第53話 最強格の衝突

 入場合図が来るまでの間、控え室の空気はどこか浮き足立っていた。特に、カミラとマーク。チームの頭脳たる2人だが、既に満足そうな顔をしている。


「エスト殿。あの2人はもうダメだぞ」


「みたいだね。疲れちゃったのかな」


「それもあるだろうが……そもそもミツキ殿に勝てると思っていないのでは? 負けが確定している以上、2位は確定。その事実に満足している」


 もう対抗戦が終わったかのように談笑する2人に、アルフレッドのみならず、セーニャやユーリも眉をひそめた。


 あれだけ熱意があったのに。

 そう思わずにはいられなかった。


「あ、始まったら左半分……南側に入らないでほしい。そこでミツキと戦いたい」


「了承した。だが、そんな広範囲を使うのか?」


「うん。中に居たら巻き添え食らうから、気をつけて。それと……僕は負けると思う」


 エスト殿まで? と口にでかかったアルフレッドだが、本人の至って真剣な表情を前に、吐き出すことはしなかった。


「勝ちたいなら宝玉を狙って……ううん、勝ちたいから宝玉を狙ってほしい」


 メルから託された優勝の切符。

 使わずに破り捨てようものなら、それはきっと一生の後悔になるだろう。流石のエストも、そんな真似をするほど馬鹿ではない。


 しっかりとアルフレッドの目を見て言うと、力強く頷いてくれた。


「そんなにミツキさんって強いの?」


「強い。闇魔術は当然だけど、一番は剣の腕。魔術を絡めない純粋な戦いなら、百戦百敗すると思う」


「うひゃー、3年間無敗っすもんねー」


 裏を返せば、魔術を絡めた戦いなら勝てるかもしれないということ。ただし、自分の土俵にミツキを引き込み、理想の動きが出来た場合に限る。


 まず間違いなく無理だ。

 立ち姿だけで分かる武術の腕を持ちながら、闇魔術を知覚できた時、既に間合いの中にいる。


 学園生において、最も強いのはミツキである。

 それは剣術の面で見ても、魔術の面で見ても同じ。

 名実ともに最強を手にしているのだ。


 4人だけの作戦会議を終えると、準決勝第2回戦はすぐに終わった。


 勝利したのはミツキのチーム。

 開始早々気配を消したミツキが最短距離で突っ走り、反応される前に宝玉を破壊して試合終了。


 あまりの試合の短さに、観客も上手く沸き上がらない。


「それでは皆様、入場してください」


 肩に猫を乗せたメイドを合図に、アルフレッドが戦闘になって部屋を出た。もう終わった気で居る2人の顔を見ないように。





『これより! 魔術対抗戦決勝戦を始める! 両チーム、構え!』





 決勝戦だというのに前置きすらなく、学園長の言葉が響き渡る。エストは懐中時計を開き、一言。


「見ててね、お母さん。お姉ちゃん」


 魔女とアリアに恥じない戦いを。

 そんな思いを胸に、開始の合図を待つ。



『──始めッ!』



 気合いの入った合図を聞いて、エストは向かって左側へと走り出す。静寂が支配する森の中、真ん中辺りで足を止めた。


 杖を右手に、目を閉じる。草を踏む音は聞こえない。

 音すら無く伸びた影は、刹那に刃を振り抜いた。


 金属音を上げたと同時、目を開ける。

 エストの眼前に、袈裟斬りを杖で防がれたミツキがそこに居た。



「……反応された」


「待ってたからね」



 一度距離を取ると、ミツキは全力で気配を殺す。

 洗練された認識阻害ダリネアは、霧に包まれたように姿を消す。予想していたとはいえ、あまりにも美しい魔術にエストの口角が上がった。


「あぁ……綺麗だ」


 完全に消えた気配を追わず、エストは正面で杖を構えた。そして2度先端を地面に打つと、南側全体に自身の魔力を放出した。


 魔力を探す時というのは、自身の魔力と重ね合わせるのが最も効率的である。薄く伸ばした膜のような魔力を展開すると、ミツキが背後に回ったことを知覚した。


 鋭い殺意を捉える前に、杖を背後に振り抜いた。



「速い。あと少しで死ぬとこだった」


「……また見破られた」



 会話は程々に、刀と杖の打ち合いが始まる。

 ミツキが刀を横に構えると、刃が景色に同化する。薄く固く引き伸ばされた刃は、的確にエストの心臓に突きを放つ。


 しかし、間一髪で反応したエストは左足を引き、残った右足を軸に半回転。勢いをそのままに杖を振り抜くが、ミツキは姿勢を低くして躱した。


 今日何度目かの魔術師とは思えない戦い。

 しかし、今回は最強格の真剣勝負。

 魔術による戦いでもあり、剣術と槍術の戦いでもある。


 エストは完璧な間合い管理と危機察知能力により、ミツキを前に1分以上持ちこたえた最初の生徒になった。



「本当に……ユニークな人」


「ユニークってどういう意味?」


「あたしに勝ったら教えてあげる」



 言外に教えるつもりはないと言うミツキだったが、それは逆効果である。人一倍知識欲が強いエストにとって、その言葉は勝利への誘惑となった。


 一段とキレを増した打ち合いに発展し、エストが押すことこそ無かったものの、確実にミツキの体力を削っている。

 杖と刀でお互いに命を狙いながら、エストは土魔術による攻撃や妨害を行うが、ミツキには1つも当たらない。


 打ち落とされ、躱され、読まれる。


 エストとメルの試合でも戦闘経験の差は実感していたが、エストとミツキの試合はさらにその色が強く出る。


 あまりにも経験豊富なミツキを前に、早く宝玉を壊してくれと、そう祈ることしかできない。



「凄いね。よく耐えた」


「……まだ終わってないよ」


「ううん、終わり。これで──終わらせるから」



 その瞬間、エストの視界からミツキが消えた。

 咄嗟に背後を土像アルデアの壁で守るが、この判断が間違っていたことを自覚する。


 殺気を感じて視線を落とすと、そこに居た。


 鈍色の刃は首を落とさんと食らいつく。

 黒く澄んだ瞳から出る好奇の眼差し。

 全ての光を吸い込むような夜の髪。


「あっ」


 唐突に訪れた死の景色を前に、情けない声が出た。


 死ぬ。

 これは死ぬ。

 鋭利な刃物が首に食い込めば、たちまち太い血管から血が吹き出し、命を落とす。


 光魔術を使う前に刀を振り抜かれたら即死。

 首を落とされる前に治癒は……間に合わない。

 

 急速に加速する思考の中、エストは必死に考え続けた。しかし、どれも間に合わない。もうその牙が首に触れようとしているのだ。


 初めて感じる死への恐怖。絶望。


 鋼の冷たい感覚が首から伝わる前に、皮が切られたことを知覚する。

 瞬く間に肉に刃が入った瞬間──



 反射的に、絶対零度ヒュメリジを使ってしまった。



「氷ッ!?」


 気づいた瞬間に魔術を消したものの、エストを中心に広範囲に渡って森が凍りついている。

 飛び退いたミツキの刀が落ちると、気まずい空気が流れた。


「水の……適性?」


「そ、そうなんだ。土と水に適性がある」


「でも、反射的に氷を使うなんて聞いたことがない」


 再び訪れる沈黙。

 誤って氷の魔術を使うほどの危機に、エストの足は震えていた。


 氷の適性がバレてはいけない。


 二代目賢者の事件以降、世界的に氷魔術は忌避の対象となっている。ゆえに学園では氷の使用を禁じ、他属性も初級までと制限を設けていた。


 しかし、今回ばかりは言い逃れができない。


 白く染った草木はまだ凍りついたまま。

 動かぬ証拠がここにあるのだ。



「まぁいいけど。本当にユニークな人だね」



 そう言ってミツキが姿を消すと、エストはその場から後ろへ跳んだ。先程まで立っていた場所には3本の短刀が刺さっており、避けた隙をつかれて刀を回収されてしまった。


 思うように試合が動かず、不利を直感する。


「どうして避けられるの?」


「……なんとなく」


「戦いに向いてるんだね」



 ニヤリとミツキが口角を上げた瞬間、エストの体が宙に浮く。

 尋常ならざる速度で足を払い、蹴り上げられた。

 腹の空気を全て吐き出したエストに、容赦なく追撃が加えられる。


 空中で回し蹴りをくらい、木に激突する。

 霜が付いた木はヒヤリと冷たく、同時にエストの視界を明滅させる。



「強かった。でも、あたしの勝ち」



 剣術だけじゃない圧倒的な体術を前に、完封された。咄嗟の回避、出す蹴り技の取捨選択。そのどれもが上だった。


 エストは小さく頷くと、首に冷たい感覚が走る。

 同時に、その姿が森から消えた。








「っは! はぁ、はぁ……あれ?」


「お疲れ様です。痛む所はありますか〜?」



 目を覚ますと、医務室のベッドに横たわっていた。そっと首に手を手触れるが、斬られた様子は無い。杖はベッドの上に置いてある。


 これが森の効果かと実感しながら、養護教諭の言葉に首を振った。


「大丈夫。僕、死んだの?」


「はい。バッサリ斬られましたね」


「……そっか。ありがとう」


 のそのそとベッドを這っていると、教諭がドアに向かって指をさす。


「控え室はお隣ですよ」



 死の余韻に浸っていると、カーテンで仕切られた隣のベッドから音がした。荒い呼吸を整えた生徒は、慣れたように起き上がった。



「ミツキ殿……強すぎる」


「お疲れ様です」


 アルフレッドが起き上がると、出口に向かう。

 よくもまぁこんな体験に慣れているなと感心したエストは、まだ少しぼーっとしている頭を振ってベッドから降りた。


「君は初めてここに来ましたね」


「え? うん」


「決勝戦で初めて死んだ人って、意外と少ないんですよ。参考程度に、適性とか得意な魔術を教えてもらえませんか?」


「……ヤダ」



 答えそうになった自分を律し、ドアを開けた。

 通路の奥から、熱い波に乗った歓声が届く。どうやら試合が終わったらしい。

 とぼとぼと歩いていると、背後からセーニャが肩を叩いた。



「お疲れっす。勝てなかったっすね」


「うん……完敗。まさか体術も強いなんてね」



 いつになくテンションが低いエスト。

 負けて悔しいのは当然だが、ここまでが無敗だった分、反動が大きい。


 決勝戦までチームを引っ張ってくれたエストに感謝したセーニャは、控え室のドアを開けてあげた。


 すると──




「良き戦いじゃったぞ、エスト」


「お姉ちゃんたち、ちゃんと観てたよ〜!」



 最愛の師匠と姉。そしてガチガチに緊張したチームメイトが、クッキーを食べながら2人を待っていた。

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