第150話 ゴブリン相手に……
昼食が終わり、ギルドにダンジョン攻略の旨を伝えてきたガリオは、忘れ物を思い出したかのように言った。
「これから行くダンジョン、6層目から未攻略だ」
「へ〜、5層しか攻略されてないんだね」
「異界式だからな。その5層ですらAランクの魔物が出てくる。俺たちは6層目を攻略するためにニルマースに来たんだ」
ガリオたちは、まだ攻略されていないダンジョンを巡って旅をしているらしく、そこでたまたまエストと遭遇しただけとのこと。
攻略の速度も早いが、依頼の達成率も高く、ギルドからも一目置かれているようだ。
その上、帝国だけでなく王国の冒険者間でも有名なシスティリアも居ることで、ギルドでの彼らは常に視線を集めていた。
そうして、お互いに怪我や病気もせず質の高い経験を数多く積めたことを語り合っているうちに、麓にある入り口に着いた。
踏み込む前に最終確認と称して、死ぬ危険もあることを伝えられたエストたちは、何を今更と縦に頷く。
ディアとブロフの戦士を先頭に、システィリアとガリオの剣士が、そこからミィ、エスト、マリーナの3人が後衛を務める隊列を組んだ。
パッと見ただけで分かる過剰な戦力には、ダンジョン前の冒険者たちも唖然としていた。
「行くぞ。速度は重視しなくていい。とにかく生きて6層を攻略すること、それが最優先だ」
ガリオを総合リーダーとして、一行は進む。
入り口こそ洞窟のようなダンジョンは、一歩踏み込んだだけで視界が変わる。
天を染めた蒼の下、エストたちは森の中に居た。
どんなに見渡しても緑と茶色の続く世界で、どこかにある下へ続く階段を探さなければならない。
幸いにも木々の間隔は広く、戦うにも充分なスペースがある。最初はゴブリンやコボルトといった比較的弱い魔物しか出ないので、この階層は新人冒険者も数が多い。
だがしかし、森の大きさが尋常ではないために、人と会うのは稀である。
「異界式ってこんな感じなのね」
「転移に似てる……亜空間に近い性質かも」
「エストっちがなんか言ってるニャ」
「異界式すげーってこと」
「確かにすげーニャ!」
エストは過去にも異界式のダンジョンに入ったことがあるが、そこは魔族の活動拠点に繋がっていた。
あれは本来のダンジョンではなく、入り口の境界を使った転移だと気づける今に、確かな成長を実感する。
「ゴブリン6体。魔術を頼む」
ディアが盾を構えながら報告すると、エストはマリーナに手で譲る動作を見せた。暗に『ひとりでやれるよね?』と言わている気がして、彼女はやる気に満ちた目で杖を構える。
ディアの前方に青い複合魔法陣が現れると、
その姿を小さな魔石へと変えた途端、マリーナの頭にエストの杖が落ちた。
「あたっ」
「ゴブリン相手に上級魔術は無い」
「だ、だって、私も頑張れるんだぞって……」
「そんなこと知ってるよ。魔術だけで戦うなら、より効率的に倒すことを考えないと。張り切りすぎ」
かつては神童と呼ばれていたマリーナは、その尽くをエストに破壊された。この機会に挽回しようとしたが、裏目に出てしまう。
とは言っても上級魔術を使えることは立派なことなので、その点はエストだけでなくシスティリアも褒めていた。
「エストって、意外と教師に向いてるかもな」
しばらく森を進み、休憩中のこと。
お湯でふやかした干し肉を齧ったガリオが、マリーナとの会話を聞いてそう思った。
「魔術以外はダメだけどね。それ専門なら、冒険者を辞める時の道になるかも」
「辞めるのか?」
「たんまり稼いでからね。旅が終わってやることやったら、システィとのんびり暮らそうと思ってる」
「……無理じゃねぇか?」
「いや、できるね。僕ならやれる」
どこからその自信が湧いてくるんだと笑うガリオだったが、真剣な表情でその理由を語った。
「お前の力は既に国が知っているだろ。厄介事に巻き込まれる姿が目に見えている」
「その時は……そうだなぁ。国境に森でも作ろうかな。人が入れないように魔術も張ってさ。誰にも邪魔されず、悠々自適に生きていたい」
「アタシ、物凄く既視感があるのだけど」
エストは10年。システィリアは2年を過ごした魔女の森。その在り方は、力の利用を目論む国から逃げるためには、実に生きやすい形になっていたのだ。
初代賢者の守った2国の間であり、貨幣価値も言語も同じ。互いの交易に邪魔をすることも無ければ、どちらで買い物をしても殆ど影響が無い。
ただそこに、全ての魔術を使える魔女と、龍人のメイドが住んでいるだけである。
エストが近い未来、国に利用されそうというのなら、自分が育った環境と同じ場所を作る。
ただそれだけだった。
「心配してくれてありがとう、ガリオさん」
「いや……俺も巻き込まれそうでな」
「その時はしっかり巻き込んであげるね!」
「くそっ、こいつハメやがった! ミィ!」
「ちゃんと荷物は持って逃げるニャ」
「俺に味方は居ないのか!?」
いざとなればガリオさんも同じ森に住まわせてあげようと言うと、膝から崩れ落ちた。
大きな力には相応の責任が宿る。
その度合いは違えど、今のガリオも充分に力を持った存在だ。エストが桁違いに大きいせいで隠れているが、巻き込まれる確率は小さくない。
もはや一蓮托生の身である。
今回の件でエストとガリオの交流は世間に知れ渡る。何かあった時に、どちらかに話が来るのは避けられないだろう。
「大丈夫じゃないかしら? エストは三ツ星冒険者にドゥレディアの代表者、それに第2王女と第2皇女とも交流があるもの。何かあったら、しっかり大問題にできるわ」
挙げられた人物の圧倒的な“格”に、全員から注目が集まるエスト。
ドゥレディアの代表はともかく、この辺りで何かあれば王女組は上手く立ち回るだろうとシスティリアは予想している。
執事が付いていたとはいえ、プライベートで魔術を教わる関係は決して簡単に手に入るものではない。
それがどれだけ自分たちを守る力となるか、エストは理解していないのだ。
「お、お前……デカくなりすぎだろ」
「まぁ、ちゃんと守ってあげるから、安心して危険に飛び込んでほしい。死んじゃったらそこで終わりだけど」
「サラッととんでもねぇことを言うな!」
「僕とシスティが居る限り、死ななければ絶対に助けるってことだよ。このダンジョンでもそうだけど、外でもね」
そう思わせるだけの経験と物をもらった。
冒険者についての知識も、彼らが居なければ大変な目に遭っていたかもしれないのだ。
そんな人を見捨てるほど、エストは馬鹿ではない。
とりあえず先の話は置いておいて、今は6層目の攻略に行こうと言い、立ち上がる。
その時だった。
パパン! パバパパン! と、耳を
「行くぞ! 人命優先で行動する!」
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