第337話 臨時パーティとダンジョン街
階段を降りたエストが3人の方へ近づいてみれば、手を招いた金髪の魔術師が2人の肩を叩き、エストの方に振り向かせた。
茶髪の剣士の男がエストを見ると、訝しげに腕を組み、隣に居た大盾を背負った赤髪の男が、心配そうに魔術師の方を見た。
3人とも年齢は若く、エストと同じ16歳前後といったところだろうか。
仮面を外さず、トレントの杖を持ったままエストが3人の前に立つと、紅一点の魔術師がフードを上げた。
「お久しぶりです、先生。またお会いできて光栄ですっ」
「……ふむ」
「忘れちゃいましたか!? わ、わたしですわたし!」
「わたしわたし詐欺なら要らない」
必死にアピールする少女は、普段は落ち着いている姿を見せていたのか、その変貌した様子に2人が目を見開いてエストを見た。
エストは、目の前の少女が講師時代の教え子がひとり、ルミスであることを理解するも、仮面の顎に手を当てると首を傾げた。
そして首を左右に振り、2人の方を向く。
「君たちは臨時パーティを組みたい。合ってる?」
「あ、ああ。攻撃出来る魔術師が欲しい」
「僕が入ろう。腕に自信はある」
「……って言ってもなぁ。おいルミス?」
ぼーっとしていたルミスが目に光を宿すと、大丈夫と言って輪に加わった。
そこで彼女は、エストが賢者だとバレないように姿を隠し、実力に見合わぬ杖を握っているのだと察した。
仮面の目から覗く蒼き瞳が、あの時と変わらぬ冷たく、広い空のようだったから。
「えっと、わたしはルミスです。光魔術が使えます。中級までなら完全無詠唱で使えます」
「オレはファイス。見ての通り剣士だ。ランクはC」
「……ウィル。力なら負けない。Cランク」
「僕は…………」
エストは迷った。ここで名を明かすことは、顔を隠す意味が無くなるのでは? と。
それも、神都を救ったことで広まった名は簡単にバレてしまう。
数秒考えたエストは、ファイスに右手を差し出した。
「名前は無い。好きに呼んでくれていい」
「何だそりゃ? うーん、じゃあせめて、ランクは教えてくれよ」
「Aランク。依頼は殆ど受けないモグラだよ」
「はぁ!? モグラでAとか……すげぇな!」
ファイスと目を合わせたウィルが2人で驚いていると、こっそりルミスが冒険者カードを見せてきた。そこに記されたランクはBで、色んなパーティを渡り歩いているうちに上がったという。
エストは自身の素性を明かせないが、それよりもルミスを褒めたい気持ちが勝ってしまい、優しく頭を撫でた。
「行くのはどこのダンジョン?」
「アンタが居れば百人力だ。中央ダンジョンで3層を目指すぞ!」
「……3層?」
あまりにも浅すぎると感じたエストに、ルミスが小さな声で付け足した。
「中央ダンジョンは異界式で、とても広いんです。現在攻略されているのも、12層が最深部なんですよ?」
「そういうことか。楽しみだね」
早速臨時パーティを結成したエストたちは、大陸でも唯一の街の中にあるダンジョン、通称中央ダンジョンへ潜った。
洞窟風の入口を抜ければ、第1層は雄大な大自然が広がっており、遠くに見える山岳から吹き降ろす風が肌を撫で、麓の森へと向かう冒険者、そして街へ帰っていく冒険者が無数に散見された。
エストが入ったことのあるダンジョンの中でも桁違いに人の数が多く、その異様な光景に足を止める。
「アンタ、ここは初めてなのか?」
「うん。人が多くて驚いてる。街みたいだ」
「じゃあこの先はもっと驚くぜ! なぁ?」
「……ああ」
魔物の気配が一切しない第1層を歩いていると、鬱蒼とした森の中に洞窟の入口があった。
どうやらこの洞窟からがダンジョンらしく、冒険者たちは吸い込まれるようにして入って行くため、交通整備をする兵士が立っていた。
そこではギルドカードを見せ、申告無しに2週間以上の帰還報告が無ければ、死亡とみなされカードが失効する。
「次。……怪しいなお前」
「許してほしい。遊びに来てるんだ」
ファイスたちがカードを見せて通って行くと、呼び止められたエストもカードを差し出せば、鎧の中で目を見開いた兵士が頭を下げた。
「し、失礼しました! どうぞお入りください!」
「帰還報告は街のギルドで?」
「はいっ! 受付で報告すれば完了です」
「ありがとう」
「あ、あの! 握手してもらえませんか?」
「いいけど、どうして──……うん、いいよ」
神都を守った英雄から手を差し出された兵士が両手で握り返すと、鎧越しでも分かるほど興奮していた。
すると、手を離された時に違和感を覚え、何かと思って広げてみた兵士は、氷の花が渡されていたことに気付くもすぐに体温で溶けてしまった。
残らないからこそ平等に楽しめるサプライズに、エストを見送りながら頭を下げた。
「実は凄い人なのか? アンタ。あそこの兵士が冒険者に頭を下げる姿なんて、初めて見たぞ」
「どこかの貴族か?」
「……ただの知り合いだよ。気にしないで」
「そういうもんか。よし、じゃあ行こうぜ」
くすくすとルミスが笑い、その後ろをエストが歩く。自分だけが秘密を知っている優越感に浸るルミスを見ながら、今日の夜は何を食べようかと考えるエストであった。
洞窟を進むと、美味しそうな食べ物の匂いに顔を上げたエスト。
ダンジョンの中に入ったはずだというのに、4人の前には、広大な空間を屋台で埋めつくした、小さな街が広がっていた。
「どうだ! ここがダンジョン街だ! ダンジョンの中に店があるのは大陸でもここだけ! 凄いだろ!」
「……うん、すごい。でも危なくないの?」
「奥の方にダンジョンの本当の入口があるんだ。そこから魔物が出る。ああそうだ、この街では魔石が通貨だからな。そこんとこ気を付けてくれよ」
「へぇ、面白い。強い人がたくさん買い物ができるんだね」
「いやいや、大抵の奴は魔石屋で買ったり、他のダンジョンで手に入れた魔石を持ってきてるぞ。オレたちも……ほら」
ファイスがゴブリンの魔石が入った皮袋を見せると、即座に懐へ仕舞いこんだ。
ここでは魔石のスリが非常に多く、支払う時にしか出さない方がいいと、横からルミスが補足を入れていた。
「ウィル、水の補給は大丈夫か? ギルドに来る前に切らしてただろ」
「……忘れていた。入れてくる」
そう言ってウィルが丈夫な金属の水筒を手に補給所で行くと、小型の魔石ひとつで容器1杯の水を購入し、魔道具から水筒に注いでいた。
このダンジョン街には見渡すだけでも様々な施設があり、街から運び込んだ食材を提供する食事処に、宿屋や治癒院、携帯食や水の補給所から、魔石を通貨とするカジノまである。
冒険者にとってこの街だけで暮らしていける天国のような場所だが、よくあるミスのひとつで、帰還報告のし忘れがある。
「本当は3日程度の滞在予定だったのに、遊びすぎて2週間を超え、ギルドカードが失効。持ち金が遺族に相続されて、イチから冒険者をやり直す方が珍しくないんです」
「……なるほどね。よかった、システィにギャンブル禁止されてて」
ルミスにだけ聞こえる声でそう言うと、ハッとした彼女がエストの目を見て言った。
「……そういえば、システィリア先生はどちらに?」
「妊娠してるから家に居るよ。体調も落ち着いたから、羽を伸ばして来いって言われて僕だけここにね」
「まぁ! おめでとうございます!」
「ありがとう。伝えておくよ」
そんな話をしているとウィルが戻ってきた。
そしていざ本当のダンジョンへと出発……する前に、エストがウィルの肩を優しく叩くと、水筒を仕舞った背嚢を指さした。
「水筒の中身、見せて」
「……何故だ?」
「変な魔力を感じた。毒かもしれない」
その言葉を聞いて慌てて水筒の蓋を開けたウィルが中身を見てみるも、特に違いの無い水である。念の為にとエストに渡せば、少量だけ手に乗せると、ペロッと舐めた。
「塩か……ファイス、君たちの携帯食は干し肉の塩漬け?」
「そうだけど……何か関係あるのか?」
「この水は塩水なんだ。汗をかいて不足した塩分を補うためだろうけど、干し肉と合わせたら過剰に摂取してしまう。塩分を摂りすぎると、余計に喉が渇いて活動に支障をきたすよ」
そう説明しながらルミスに水筒を渡すと、彼女は無言で
「……感謝する」
「補給屋の善意だと思うから、言えば真水を出してくれると思うよ」
「ところでよぉ、真水と塩水の違いなんて、魔力で分かるのか?」
「わからないなら水魔術師になれない。どんなに苦しい状況でも、有毒な地下水と塩水だけは見極められないと、その水で誰かが死んだら水魔術師の責任だよ」
「そ、そうなのか……勉強になるな」
水魔術を学ぶ上で大切な真水の生成、及び精製は、基礎中の基礎であり、これが出来ないと他者に対して水を提供することは、最悪、殺人未遂になる。
火魔術に並ぶ危険度を持つ属性のため、火や水の適性を持つ魔術師は、高水準な教育を受けさせられることが多い。
改めて準備が完了した一行は、盾を持ったウィルを先頭に、真のダンジョン部分へと進んで行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます