か秘密があるかもしれない」
振り返れば、ボタニグラの死体は今も残っている。
本来ならダンジョン内の魔物は死んだ時点で魔石になるのだ。それは、最初のゴブリンで証明されている。
それなのに、先程戦ったボタニグラを含め、エブルブルームの灰も魔力へと変わる気配がしない。
確かにと頷くシスティリアを見て、ガリオが言う。
「2人は異界式が初めてなんだよな」
「そうよ」
「だったら知らねぇのも無理はない。異界式ってのは、全部が全部、魔石になる魔物じゃねぇんだ。中にはこうして、ダンジョン内で繁殖する魔物も居る」
「つまり、魔石も素材も採れるってこと?」
「そういうことだ。で、お前らも知っての通り、魔石にならない方は野生個体と同じ……生きているから強いんだ」
ダンジョンで複数の魔物が同時に出現しても、意思疎通をしたり群れを成すことは稀である。
最初のゴブリンのような、たまたま出現してすぐの場合はそうではないが、ボタニグラの場合は完全にエブルブルームの配下になっていた。
「それがこのダンジョンが危険な理由なのね」
「面白いね。で、この種……どうする?」
ガリオの説明に納得した2人は、大量に散らばっているボタニグラの種を見た。
エブルブルームの危険性は、生命の危機に瀕した際に、大爆発と共に種を撒き散らすことである。
その爆発力は、種は容易に金属をも貫く。
そんな勢いでばら蒔かれた種を、どう処分したものか。
「放置するしかない。持って帰ったって、地上で大繁殖させる気か?」
そんなことをしたら殺されるぞというガリオに、顎に手を当てたエストはひとつ頷いた。
「…………いや、ある。使い道、あるよ」
「まさかアンタ……またアレを……?」
「おい、さっきから何を──」
「これだけ種があれば、油が取れる……はず」
そうして、エストは土の網を作ることで周辺の種を集めることに成功した。
幸い、ボタニグラの発芽条件は高温に晒すことである。それさえ満たさなければ、種はじっとその時を待っているのだ。
しかし。
少しでも発芽条件を満たしてしまうと──
「あっ」
パン! と勢いよく種が割れ、小さな小さなボタニグラが手のひらに乗っていた。
発芽の勢いは凄まじく、エストの人差し指と親指、そして中指が消し飛び、大量の血を流していた。
あの炸裂音の正体は、既に埋まっていた種が発芽した音だったのだ。
「アンタなにしてんのよ!?
「ちょっとずつ温度を上げてたら、やっちゃった」
「もう……気をつけなさいよ?」
「うん。氷の箱に移し替えるね」
瞬く間にエストの指を治したのを見て、ガリオたちはその腕前に感嘆の声を漏らした。
いくら腕の良い治癒士を雇っても、この速度で体の一部を完全に治すには時間がかかる。
剣術だけではない力の強さに、彼女が孤高と言われながらも怪我が無いことに納得がいった。
「…………こ、ここは」
「あ、目を覚ましたニャ!」
ミィに頬をつつかれていた剣士が目を覚ます。
ようやく起きたかとガリオが近寄ると、男はすぐに体を起こした。
「っ! 確か、花の魔物に……」
「あの2人が片付けた。それより、お前らには聞きたいことがある」
「は、はい! 何でしょう!?」
「いや、全員が……特に、そっちの女が起きたらでいい。今はゆっくり休め」
野生個体のボタニグラに遭遇するという、不運な冒険者たちであったが、助けに来たのがAランクまみれのパーティという一点では、非常に運が良かった。
だが、ガリオは後輩を大切にする男だ。
助けてもらってハイ終わり……とはいかない。
この後、4人全員が起きてからボタニグラの危険性を教えながら叱るという、何とも珍しいガリオが見られたのである。
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