第56話 告白


 寮の自室にて、書きかけの実験レポートを仕上げていたエストは、一段落ついたところで懐中時計を開いた。


「そろそろ行かないと」


 時計の針は14時30分を指している。

 待ち合わせまで残り30分。ペンを置いて、ぐ〜っと伸びをしてから片付けを始めた。


 対抗戦が終われば冒険者のランクを上げると約束しているので、レポートを書けるのは今日が最後かもしれない。

 少々の物寂しさを覚えながらも、早々に片付けを終えた。


 水魔術と光魔術で体を清めた後は、氷のグラスに水を注いで一気に飲み干す。



「よし。今日は師匠といっぱい話そう」



 思いを胸に寮を出たエストは、軽い足取りで校門前に来た。既に魔女とアリアが待っており、エストに気づくと手を振った。


「早いのう。まだ20分も前じゃぞ?」


「師匠たちこそ早いね」


「んま〜……こやつがるからのう?」


 魔女の後ろに、深くフードを被った、ローブ姿の人が居た。その人物はエストの前に出ると、フードを上げる。


 その正体は、第2皇女であるルージュレットだった。


「お邪魔しております、エストくん」


「うん。ルージュもパーティに?」


「はい!‎ せっかく歳の近い方が参加されるというので、交流を深めたいのです」


 歳が近いと言っても、エストやメルの6つ上である。

 ルージュはその辺りをツッコまれると思っていたが、色々と感覚がおかしいエストは『そっか』と受け入れた。


 夏の太陽が燦燦と熱を照射するので、ルージュの額に汗が浮かんでいる。


「師匠、氷使ってもいい?」


「よいぞ。して、どれを使うのじゃ?」


「これだよ──絶対零度ヒュメリジ


 ルージュの足元に白い多重魔法陣が現れると、ゆっくりと回転しながら輝いた。

 息をするように使った上級魔術だが、その威力は極限まで抑えられており、周囲を冷やしていく。


「まあ! とても気持ち良いですね!」


「腕を上げたではないか。流石わらわのエストじゃ」


「ご主じ〜ん? ウチのだよ〜?」


「なぬ〜? 姉の分際で母に勝てると?」


 バチバチを火花を散らす2人を他所に、エストは氷像ヒュデアでソファを作ると、ルージュと一緒に座った。


 炎天下を立ちっぱなしで待つと思っていたルージュは、氷魔術でここまで快適になるものかと胸を躍らせた。

 しばらく火魔術の話で雑談をしていると、待ち合わせ5分前に学園長とメルがやって来た。



「てっきり1番だと思っていたが、残念だな」


「あれ〜? 知らない女の子が居る〜」



 氷のソファに近づいたメルが皇女の存在に気づくと、一瞬にして凍ったように固まった。

 そして近くに居るアリアの姿を見て、驚きを通り越して無の感情を手にしたメルは、何食わぬ顔でエストの隣に腰を下ろした。


 これにて、魔女の方で集めた人が出揃った。

 エストの肩に手を置いた魔女は、出発の可否を聞く。


「これで全員かのう?」


「ううん、あとひとり呼んでる。ピッタリに来るんじゃないかな?」


 懐中時計を開いて時間を確認すると、あと数秒で15時ちょうどになる。ちゃんと来るか心配になりつつもその時を迎えると、突如としてソファの前に黒い影が現れた。


 漆黒のドレスに身を包んだ、ミツキである。


 今回のためだけにドレスを買いに行き、色々と悩んだ挙句、ギリギリでの到着となってしまった。



「遅かった?」


「ピッタリだよ。師匠、これで揃った」


「……エストよ、中々やるではないか」


「でしょ? 友達たくさん」


「しかし、見事に女子おなごだけじゃな。同性の友達は居らぬのか?」


「居るよ。でも、断られちゃった」


「う〜ん、それは仕方ないのう。では皆の者、この魔法陣に入れ」



 エストが氷魔術を消すと、魔女を中心に半透明な魔法陣が現れた。見慣れぬ色に首を傾げる者も居るが、知っている者は羨ましそうに乗った。


 全員が乗った魔法陣が輝くと、魔女の森に転移した。



「ええ〜? なに今の〜!?」


「……転移? 存在するんだ」



 メルとミツキが興味深そうにキョロキョロしているのを横目に、魔女達は館へ入っていく。エストが2人の手を引いてドアをくぐると、小さなパーティ会場に足を踏み入れた。


 今回のために、魔女とアリアが仕込んだサプライズである。


 一定間隔に火の色が変わる蝋燭や、眩しすぎない程度に明るいシャンデリア。人数の倍はあるであろう料理の山は、育ち盛りの子どもを考えていた。


 部屋の形状的に元はリビングなのだが、時空魔術で大きく変えられているようだ。


 いつの間にかメイド服に着替えたアリアが全員にグラスを渡すと、子どもには果実水が。大人にはワインが注がれた。



「宴にはちと早いが、積もる話もあるじゃろうと思ってな。料理は保温しておるから、飲むでも食べるでも喋るでも、好きなようにするとよい」



 魔女の言葉を合図に、小さなパーティが始まった。

 最初に動いたのは第2皇女であるルージュレットであり、無礼講である旨を宣言した。


「ほんと、貴族のパーティとは違って気持ちが楽ですね〜。無礼講という言葉のありがたさたるや……」


「大変なんだね、ルージュ」


「そうですよ! エストくんぐらい気楽に話してくれる方が、こちらとしても嬉しいのです」


「あはは……エスト君は誰に対しても変わらないからなぁ」


 エスト、ルージュ、メルの3人は立ち話をしていた。貴族や皇族といった身分では味わいにくい、柔らかい空気感の宴会を喜んでいるルージュに、エストが興味を持った。


「貴族のパーティって面倒くさそう」


 そんなエストの呟きに答えたのは、ワイングラスを片手に持った学園長だった。


「そうだぞ〜、面倒くさいんだぞ〜」


「……学園長も貴族なの?」


「いや、私は違う。だが魔女の身分上、そういう場に呼ばれてな。迂闊に話せないあの空気は実に不味いんだ」



「へぇ。魔女って身分なんだ」



 何気なくこぼした言葉に、会場に居た全員から視線が集まった。その中でも母親たるエルミリアは、そういえばと頭を抱えた。



「あ〜、なんじゃ。公的に魔女を名乗れるのは、戦略級魔術を3つ使える者でな。戦果や国益を証明することで、その位を使えるのじゃよ」


「師匠も魔女だよね?」


「うむ。じゃがわらわは表に出ることはないからのう。現時点で魔女を名乗るのは、ネルメア含めて2人だけか」



 なぜなのかと言えば、今まで男性の身でその領域に至った者が居ないために、魔女という名前になったのだ。


 その点、男性には賢者の身分があるが……二代目の影響か、不名誉な扱いを受けている。



「自然の魔女ヌーチュと、雷の魔女ネルメア。魔術師の頂点を宮廷魔術師とするならば、魔女は宮廷魔術師の頂点。それがネルメアさんなのですよ」


「知らなかった。じゃあ学園長、強いんだね」


「君ほど上手くはないがな。魔法陣を奪う技術など、私には到底真似できない。だが、威力で見たら圧倒できるぞ」



 確かな自信を持って言う学園長に、皇女は嬉しそうに微笑んだ。しかし、メルとミツキの2人は、比較されたエストの方を向いて固まった。


 魔女を相手に、自分より上手いと言わせる技術。


 その上で武術も身につけようとしているのだから、恐ろしい。特にミツキからすれば、複数属性の魔術を使う戦士など、脅威でしかない。



「ねぇ。エストの適性って、何?」



 ここまで誰にも明かしていない、エストの適性。

 対抗戦では火、水、風、土、闇を使い、どのチームも対策らしい対策を練ることができなかった。


 適性が分からないというのはそれだけで強みとなり、満遍なく魔術を使われればより相手を混乱させる。

 本来見えて当然のカードが見えない戦いなど、あまりにもズルい。そう思ったミツキは、じっとエストを見つめながら問うたのだ。


 もはや殺気すら放つ勢いの眼差しに、エストは頷いた。



「……僕の適性は、氷。他の人とは違うからか、全部の属性が使えるんだ。この適性のせいで、産まれてすぐ森に棄てられた」



 何もかもを明かしたエストは、明るい顔でグラスに口をつけた。初めて聞いた適性にメルとミツキ、そしてルージュが信じられないといった表情を浮かべる。


「のう、明かしてよかったのか?」


「この2人ならいい。メルは僕の味方だし、ミツキは僕と似てる。ルージュは……まぁいいや」


「わたくしだけ雑ですね!?」


「他の人には言わないでね」


 ここだけの話だと言えば、3人は頷いた。

 しかし、あまりに滅茶苦茶な適性に開いた口が塞がらない。6大属性全てが扱えるなど、どんな魔道書にも書いていない。


 嘘だと言うには証拠が多く、エストの言葉を信じるしかなかった。


「エスト〜、この子とエストが似てるってどういうこと〜?」


 のんびりとした口調でミツキの肩を掴み、差し出すアリア。メルが味方というのは対抗戦を見ていれば分かるが、ミツキに関しては謎が多い。


 特段関わりが深いわけでもないのに、明かしてよかったのだろうか。


「う〜ん……言っていい、のかな」


 少し言葉を濁らせてから、ミツキの頭に指をさした。



「その隠蔽、実は見えてる。いつも気配を消しているのも、多分そのためだよね。僕が土しか使わなかったみたいに、ミツキはずっと気配を消してた」



 エストの目に映るミツキは、頭に2つの耳が生えていた。黒く、狐のように凛々しい獣人の象徴が。

 以前、ミィには獣人は魔術学園に入れないことを聞いたエストは、彼女の耳を見た瞬間、僅かに動揺した。


 未だに獣人への冷たい意識が残っているのに、なぜこの学園に居続けるのか。

 それを隠している姿に、エストは自分と似ていると思ったのだ。



「……あんな勝ち方でごめんなさい」


「どうして謝るの? 僕も氷を使ったんだから一緒だよ。その上で、僕は君に負けた。完敗だった」



 獣人特有の高い身体能力を武器に、ミツキは学園最強に君臨していた。ただ、それは闇魔術を磨いた上にあるもの。


 並の努力では身につかない強力な隠蔽を見て、エストもここまで黙っていた。


 ミツキの適性と種族。

 それもまた、才能という劇薬である。



「あ、あれ〜? 私だけ秘密、無いんだけど……」


「メルちゃんは〜、大勢の前で愛の告白してたよ〜?」


「あっ──」



 盛大な自爆をかましたメルに、笑顔の波が広がった。

 この後、これでもかとアリアにいじられるメルは、一ツ星の威厳なんてなんのその、対等に言い合えるほどに舌戦を繰り広げていた。


 そんな2人を見ながら、魔女は背伸びをしてエストの頭に手を置いた。



「改めて、よく頑張ったのう、エスト」


「うん……ありがとう」



 小さな手で撫でられるエストは、子どもの表情で喜んだ。

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