第149話 速く、重く


 日が昇ってすぐの訓練場で、エストとシスティリアは向かい合っていた。

 それぞれの構えで武器を持ち、ブロフの合図で動き出す。


 先手はシスティリアだ。


 剣先を動かさずに体を前に出し、一瞬にして距離を詰めて刃を押す。

 それに反応したエストが杖で弾くが、彼女の手から剣が離れることはなく、再度火花を散らして猛攻を仕掛けた。


 この展開は、最近では定番の流れである。


 種族的な差もあって打ち合いはシスティリアが優勢。魔術を禁じた力比べは、そうあることが自然なのだ。



 ──しかし。今日のエストとはひと味違う。



「……剣が見える。システィ、遅くなった?」


「そんなわけないでしょ。アタシからすれば、エストが早くなってるわよ。この速度の剣先を追えるの、アリアさん意外だと初めてだもの」


「そっか。じゃあ今日は長く楽しもう」


「望むところよ」



 そう言って剣対杖の攻防戦が始まった。

 2人はただ調子が良いだけだと思っていたが、普段から打ち合いを見ていたブロフは真実に気づく。



「エストの反応速度が異常だ。あの剣は人間が打ち返していい速度じゃないぞ…………成長、いや、基礎が跳ね上がっているのか」



 真剣な眼差しでエストの動きを観察すれば、その異様なまでの体の動きがよく見えた。


 剣の衝撃を受け流す下半身のバネ。

 攻めに転じる瞬間の視線誘導から行動までの早さ。

 刺突から切り払いへの移行は、まるで仕組まれていたかのように動いている。


 これにはシスティリアもかすり傷を負い、動きが更に洗練されていく。



 半歩引いた彼女が姿勢を低くし、一気に近づく。

 限りなく地面に近い位置から剣が伸びると、エストの脇を捉えた。



「流石に速いな。勝負ありか」



 そう思った瞬間、エストは後ろへ倒れ込み、神速の一撃を回避した。



「み、見えたの!?」


「今日は僕の勝ちってことで」



 上方向への攻撃を避けられれば、大きな隙が生じてしまう。

 杖を捨て、無防備になった彼女に向けて手を伸ばすと、彼女を抱きしめたまま地面を滑り、打ち合いが終了した。



「背中、大丈夫?」


「氷の膜でローブは守ったから大丈夫だよ。システィの方こそ怪我は無い?」


「アンタのおかげで無傷よ。ありがとっ」



 勝敗の結果よりも互いの怪我を心配し合うと、エストは再度システィリアを抱きしめ、回復ライゼーアで傷を治した。


 すると、ぞろぞろと数人の足音が近づいてきた。



「……おいおい、なに朝からイチャついてんだ?」


「けっ! 発情の匂いがプンプンするニャ!」



 約束通りの時間に来たガリオたちだったが、いきなり抱き合っている場面に遭遇してしまった。



「は、発情なんてしてないわよっ!」


「それってどんな匂いなの?」


「知らなくていいから!」



 朝からなんて話をしているんだと辟易するディアの側で、マリーナは顔を赤くしていた。


 ガリオたちが訓練場に入ったのをきっかけに続々と冒険者が入ってきた。あんまり話していると場所が無くなるということで、早速エストとガリオが向かい合う。


 視界の端では、久しぶりの敗北を味うシスティリアの姿が見えた。



「こうして戦うのは久しぶりだな」


「全力でやろう。今日の僕は調子が良いからね」


「一応言っておくが、今の俺はAランクだ。いくらエストと言えど、魔術ナシじゃ差がありすぎるぞ」


「じゃあ手加減したらいい。僕は全力で行くけど」



 システィリアとの一戦で体が温まったのか、昂った様子を見せるエスト。

 その戦いぶりを見ていたブロフが再度開始の合図を出そうと、2人の間に立った。


 剣を抜いたガリオが構えた瞬間、緊張の波が広がっていく。既に剣を向けられたような威圧感の中、エストは表情を変えずにリラックスしていた。


 青い瞳には好奇心が輝き、ただ合図を待っている。



「始め」



 声が掛かった瞬間、地を蹴ったガリオ。

 お互いを信じての真剣を使った攻撃だ。もし反応できなければと思うガリオは、刃をエストに振る。


 しかし、エストは未だ動かず、ガリオは急速に腕を止めた。だが勢いよく振った剣は的確に首を捉えており、目の前の光景に目を瞑ってしまう。


 その瞬間だった。


 ガリオの肩に、叩かれた感触が走る。



「目を瞑ったら負けちゃうよ」


「お、お前、いつの間に──」



 振り返ると、顔の横にあった杖に頬を焼かれた。

 研ぎ澄まされた切っ先はガリオの知っている“杖”ではなく、槍と剣が混ざったような特殊な形状をしていた。


 少し横に振られただけで、首が飛ぶ。



「ちょっとずるかったね。仕切り直そう」



 ブロフが止める前に位置を戻すと、次は殺す気で行くと剣を握りしめたガリオ。

 もう油断はしないと目付きを変えた途端、エストの素早い刺突を間一髪で躱した。だが、独特な形状のせいか、耳に冷たい感覚が走る。


 赤い矛先が再度、目の前に迫る。



「お、重ぇ!」



 ただの筋力ではない。杖の材質自体の質量が凄まじく、剣で弾いた両手が痺れた。

 それをエストは片手で扱っているものだから、筋肉の量に唖然とする。


 追撃はまだだ。しかし一撃の重さに警戒してしまい、攻めの手が出ない。


 その一瞬の隙を突かれたガリオは、首元に槍を突きつけられて両手を上げた。



「……俺の負けだ」


「相性が悪かったね」



 杖の先をひょいっと振ってガリオの傷を治すと、ミィたちが集まった。



「なんつー速度ニャ。あんなの誰も追えないニャ!」


「システィは追い抜いたよ?」


「この方は規格外でしょ!? エスト君、自分が武術だけでもどれだけ異常かを知った方がいい……」


「同意だ。ガリオに隙は無かった筈。それを突くなど意味が分からん」


「……よくわかんないや。システィは?」



 普段通りの戦いをしたら勝ったので、イマイチ感覚が掴めないエストは、この場で最も強いであろう彼女に丸投げした。



「確かに隙は無かったけど、エストに攻めさせ続けたのが敗因ね。彼のペースは際限なく早くなるから、二手で防御させないとアタシでも厳しいわ」


「……それでも一手は受けるのか」


「あの杖のせいもあるけど、仕方ないでしょ? でもエストは、自分のペースを乱されない修正力も強いから、常に考えて戦わないと簡単に負けるわよ」


「エスト……お前のランクは?」


「Bのまま。殆ど依頼受けてないから」


「…………コイツ、Aランクは軽く超えてるよな。ついでにシスティリアも」



 ブロフも含め4人が頷くと、ガリオはじっとエストの目を見た。

 かつて新人なのにダンジョンに潜るということで追いかけた子どもが、今やとんでもなく強い冒険者になっていたのだ。


 実に感慨深い。そして、面白い。

 あの日の出会いが今を生んだと思えば、それはとても光栄なことである。



「まぁ、この2人にブロフさんが居れば、負けることは無いか。よしエスト、好きな物食わせてやるから魔術を教えてくれ」


「え〜〜? 僕、高いよ〜?」


「構わん。お前の知識は国宝級だ。良い感じに噛み砕いて教えてくれよな」



 背中をバシバシと叩かれ、仕方ないかと言いながらもノリノリなエスト。


 全くウチのリーダーは……そう思わずには居られない、ミィたちなのであった。

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