第52話 勝利を託して


 メルとエストが向かい合うと、異様な空気に包まれた。

 過去に無い生徒同士の一騎討ちという展開には、観客や魔女達も興味深そうに観ている。


「しかし、アレじゃな。エストに恋心を教えなかったのは失敗じゃったな」


「ん〜、流石に可哀想だよねぇ。あの子というより、魔術の方に興味があるみたいだし……将来は女たらしになりそう」


 その言葉に、魔女は絶妙な変顔でアリアの方を見た。後ろから見ていた第2皇女は思わず笑ってしまったが、アリアは『う〜ん』と唸っている。



「だってほら、顔はすんごい整ってるし、微笑みながら『綺麗な魔術だね』なんて言われた日には絶対落ちるよ」



「……いつか刺されそうじゃな」


「……刺されてもすぐ治すでしょ」


 確かに。そう納得した魔女は、これからもエストは女性関係で苦労すると察した。エストは魔術という餌を撒けば簡単に釣れるので、対抗戦が終われば忠告した方が良いかもしれない。


 と、ここで映像に変化が訪れた。


 エストが杖を振ったのを見て、魔女は即座に完全無詠唱で放たれた水針アルニスを読み取った。



女子おなごの反応速度が求められるぞ」


「壁張ったねぇ。ウチなら殴りに行くけどな〜」


「音速を超える物体を見てから避けられるのはお主だけじゃ。じゃが……ここで壁は悪手じゃな。自らの視界を遮っておる」



 360度から飛んでくる針だったが、そのうちの数本が穴を開けて突き進み、メルの左腕から鮮血を飛ばした。



「あ、また刺さった。避けないから〜」


「エストもまだまだ手を抜いておるな」


「そう? 割と本気じゃな〜い?」


「ふっ。本気ではあるが、全く力を入れておらぬぞ。少しでも殺す気があるのなら、針の大きさを変えるはずじゃ」


「あ〜……言われてみれば」


「あとは戦闘経験じゃな。わらわ相手にあれだけ魔術戦をやったのじゃ。読み、引き、押し。基本の3つで大きな差があるのぅ」



 魔女達の前には、お互いに攻撃と防御を繰り返す形で戦う2人が見えている。

 メルは使われた魔術に対抗する意識で使う術を変え、エストはメルの魔術に敢えて不利な術で戦っている。


 何も知らずに見れば、なぜ壁を張った相手に土針アルニスを撃つのか分からない。だが、分かる者はそれが誘導であると見抜いている。


 魔女達とは違う観客席……宮廷魔術師専用の席でも、一部の魔術師が気づいていた。



 赤色の髪を伸ばした中年の男は、他が灰色のローブを着ている中、一人だけ純白のローブを身にまとっていた。


 明らかに集団の中で位が高いことが分かる彼は、現在のレッカ帝国宮廷魔術師団長、グリファーである。


「あの少年、実に嫌らしい」


「嫌らしいとは?」


「見て分からんか? 土の少女が絶対に防げる魔術を使うことで、油断を誘っている。適度に速度を調整することで、『遅い土針アルニスは大丈夫』だと思い込ませる」


「それは……嫌らしいですね」


「この程度、己の目で見抜け。陛下から賜った護国の任を忘れるな。常に磨き、目を皿のようにして魔術を見ろ」


「「「はっ!」」」


 グリファーの言葉に一斉に返事をすると、エストを見ながらニヤリと笑う。



「あれほどまで魔術師に向く者はそう居ない」







 その頃、エストは『引き』が充分だと判断し、『押し』に転じていた。

 明らかに遅い土針アルニスを認識させてから、射出直前に急加速させることで、メルの壁をぶち破る。


 見えない魔法陣から術式が読めれば良かったが、メルにはまだ使えない技術だった。



 これ以上は為す術なしと判断し、針の吹雪を浴びながらメルは叫んだ。



「エスト君! 次に戦う時は私も完全無詠唱を使うからね!」


「メルなら絶対できる……というか反射的には使えてるからね。あとは反復練習だよ」



「うん! 絶対──優勝してね」



 苦しませないよう、槍のように太い土針アルニスが首に命中すると、死亡判定を受けて姿が消えた。



『そこまで! 全滅により試合終了!』



 大きく息を吐くと、エストはゲート前に転移していた。後ろからセーニャが『お疲れっす』と拳を突き出してきたので、エストも拳を突き出した。


「最後は出し切ろう。魔力欠乏症にならない程度に」


「っすね! それよりあの女の子は恋人っすか?」


「メルのこと? 違うよ」


「そうなんすか? お似合いなのにな〜」



 それからも、メルのことで小突かれるエストなのであった。

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