第55話 パーティへ招待
多少の問題はあったものの、なんとか魔術対抗戦を終えた翌朝。
学園の外にある喫茶店で、エストは魔女とアリアと一緒に朝食を食べていた。
「今夜は宴でも開こうと思っての。ある程度参加者は決まっておるのじゃが、エストの方で連れて来たい者はおるか?」
「3人……いや、4人かな」
「うむ。では昼までに取り付けるのじゃ。15時に学園の門前でよかろう」
「じゃあ今から聞いてくる」
「転んで怪我せんようにな〜!」
颯爽と走り去るエストを見送り、2人は顔を合わせて微笑んだ。
目標だった、友達ができた。
互いに高め合うライバルも見つけ、敗北も経験した。それが何より尊いものであり、いつか己の支えとなる。
互いに困った時に支え合える者というのは、それだけで値を付けられぬ価値となる。
「アリアよ。わらわ泣きそう」
「やめてよ〜。泣いたご主人、めんどくさいもん」
「アリアよ。わらわ怒りそう」
「……めんどっちぃ」
平和なモーニングを楽しむ、2人である。
一方、学園に走ったエストはというと。
真っ先に女子寮のドアを開け、堂々と侵入した。
「あ、あの時の! 止まりなさい!」
「風の番人だ。ちょっと今急いでるから」
寮母の制止を無視して階段を駆け上がる。
2階の一番奥がメルの部屋だ。まだ他の寮生が寝ているかもしれないので、闇魔術で足音を消して走った。
ドア前に立つと、ノックしてから声をかける。
「僕だけど。今いい?」
「エスト君!? ちょっと待って、片付けるから!」
「魔道書ならそのままでいいよ」
「あ、そう? なら……ダメダメ待って!」
メルの片付けを待つ間に、魔術で体を軽くした寮母が走ってきた。前回の教訓から、エストは廊下に土の壁を作ることで対処する。
歯を食いしばった寮母が去っていく気配を感じ取ると、ドアが開いた。
「お、お待たせ! 今日はどうしたの?」
「夕方から暇? パーティに来てほしい」
「うん行きたい! って……パーティ?」
夏に似合う白のワンピースを着たメルは、了承してから聞き返した。エストはそれも含めて話すと言うと、許可を得てから部屋に入った。
ドアを閉じると同時に、廊下の魔術を解いた。
「それで、パーティって?」
「師匠とアリアお姉ちゃんが、夕方から宴? パーティ? をするんだ。メル、前に会ってみたいって言ってたから来ると思ってね」
そう言いながら椅子に座ったエストは、机の上にあった魔道書の表紙を見た。『上級土魔術の入門編』というタイトルに、つい口角を上げてしまう。
「どうしたの?」
「142ページにある
「よく分かったね。イメージしやすいんだ〜」
「でも、それだと岩は変形できないよ。岩を変形させる時は、岩から石、石から土、土から砂に変えるイメージがオススメ。今度試してみて」
魔女に教えてもらった魔術のイメージを、エストからメルに伝えていく。最初はただパーティの招待に来ただけだと思っていたメルは、すぐにアドバイスを紙に記した。
「なるほどね……段階を踏むと」
「それじゃ、15時に門前ね」
「うん! 何を着て行こっかな〜?」
「メルは可愛いから、何でも似合うと思う」
「っ……ぅえん! ありがとう……ございます」
不思議な音を発したメルに手を振り、エストは廊下に出た。階段に続く曲がり角から寮母が覗いていたが、堂々と歩いて行く。
「ぐぬぬ……!」
悔しそうな唸り声を上げながら、寮母は見送った。
実力行使が効かない以上、そうするしかなかったのだ。学園職員では五本の指に入る実力者の自負があるので、その悔しさは歯が砕けそうになるほど。
「はぁ。私もまだまだね……」
寮母は心に小さな火を灯し、掃除に戻った。
「──クーリア、居る?」
次にエストが訪れたのは、実技教室だ。
休日の昼間はここに居ることがほとんどなので、女子寮では部屋をスルーした。そして案の定、彼女は実技教室で魔術の練習をしていた。
「あら、エストさん。どうしましたの?」
「夕方からパーティがあるんだけど、来る?」
「今日ですか? 申し訳ありませんが、わたくしも家族がこちらに来ておりまして……参加できないのです」
クーリアは水魔術の名門、アクアマリン家の令嬢である。魔術対抗戦が終われば夏休みに入り、そのまま実家へ帰るのだ。
「そっか。じゃあまた。頑張ってね」
「ええ。ありがとうございます、ですわ!」
少ししょんぼりした気持ちを抱え、男子寮に来たエストは、自室の4つ隣の部屋をノックした。すると、普段学園では見ない、眼鏡をかけたユーリが出てきた。
「おはよ、どうしたの?」
「今日の夕方からパーティがあるんだけど、来る? 友達を呼ぼうと思ったんだけど、クーリアには断られた」
「今日かぁ……実は僕の方もパーティなんだよね。それで今、緊張を和らげるために本を読んでて……」
ユーリも? と言いたくなる気持ちを抑え、彼が最初の方、妹に魔術を当ててしまってから緊張することを思い出した。
事情を知っているだけに、強く誘えない。
「魔術はもう、緊張しない?」
「うん、おかげさまでね。準優勝したのにあのままだと、家族以外にも怒られちゃうよ」
それもそうかと頷き、風魔術のアドバイスを贈って男子寮を後にした。唐突なアドバイスに慌ただしくメモを取るユーリだったが、どこかメルに似ている雰囲気を感じた。
こうして、数少ない友達3人のうち、パーティに来られるのはメルひとりとなってしまった。
意外とみんな忙しいんだな〜と校舎を歩いていると、3年生の教室に来た。
当然、休日は誰も居ないため、次は実技教室へ行く。相手の行動を予測できないので、しらみ潰しに歩くしかないのだ。
「……居ない。……居ない。……居た」
実技教室をハシゴしていると、床で寝ている黒髪の少女が居た。そ〜っと
「おっすっす、ミツキ。今日の夕方、暇?」
「……エスト。今日はずっと暇」
「パーティがあるんだけど、来る?」
「……行く」
「じゃあ15時に学園の門前で」
「でも……服、一着しか持ってない」
「好きな服でいいよ」
「じゃあ、わかった。15時ね」
「うん。それじゃ」
口下手同士の会話とは、実に淡白なものである。お互いに感情を表に出さないようにしているため、事務連絡のような空気感で進んでいく。
なんとか最後の4人目の招待に成功したところで、ほっとした気持ちで体をドアの方へ向けた。
しかし、ミツキが袖を掴んで止めた。
「ねぇ……負けて悔しくないの?」
「悔しいよ。逆に、勝って嬉しくないの?」
「……何とも思わない。じゃなくて……それで、あの」
言いたいことがあるのか、少し俯くミツキ。
入学してからの3年間、誰かからパーティに招待されることなど一度もなかった。それも、負けた相手から話しかけられることは、一度あるかないか。
胸に湧いた不思議な気持ちを、上手く言葉にできないでいる。
「どうして、誘ってくれるの?」
ようやくその言葉が口に出た時、エストは彼女の瞳を覗き込んで言う。
「綺麗だから。君ほど綺麗な人は他に居ない」
純粋な褒め言葉に、ミツキの顔がぽっと赤くなる。
元々肌が白いミツキは、赤くなったことがすぐにわかった。初めて言われた綺麗という言葉に、胸が沸き上がる思いである。
「あ、うっ、うぅ……!」
上手く言葉が出ず、エストの胸に頭突きした。
勢いがないためにエストはそれを受け止め、ぐりぐりと頭を押し付けられる意味が分からなかった。
優しく頭を撫で、落ち着きを取り戻させる。
少しの間ミツキのぐりぐり攻撃を受けていると、ようやく収まった。
「……15時。絶対」
「うん。あと、闇魔術は解いて来てね」
コクリと頷いたのを見て、エストは教室を出た。
その後ろ姿を見つめる少女は、リンゴのように顔を赤くしては、胸に手を当てて鼓動を感じ取る。
ダンジョンで死にかけても一定のペースを保っていた心臓が、不思議なくらい早く脈打っている。
「……ユニークな人」
頭を抱えるようにしゃがみこんだミツキは、来たるパーティに備えるのだった。
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