第54話 一人劇

※作者注:都合にて改稿したため、投稿初期と中身が変わっております。

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「師匠? アリアお姉ちゃんも……本物?」


「なんじゃ、偽物にでもうたかの?」



 控え室に居た魔女を、信じられないといった様子で見るエスト。

 杖をセーニャに渡し、とぼとぼと歩いていく。


 椅子から立ち上がった魔女は優しくエストを抱きしめた。背中に回した手で撫でてあげると、強く抱きしめ返される。


「背も伸びたのぅ。筋肉もしっかりついておる」


「……うん」


「お主の魔術、しっかりと観ておったぞ。魔術を掴む魔術に、巨大なアリア。どれも独創性に富んでおった」



 巨大なアリアという言葉に、本人がピクっと反応した。久しぶりの再会を邪魔したくないが、どうしても気になったのだ。


 魔女がエストを放すと、今度はアリアが抱きしめた。



「お姉ちゃん。僕、頑張った」


「うん、伝わったよ〜。大きなウチで〜、ゴーレムと戦ってるのもね〜」


 その瞬間、凄まじい力で絞められるエスト。


「く、苦しい……」


「超恥ずかしかったの。これは罰だよ」


 息が出来なくなるほど強く絞められたが、アリアが本物である証明になった。

 高い体温と、凄まじい筋力。

 そして、誰よりも愛情深いアリアの抱擁に、エストは頬を緩ませた。


「ありがとう、アリアお姉ちゃん」


「いいのいいの。凹んだ弟を励ますのも、お姉ちゃんの役目だから〜」


「む? それは母親であるわらわの役目じゃ!」


「ちがいますぅ。お姉ちゃんの仕事ですぅ」


 森での生活を思い出すやり取りに、エストは懐かしく感じた。たった3ヶ月ちょっとしか経っていないが、体感時間は長かった。


 もう少しこうしていたい。


 そんな思いを胸にアリアと魔女に引っ張り回されていると、ガチャリ、とドアが開けられた。

 控え室に入って来たのは、学園長と見知らぬ少女だった。


 豪奢な赤髪を伸ばした少女は高い気品を惜しげも無く放ち、常に正された姿勢から並々ならぬ教育を受けてきたことが分かる。


 魔女とアリアが水を差されたと言わんばかりの表情で向けるが、セーニャ達生徒は立ち上がり、跪いた。



「誰?」


「初めまして、エストくん。わたくしはルージュレット・エル・レッカです。お見知り置きを」


「……魔術師?」


「ええ。これでも火の上級魔術を使えます」


「そっか。それでね、師匠。あれ以外にも色んな術式を組んでみたから、見てほしい」



 彼女が帝国の第2皇女ということを知らないエストは、やけに長い名前の人が入ってきただけだと認識した。

 子供っぽく新たな魔術を見てほしいとねだるエストに、皇女は目を丸くする。


 試合観戦中、魔女に『貴族に関しては教えておらぬ』と言われていたが、ここまで華麗に流されるとは思わなかった。


 魔女も魔女で新しい魔術を見せろと催促するため、完全に空気のような扱いである。



「あの……わたくし、これでも第2皇女……」


「すまないな、皇女殿下。こちらの教育不足だ」


「いえいえ……こんな経験、初めてなので新鮮です」



 騒がしい3人を見て、学園長が謝罪する。

 ただ、その距離 どこか近く、生徒達のような対応は見られない。

 あまりの異質な空気感に、カミラ達は風邪をひく思いで見つめていた。



「エスト〜、この人、お姫様だよ〜?」


「へぇ。あ、お姉ちゃんも触る? ぷにぷにの火球メア


「何それ触る〜!!」



 せっかく話を戻せそうな雰囲気だったが、エストに甘すぎるアリアは簡単に釣られてしまった。もうこれ以上は打つ手が無いと判断し、皇女はエストの肩に手を置いた。



「わ、わたくしも触ってみたいです……!」



 お前もか!

 そう言いたくなる気持ちを堪えた学園長は、生徒達に自由にするよう伝えた。とは言っても、一ツ星と第2皇女が居る手前、5人に心の平穏は訪れない。


 赤い玉を触って遊ぶ皇女達。

 その中心に居るエストを見て、改めて異常な存在だと認知したカミラ達は、揃って頭を抱えたのだった。





 それから30分ほどエストの魔術で盛り上がっていると、魔術対抗戦の閉会式が執り行われた。

 控え室には魔女とアリア、そして皇女の3人だけになると、ハッと思い出す皇女。


「氷の魔術を使ったことの忠告に来たのでした!」


「むぅ? それはちとマズイのぅ。確か宮廷魔術師団も来ておったな。咎められるやもしれぬ」


「……それだけでは済みません。現在の魔術師団長は、重度の嫌氷家なのです」


「よくそれで団長が務まるな」


「魔術の腕と、統率力は確かなものですから……」


 心配になった魔女が、アリアに見てくるように言った。たった一度の氷魔術で何かをするとは思えないが、アリアはひとつ頷いて部屋を出る。


 通路を出て、全生徒が並ぶ閉会式の様子を見守っていると、魔女の心配は現実となった。



『最後に、宮廷魔術師団長からお言葉を頂く』



 拡声された学園長の言葉の後、生徒らの前にある台に上がった男性に注目が集まる。


 高い身長に赤色の髪を肩まで伸ばし、純白のローブに身を包む。右手に握られた杖は身長と同程度に大きく、胸の位置には赤いバッヂが付けられていた。



『宮廷魔術師団長、グリファーだ。栄誉ある生徒の諸君。見事であった。今年は新たな魔術が数多く見られ、飽きが来ない戦いだった』



 それらしい言葉で紡がれるが、アリアは目を細めた。それは、グリファーが視線を全く動かさないこと。彼の視線の先に何があるのかと思えば、エストがそこに居た。


「……ふ〜ん。そんなに氷が嫌いかぁ」



『実に良い戦いだった……しかし、それを台無しにするような魔術も見られた。決勝戦にて使われた氷の魔術。その使用者よ、前に出ろ』



 アリアがムッとした表情で見ているが、エストが前に出る様子がない。不思議に思って龍の目で見てみると、エストは立ったまま眠っていた。


「あれだけ戦って疲れたもんね。仕方ないよ〜」


 うんうんと頷いていると、グリファーが声を荒らげた。



『1年Aクラス! エスト! 貴様だ!!!』


「……ん、僕? 何かしたっけ?」



 目を擦りながら列を抜けていくエストを見て、こめかみに青筋を浮かべるグリファー。周囲の生徒は、たった一度氷の魔術を使っただけでここまで怒鳴られるのかと戦慄する。


 何せ、相手は帝国における魔術師の頂点。


 宮廷魔術師の言葉というのは、とてつもない力を持っている。



「で、何? 早く終わってよ」


「貴様……異端の自覚はあるのか?」


「あるけど。それより何の用?」



 煽るようなエストの言動に、グリファーは杖を台に打ち付けた。そして、風魔術で拡声しなくても聞こえる音量で叫ぶ。




「──貴様を異端認定するッ! ……宮廷魔術師になれると思うなよ。小僧が」




 一体何の権限があって異端とするのか。

 異端だからどうなるのか。

 その実態をよく知らないが、とにかく悪名として刻まれるということだけは分かった。


 エストは首を傾げ、純粋な眼差しを向ける。



「宮廷魔術師になりたいなんて一度も思ったことないけど。誰かと勘違いしてるよ、お爺さん」


「おじっ……貴様ァァァッ!!!」



 激しく怒鳴るグリファーは、杖の先に魔法陣を出した。動揺した生徒達が信じられないといった顔でエストから離れる。


 魔法陣が起動する寸前、エストの隣に誰かが立つ。



「ここで魔術使うの〜? お爺さん」


「なっ! ……一ツ星」



 突然のアリアの登場に、生徒だけでなく観客もざわめき始めた。これまで魔術対抗戦で彼女が姿を見せたことなんて、一度もない。



「お爺さん、知らないの〜? 冒険者と宮廷魔術師団は持ちつ持たれつの関係だよ? お爺さんがこの子を異端認定したら、この子が冒険者に登録してる以上、ギルドに異端認定するようなもの。この意味わかるかな〜?」


「冒険者風情が……」


「みんなそう呼ぶけど、ただのランクだよ?」



 エストの頭を撫でながら、グリファーを煽る。

 無論グリファーは冒険者と宮廷魔術師団の関係は分かっているが、それでも氷の魔術を使ったことが許せなかった。


 二代目賢者は忌むべき魔術師であり、それに似るような行為は許してはならぬ、と。


 しかし、目の前の少年が冒険者登録しているとは思わなかった。1年生の時点で登録する者など、あまりにも数が少ないからだ。


 既に口から異端認定すると出てしまった以上、取り消すには相応の何かが要る。



「あ〜あ、取り消さないなら私、冒険者辞めちゃおっかな〜? 国からの依頼も受けなくて済むし、強い魔物が出ても家でゴロゴロできるし……ね、エスト〜」


「うん。何回かあったよね、お仕事で居ないの。そういえば異端認定ってなに?」


「国単位の嫌がらせだよ〜。自由に買い物できないし、職業も限られる。税金は多くかけられて、帝国から出て行け〜って言ってるようなもの」


「そうなんだ。ありがとう、お姉ちゃん」



 エストに対してアリアの表情が緩いのを見て、グリファーは後悔した。絶対に手を出してはいけない存在に、手を出してしまった。


 一ツ星としてのアリアは、他国でもその名が知れ渡る実力者。ワイバーンを素手で殺したという話は、宮廷魔術師団でも有名だ。


 ゆえに、あの一ツ星にだけは関わらないでいよう、というのが暗黙の了解だった。

 ただ、今回グリファーが勝手に異端認定した相手が、その一ツ星の家族である以上、この身がどうなるか分からない。


 数分後、自分が生きているかさえも分からない。

 表情こそ柔らかいものの、グリファーを見る目は魔物に対するソレである。


 震える足を杖で支え、こめかみから汗が伝う。



「……撤回、する」


「私に言ってどうするの? お爺さんが謝るべきなのはエストでしょ?」



 ギロリと睨まれ、グリファーの体が硬直する。

 まるで目の前にドラゴンでも居るのかのような威圧感だ。逃げ出すように台から降りてくると、エストの前に立ち、頭を下げた。



「……すまなかった。異端認定を、撤回する」



「そう。1人で認定して1人で取り消す。その上僕らの時間まで奪って……ユーモアに欠けるね」


「力がある人が大声で貶したんだし、許せないよね〜。私は冒険者としての身分がある以上、エストに同意するよ」


「う〜ん……お姉ちゃんが僕に着くなら、許す」


「ええー!? マジ?」


「うん。だって、仕事終わりのお姉ちゃん、いきいきしてるもん。それに、魔物を倒した話もたくさん聞きたい」



 どうも締まらないが、許すことにしたようだ。

 グリファーが頭を上げると、顔を合わせることなく退場していった。


 声に疲れが見える学園長の言葉で閉会式が終わると、長かった魔術対抗戦が終了した。




 戻ってきた2人からグリファーの愚かな一人劇を聞いた皇女は、両手で頭を抱えるのだった。

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