第338話 ダンジョンの胃
中央ダンジョンの第1層は、他と変わらない洞窟の景色が広がっていた。最も多く見られる茶色の道だが、この中央ダンジョンは部屋が多く存在している。
エストたちが進み始めてから20分。たまに現れるゴブリンを始末していると、宝箱が立ち竦む、小さな部屋にたどり着いた。
「宝箱か……アンタ、アレ調べられないか?」
「えっ、僕が? ファイスの方が面白くなりそうだけど」
「よーしウィル、あの箱はミミックだ」
前衛のファイスとウィルの2人が思っていたより安定しており、怪我をしてもすぐにルミスが癒すことから、暇になったエストは遊んでいた。
……ファイスで。
今回は見る機会の少ないミミックを味わおうとファイスを推すも、ウィルが盾で叩き潰し、魔力の粒となって消えた。
「魔石、2つ出たぞ。赤と……透明?」
「それは無色だよ。空間属性の魔石」
「……空間属性? 賢者のか?」
「…………って言われてるね」
意外にも無色の魔石については知らない様子の2人に、エストがついつい喋ってしまう。危うくボロを出しかけたエストに思わず笑ってしまうルミスは、咳払いをして次の道を指し示す。
そうしてしばらく歩いていると、5体のゴブリンがファイスたちの前に現れた。
ウィルが盾を構えて立ちはだかるが、今回のゴブリンは全てが鉄製の武器を持っており、強い衝撃がウィルを襲う。
「先生、これは……」
「ファイス次第かな」
全員の標的を一身に集めたウィルを使い、鉄の斧で殴り掛かるゴブリンに、ファイスが剣を振り下ろした。
しかし、意外にもそのゴブリンは賢く、ファイスに狙われることを前提とした大振りな攻撃だった。
まんまと引っかかったファイスの剣を弾き飛ばすと、彼の腕に斧を振った。
左手の甲に出来た大きな傷口から、とめどなく溢れてくる真っ赤な命の証。痛みに耐える訓練をしていないファイスは、歯を食いしばって後ろに下がった。
「ぎゃああああ! ……くそぉっ!!」
「落ち着いて。傷はルミスが治す。ウィル、ファイスに合わせて盾を押して」
「了解した」
ルミスによる迅速な治療で傷口が塞がれば、取りこぼした剣を拾い直すと同時、ウィルが盾を押すことでゴブリンたちが体勢を崩す。
その隙を突いてファイスが斧持ちの首を斬ると、反撃を受ける前に蹴り飛ばし、次のゴブリンに斬り掛かる。
悪くない戦闘センスに感心しながら、エストは背後に水色の単魔法陣を出した。
「先生……?」
正面よりも多い7体の武装したゴブリンが気配を消しながら現れたが、一瞬にしてエストの
「はぁ、はぁ……倒せたな……!」
「俺たちには経験が足りない」
「ああ。伸びしろがあるぜ」
拳を突き合わせて魔石を回収する2人に、何とも言えない様子のルミスが近付くと、休憩にしようと言い出した。
戦闘の反省をしたかったファイスがちょうどいいと座り込んだ瞬間、エストが前方に向かって杖を構えた。
「どうしたんだ?」
「休んでていい」
前方の影から大きな足音が聞こえてくる。
ゴブリンよりも大きな魔物の音に、3人の視線が集まったのは、丸太のような棍棒を手にした、豚頭の巨人ことオークだった。
「お、おい! 逃げるぞ!」
「大丈夫だって。中型の魔石は高いんだから」
エストはそう言うと、ふつふつと湧き上がる闘志から腰を落として構えれば、体内を巡る魔力の殆どを炎龍のモノに変換した。
砂漠で焼かれたような熱が体を支配すると、オークが振り下ろしてきた棍棒を身を捻って躱し、大きな茶色の魔法陣を展開する。
警戒したオークが2歩下がったのと同時に、エストは地を蹴って接近し、杖で殴る……直前で、オークの腹を横に蹴った。
凄まじい衝撃で壁に叩きつけられたオークは、眼前に
地面に落ちた中型の魔石を拾えば、ファイスに向かってポイッと投げ渡した。
「……な、なんだよ、今の動き」
「……魔術師じゃないな」
「危なかった。危うく杖を折るところだった」
「先生? 今のはミリカちゃんを殴って折った時とは桁違いの勢いでしたよ?」
「癖だからしょうがない」
魔術師らしからぬ動きに驚く2人とは反対に、見慣れたように昔のことを持ち出すルミス。まるで魔術師としてその姿が当たり前かのような空気に、ファイスたちは顔を合わせて首を傾げた。
「アンタは本当に魔術師なのか? なぁ」
「ローブに杖。どこからどう見ても魔術師でしょ」
「じゃあその仮面はなんだよ?」
「訳あって隠してる。ルミスは顔を知ってる」
「……そうなのか?」
「はい! 美形で魅力的なお顔立ちですよ?」
「……はあ。今の動きで……美形?」
「ゴリラと言われた方が納得できるな」
「確かに、魔術師としてはゴリラ並の筋肉をされていますが……本当に、本当に凄く優秀な魔術師ですよ。わたしの知る限り、誰よりもお強い方です」
「ルミスがそう言うなら、まぁ……信じるか」
どうして自分の言葉では信じられないのか問いただしたくなったエストだが、ここはルミスに任せて先を促す方が良いと判断した。
「早いうちに3層へ行こう。ここは人が多い。時間と体力を無駄にしないようにね」
「お、おう! 言われるまでもねぇぜ!」
ファイスが立ち上がり、先導して進む。
──が。
気付けば、階段の近くで宝箱のある部屋に入っていた4人。
エストの探知ではミミックではないとのことで、ファイスが宝箱を開けた瞬間──
「ッ!? 道が閉じたぞ!」
「……罠か。上から来る」
部屋の入口が崩れて塞がると、天井から現れた武装ゴブリンの群れが4人を囲んだ。
ルミスは、ここがダンジョンに無数にある罠のひとつ、経路変更罠だと気付いたは良いものの、とある事実に顔を青ざめさせた。
「ま……魔術が…………使えません」
「あ〜、魔封じの部屋か。こんな感じなんだ」
書物では何度も出てきた、ダンジョンの罠の代表格、魔封じの部屋。別名、魔術師殺しの部屋と言われ、その空間内では魔術が使えないことからそう伝えられている。
しかし、実際のところは違った。
「無色の魔石……というよりアルマに触れた時と同じだ。ルミス、脱出方法は?」
「……出てくる魔物を全て倒すとしか……この罠はダンジョンの胃とも言われていますから、胃液の役割である魔物を倒し切れば──」
そう言われながらエストは、眼前に出した半透明の魔法陣から槍剣杖を引っこ抜いた。
賢者であることをバラしてしまう行為よりも、どうしてこの空間内で魔術が使えているのか。
そちらの方に驚いたルミスから、乾いた笑い声が聞こえた。
仮面はそのままに、杖だけを替えたエストが2人の前に立った。
「だ、大丈夫なのかよ!? 魔術師だろ?」
「……ここは俺たちに任せろ」
「頼りないね。今の君たちが怪我をしても、ルミスは治せない。ファイス、ウィル。君たちはルミスを守ることに専念して」
銀色に輝く杖を片手で構え、ゴブリンの首の位置に穂先を合わせたエストは、体内の魔力バランスを変え、氷龍の割合を大きくし、天空龍と炎龍で調整した。
そうすることで、身体能力を上げつつ3人の方を気にすることが可能になり、生存確率が上がるからだ。
「練習の成果が活きる時かな」
ゴブリンの一斉攻撃に合わせ、杖を突き入れた。
それだけでゴブリンの皮膚、筋肉、そして骨までを貫き、刹那に魔石へと変貌させながら右へ振り抜いた。
すると、間合いに入っていたゴブリンたちの首が落ち、左側からの攻撃には即座に杖を振り直し、一撃で屠っていく。
毎朝システィリアと軽い打ち合いをした後、手製のシスティリア人形3体と同時に戦う経験がここで活きる。
「おいおい……なんだよアレ」
「……蹂躙している」
「……先生、凄すぎます」
その戦いぶりに唖然とする3人。
ルミスを守る以前に、エストの間合いからゴブリンたちが抜け出すことが出来ず、あっという間に60体余りのゴブリンが魔石になると、遂に出現の波が止まった。
「師匠が抜け出せるって言ってた理由、わかっちゃったな。吸収より放出を多くすれば、普通に魔術が使える」
もう少しアルマに触れて感覚を慣らせば、特に変わらず魔術が使えると踏んだエスト。この旅行が終われば練習メニューに追加しようと考えていると、最後のゴブリンが塵と化した。
ゴゴゴ……と腹に響く音と共に道が現れると、エストは3人の方を向く。
「行こう。このダンジョンは面白い。僕にとっても良い経験になるよ」
そう言ったエストの仮面は下部が吸収されて消えており、下に浮かべていた笑みを見た3人が、皆一様に畏怖の念を抱いたのは言うまでもない。
「あの杖……賢者の杖に似てるよな?」
「……言われてみれば。もしや」
そんな声は聞こえないと、仮面を直し、杖を持ち替えたエストは、いち早く部屋を出るのだった。
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