第51話 皮肉
「メルちゃん、甘えた戦いは死を招くよ」
横槍を入れたマリーナがそう告げる。
倒すべき敵であり、尊敬する師でもあるエストは未だ横たわっている。仕留めるなら今と、マリーナは火と水の魔法陣を展開した。
ここでエストを倒すべきか、マリーナを責めるか。
ただ、これが魔術対抗戦である以上、彼女の言葉を覆すことは不可能だ。メルは俯き、思案する。
彼女の言う通り、エストに甘えていたのは事実。本当の殺し合いなら、メルはとうにやられている。
「はは……甘えた、戦いか。変わったね」
「っ……エスト君は相変わらずだね。今のを受けて死なないなんて」
マリーナに撃たれた
痛む頭を抑え、乾いた笑いをこぼすエスト。
「いやぁ、油断した。もう2人を倒したの?」
「本当に冗談が上手いね──4人だよ?」
「……セーニャが残ったのか」
魔力感知を広げると、宝玉を守る土魔術を感じ取る。防衛組が壊滅した理由は、マークの判断でカミラと共に応援に行ったのだが、マリーナが想定を超えて強かったのだ。
不幸中の幸いは、壁を作れるセーニャが残ったこと。しかし、当のセーニャは消耗が激しい。
ここでの持久戦は敗北に王手をかけると読み、エストは杖を拾った。
すると、なぜかメルがマリーナの前に立った。
「マリーナさん。どうして邪魔するんですか?」
「邪魔? さっきも言ったけど、これは魔術対抗戦。チームで戦うのよ。個人的に戦いたいなら、後で好きにしたらいい」
「でも……」
「でもも何も、さっきのメルちゃんは死ぬつもりだったでしょ? それは君が許しても、私が許さない」
マリーナの言うことは、至極真っ当である。
だが、今は。今だけはその正論が、メルの表情を歪ませる。対抗戦は、人の数だけ出場する理由があるのだ。チームとして勝つのも大切だが、それ以上の価値がエストの魔術にある。
メルは断固としてその考えを曲げるつもりは無く、仲間割れも上等といった様子だ。
「メル。今はマリーナの指示に従った方がいい」
「……エスト君」
「魔術を楽しむ余裕が無い人は、ダークウルフを相手に指をくわえて見ることしかできないんだ。仲間が命をかけて戦っていても、自分の魔術が通用しないからと言って、安全地帯で眺めることしかできない」
エストは口角を上げて、さらに言葉を紡ぐ。
「論外の魔術を誇らしげに使って、名声を盾に鍛錬を怠る。いやぁ、そんな人、魔術師の風上にも置けないよ。あ、もちろんメルは違うよ? 何十冊と魔道書を読んで、自己研鑽してることを知ってるから」
話を聞けば聞くほど、マリーナの顔が赤くなる。
それは羞恥か。或いは憤怒か。
感情的になれば真っ先に叩きのめされ、黙って聞いていれば煽られる。これほどまでに居心地が悪い空間というのは、そうないだろう。
「優れた魔術師なら、この環境は最高だと思うんだ。だって、自分の知らない魔術を間近で見て、体で受けられるんだよ? これほど勉強になる機会、見逃すはずがないよねぇ? マリーナ、君はどう思う?」
奥歯をギリギリと噛み締める音が、メルには聞こえた。そこで、最初に言っていたダークウルフの話はマリーナのことだと推測する。
魔術師に求められる能力に、自制心がある。
激しい感情によって魔力を暴走させると、高確率で一般人を巻き込む事故になると知っているからだ。
ゆえに、魔術師は鋼のメンタルを求められる。
何を言われても受け流す対応力と、痛覚すらも麻痺させる自己の隔離。狂人的な自制心こそが魔力の暴走を防ぐ。
「……
エストに向けて魔法陣が現れるが、感情に思考を邪魔された術式は非常に甘く、簡単に乗っ取られてしまった。
「あれ、怒った? 思い当たる節でもあったのかな」
口元には笑みが浮かんでいるが、その目は酷く冷たかった。威圧感も無く、ただ見つめられているだけなのにマリーナは動けない。
ダークウルフを前にして、動くことの出来なかったあの日のように。
「震えてるの? じゃあ温めてあげる」
杖に魔力を通し、エストが吹き飛ばされる前に展開した魔法陣が現れる。本来はこれを対象に向けるのだが、エストは杖を真上に掲げた。
何をするのか分からない。
真上に放って何が起きるのか。
そう考えた時点で、被弾は確実である。
「ぼ〜ん」
気の抜ける声が聞こえると、マリーナの背後で大爆発が起きた。尋常ではない威力だったが、常に水を纏うようにしていたマリーナはかろうじて意識を保っていた。
凄まじい勢いで転がっていき、奇跡的に草のクッションで助かった。
何とか体を起き上がらせると、眼前にエストが居た。
「はい、死んだね。むしろよく生き残った」
「……あ」
「あんな飾りの魔法陣ばっか見て、背後にも気を向けなよ。まぁ、振り向いても魔法陣は無いけどね。ははっ!」
悪魔だ。
わざと魔法陣を見せることで意識を向けさせ、実際に使う魔術は完全無詠唱。魔術師なら確実と言っていいほどに引っかかる、完璧な視線誘導。
手品師なら驚きを笑顔に変えるが、マリーナの前に立つ白い悪魔は違った。満身創痍の人間を見て、嘲笑ったのだ。
「今ならダークウルフ相手に戦えると思う。ただ、優秀な重戦士と魔剣士、弓使いが居たらね」
エストにしては珍しい、心からの皮肉だった。
面白い魔術の見せ合いを……魔術師としての成長を楽しみにしていたのに、それらを奪われたのだ。
例え相手が神童だろうと容赦はしない。
魔術師の戦いがどれほど恐ろしく、惨いものかを思い知らせる。魔術による殺し合いが、なんと醜いことかを。
「僕は君に興味が無い。魔術師として成長しようと、人として変わろうと」
氷よりも冷えきった言葉を浴びせると、杖を振りかぶる。
「真剣に魔術を楽しむ人の邪魔なんだよ」
それはまるで、スケルトンを殴るように。
振り下ろされた杖から鈍い音が響くと、マリーナの姿は消えていた。魔術師が杖で殴り倒されるという、悲しい結果を残して。
大きく息を吐くと、その様子を見ていたメルに向き直る。
「ごめんね。メルの邪魔をしたのが気に食わなくて」
「ううん。私のために怒ってくれたの……嬉しい」
心底嬉しそうに頬を緩めたメルの頭を、つい撫でてしまうエスト。小動物のような愛らしさを感じたのか、優しく髪を梳かすように手を動かした。
「でも、マリーナが言っていたのは事実。改めて魔術対抗戦を始める……前に、ちゃんと一騎討ちにしよう」
メルの頭に左手を乗せたまま、エストは杖を掲げる。
杖先に浮かぶ多重魔法陣は茶色く、天に向かって円を書くように回すと、森の上に数百を超える
勢いよく杖を振り下ろし、その全てが発動する。
ズドドドドッ! と柱のように太い
「うわぁ……また凄い魔術を」
「ありがとう。魔法陣は後であげるよ」
「ホント!? 私、絶対覚える!」
メルの目が女の子のものから魔術師のものへと変わると、ようやく撫でる手を降ろした。
少し寂しそうな顔をするメルだが、ここに来て試合を沢山の人に見られていることを思い出す。
顔を真っ赤に染め上げたが、両手で頬を叩いて意識をエストに向けた。
「これで邪魔は入らない。一撃で終わるかもしれないけど……頑張ってね」
「うん! でも、簡単に負けるつもりはないよ。さっきは負けてもいいやって思ってたけど、後でマリーナさんに怒られそうだし……」
「気にしなくていい。僕が学園で会った人の中で、メルは2番目に強いから」
「2番? 1番強いのは?」
「ミツキ。総合的に見て、あの人は僕より強いよ」
メルは『そうなんだ』と薄い反応で答えてから、エストの魔術に備えた。今必要なのは、情報ではなく対応力。
完全無詠唱と魔法陣を使い分けるエストを前に、最善手を打ち続ける対応力が欲しいのだ。
「それじゃあ、やろうか──魔術師の戦いを」
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