第50話 真剣勝負
「
「メル、落ち着いて。ちゃんと隙を狙って」
「だから好きって言ってるでしょ!?」
「あ、うん。ごめん」
感情のままに放たれる魔術を、杖で打ち落とす。爆発的な向上心によって磨かれたメルの魔術は、エストの足を泥で埋めた。
「メルってこんな感じだったっけ?」
「……隠してたの! いつもはエスト君が落ち着いて、それでいて何でもやるから、私も見習って感情的にならないようにしてた。でも、今は我慢しない!」
「そうなんだ。明るいメルも僕は好きだよ」
「んひっ! だ、騙されないから! そうやって私の心を弄んで……ずるい!」
「騙してないよ。まずは落ち着こう」
耳まで真っ赤なメルの前に片手を広げ、仕切り直しを提案する。このままではただメルが消耗するだけなので、エストの望む魔術が見れない。
さも抜け出して当然のように泥から足を出すと、エストは靴を脱ぎ捨てた。
土まみれの靴下も脱ぐと、裸足で草を踏みしめる。
「やっぱり懐かしい。この森はね、僕の育った森によく似てる。メルに言ったっけ? 僕は産まれてすぐ、親に棄てられたこと」
「えっ……し、知らない」
初めて聞かされたエストの生まれに、顔色が急速に戻っていく。これまで本人が『恵まれてた』と言っていただけに、飲み込むのに時間がかかった。
「僕はね……適性魔力がおかしいんだ。それが原因で棄てられんだと思う」
「思う?」
「だって、僕は実の親を知らないから。師匠や冒険者の話を聞いている限り、多分それが理由」
「そんな……土の適性で棄てられたの?」
「さぁ? でも、棄ててくれたおかげで三人で暮らせるからありがたいよ」
そう言って杖を地面に突き刺すと、そばにある木に触れた。ひんやりと冷たく、大地の生命力を吸った根っこは非常に強い。
自然の力強さを肌で感じる。
「メルに知ってほしい。僕という魔術師がどれだけ失敗して、今に至るか。なんて言うんだろう……無様? 違うな。かっこ悪い姿を見てほしい」
「エスト君……」
「特別だよ。僕のかっこ悪い姿は、師匠とアリアお姉ちゃんしか知らないから」
それがエストの精一杯である。メルが自身に向けて、他の人とは違う想いを持っていたことは薄々気づいていた。
しかし、それが何かをエストは知らない。
一方的に自分の想いを吐き出させたのは不公平だと感じたエストは、同じように特別に思っていることを打ち明けた。
「でも、ここではそんな姿を見せられない。戦士が拳で語るなら、魔術師の僕らは魔術で語り合おう。もう十分、話せるところまで来たよね?」
「……片言だけど」
「それでいい。それじゃあ、僕も魔術を使うよ。正直に言えば、メルは魔術無しで勝てる相手じゃない」
「もう、そうやって褒めるんだから」
「事実だからね。さぁ────やろうか」
エストの触れていた木に霜がつくと、辺りの空気が一変する。体感温度が下がり、寒さに……本能的な恐怖に震える。
初めて見るエストの一面に、メルは顎を引いて向かい合った。内臓が萎むような威圧感は、まるで目の前に魔物が居るようだ。
エストが目を細めた瞬間、反射的に
結論から言うと、その判断は正解である。
あと一秒遅ければ、四方から鋭い
息を飲んで壁を消すと、エストの姿が消えていた。眼前には突き刺さった杖だけが残っており、それらしい足音は聞こえない。
周囲を見渡してから、メルは直感で上を見た。すると、木の上から飛び降りてくる姿を捉えた。
軌道的にメルの頭を目掛けて蹴ってくると読み、串刺しにせんと魔法陣を展開した。
「
飛び降りてきたエストが土の槍に貫かれると、水蒸気となって霧散する。
驚くのもつかの間、背中をトントンと叩かれた。
振り返るも、そこにエストの姿は無い。
使える初級魔術をフルに使った戦いは、あまりにも一方的である。エストがメルを叩いた回数が20を超えた時、遂にその姿を表した。
「大体わかった。メルは正面を向きすぎ」
「……何、したの?」
「確認。明確な敵意を持った魔術には反応したけど、そうじゃない攻撃には反応しなかったから」
まるで魔術師の動きではなかったが、元よりエストが普通の魔術師ではないと知っているため、今しがた吐き出された言葉を反芻する。
確かにメルは、魔術以外の攻撃には反応しなかった。
飛び降りてきたエストは水魔術で作られた幻影であり、背中を叩かれた時は何の魔術も使われていなかった。
これが命をかけた戦いだと思うと、メルの全身に鳥肌が立った。
「次はメルの番だ。本気で来て」
本気とはどの口で言っているのか。
そう感じざるを得ないが、水魔術に闇魔術と、背後をとるために使った魔術の構成は一切の隙がなかった。つまり、それだけ本気で身を隠していた。
自身の適性属性以外も敏感にならないと分からないため、今のメルには煽りのように捉えてしまう。
「ふぅ……
小さく呟くと、10を超える単魔法陣が現れる。
心は熱く、頭は冷たく。深い息と共に発動した魔術は、射出しながら
全て
「上手ぁ。よくその速さで切り替えられるね」
「ふふっ、びっくりした?」
「うん。僕もまだ真似できない。尊敬するよ」
「ほんと……? ホントに!?」
「本当だよ。撃ちながら改変なんて、並の努力じゃできない。それも、この短期間で……本当に凄い」
メルの魔術に心から敬意を表し、屈託のない笑みを浮かべるエスト。しかし、その内では歯を食いしばり、高速改変という分野においてメルに先を越されたことが悔しかった。
学園では負け無しだったエストだが、森に居た頃は生粋の負けず嫌いだった。
魔女相手に本気でぶつかり、翌日に再戦、そのまた翌日に再戦と、勝つまで続けるつもりで挑んでいたのだ。
メルを全力でぶつかるべきライバルと認識し、笑顔のまま拳を握る。
「あぁ……勝ちたくなってきた」
ここまで『負けないように』戦っていたエストは、魔女以外に初めて『勝ちたい』という欲が湧いた。
出会った時は魔術に色を付けることも知らなかった少女が、今や高速改変において自分を超えてしまった。その事実が、メルの成長が、エストの魂を燃やす薪となる。
エストは、牙を剥いた動物のように口角を上げた。
どうしようもなく魔術が好きで、どうしようもないくらいの負けず嫌い。このまま続ければ防戦一方になることが目に見え、そんな未来が気に食わない。
感情を込めた、真紅の魔法陣を眼前に浮かべる。
「メル! 全力で防いでみてよ!」
「いいよ。全力で受け止めてあげる」
自前の
恐ろしく深い魔術の知識があるからこそ為せる技に、対面するメルは冷や汗をかく。
初めて見るエストの部分は、足が竦むほど怖く、強く憧れるほどかっこよく見えた。内心で、自分はどれほど彼のことが好きなんだろうかと問いかけるほど。
そんなエストの魔術を受け止めたい。
せめて、1枚自分の魔術を挟んでその身で受けたい。
目が回るほど速く回転する魔法陣を前に、そう思わざるを得なかった。
「行くよ。
魔法陣が輝く刹那、エストが視界の右端へとぶっ飛んだ。木に強く叩きつけられたからか、苦しそうな呻き声が聞こえる。
何が起きたか分からないメルは、ゆっくりと左を向く。
「悪いけど、これは魔術対抗戦なの」
そこには、赤と青の魔法陣を出したチームのリーダー……相反する属性を操る、マリーナの姿があった。
「魔術の見せ合いなら、後にしてくれる?」
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