第19話 卵と怪鳥

「わたくし、貴方の実力が気になりますの。良ければ今日の午後、実技の授業にて模擬戦をしませんか?」


「断る」


 クーリアの誘いを、エストは容赦なく蹴った。


 午後はギルドで換金したり魔石の実験をしたりと、やりたいことが多かったからだ。

 そんな事情を知る由もないクーリアは、極めて冷静に話を続けた。


「ここで実力が分かれば、彼らの疑いも晴れるはず」


「で?」


「で、とは?」


「疑いを晴らしてどうする? そこに何があるの? 僕は信用なんて求めてないし、戦うメリットが何一つ無い。それでクーリアを倒して、僕は何を得る?」


 生徒の信用なんて求めてはいない。

 友達を作りに来たとはいえ、初めから敵対する人間と仲良くなれると思わない。


 エストが闘いを受ける理由が無かった。


 ならば、と。

 代わりに絶対的な知識の差を見つければいい。

 エストはそういう結論を出した。



「単魔法陣」


「はい?」


「単魔法陣の構成要素、言ってみて」


「……適性、魔力、イメージですわ」



「足りない。イメージが曖昧なのは魔術の特徴だけど、そこまで曖昧だと意味を成さない。適性は魔法陣の構築には関係無いし、魔力は一言で表せない。イメージはその先を考える。貴族とか分かんないけどさ、僕に魔術で突っかかるなら、まともな知識を身につけてくれない?」



 無表情で。

 冷めた瞳で。


 されど、魔術を熱く語るエストの姿に、隣に居たメルは心を打たれた。

 圧倒的な知識の量と、経験の質。


 近くに居るほど、泉のように湧いて出てくる魔術の知識。

 メルは分かってしまったのだ。


 エストは魔術を語りたいんだ、と。

 自分達がエストの土俵に立てないために、難癖つけて魔術を棚に上げるな、と。



「前提の差が違うんだよ」


「……それでも。それでも今日、見せてくれませんか?」


 クーリアは折れなかった。

 相手は学園長も認める立派な魔術師。

 だけど、同じ10歳である。


 どこかに勝機はあると、そう思っていた。




 昼休みが終わると、エストは実技教室に来た。


 そしてどこから噂を聞いたのか、学園長までもがエストとクーリアの試合を観に来ていた。

 筋肉担任は点呼が終わると、学園長に耳打ちする。


「……ホントに見れるんですよね? 学園長が認める魔術の腕を」


「どうかな。少なくともエスト君は私と同じ領域に居る。君たちには知覚すら出来ないかもな」


「えぇ?」


「フッ、仕方ない。制限を設けよう」


 二人の会話が終わると、生徒は一列に並ぶ。

 学園長は皆の前で試合を宣言し、早く帰りたそうに壁にもたれるエストに言った。


「エスト君。今回は完全無詠唱は辞めてくれ」


「……というと?」


「陣が見えないと、つまらないじゃないか」


「分かった」


 つまらない。

 そんな印象は絶対に与えてはいけない。


 エストはもう、やることを決めた。

 これから魔術師の卵たちは、真の魔術師の何たるかを目にする。


 教科書通りの魔法陣。

 教科書通りのキーワード。

 教科書通りの使い方。


 その全てを超えた先。

 更にもう数枚の壁を越えた位置に立つ、努力を続けた魔術師の業。


 今回エストは、魔術を使わない。

 魔術を使わずに魔術を放つ。


 優れた魔力操作能力をフルに使った、対魔術師における最強最悪の技術。



 エストはクーリアの前に立つと、目を閉じた。

 今から行うのは、それほど集中しないと失敗する確率が高いからである。



「それでは、クーリア対エストの試合を始める。構え……はじめ!」



 学園長の合図で試合は始まった。


 エストは棒立ちのまま。

 クーリアは両手を前に出し、キーワードを口にする。


 試合時間は短い。

 たった数秒で決着が着くからだ。


「行きますわ……水槍アディク!」


 クーリアの前に、少し大きな蒼い単魔法陣が浮かぶ。

 それと同時にエストは右目を開き、魔法陣を読んだ。


 陣の中央から、鋭い水の槍が現れる。

 バシュッと音を立てて飛んだ槍は、エストに急接近し──


 エストの前で、停止した。


 そして槍は穂先を反転させ、クーリア目掛けて飛翔する。

 気づいた時にはもう遅い。

 クーリアの喉元で槍が止まった。



「勝者、エスト!」



 学園長に終了が合図され、エストは帰ろうとする。

 しかし肩を掴まれ、説明してからにして、と学園長がどうしてもと頼み込んだ。


 エストが何をしたのか。

 分かったのは学園長だけだった。


「な、何が……起きたんですの?」


「それじゃあエスト君。説明してね〜」



 騒がしかった皆が静かになると、エストは口を開く。



「クーリアの魔法陣を奪った。ただそれだけ」


「「「……え?」」」


「が、学園長、魔法陣って奪えるんですか?」


 筋肉担任は困惑しながらも、学園長に聞く。

 それも無理はない。

 魔法陣の強奪なんて聞いたことが無いからだ。



「結論から言うと、奪える。私の推測だが、エスト君はクーリアが水槍アディクを使う前から、その魔法陣を思い浮かべた。そしてクーリアが詠唱したと同時に、魔法陣の穴を突き、乗っ取った……どうかな?」


「60点」


「あちゃ〜。じゃあ私にも分かんないや」



 学園長にも分からない。

 その一言で、凄まじい濃度の視線を浴びたエスト。


 流石に語らせるだけ語らせて申し訳なく思ったのか、少しだけネタばらしする。


「まず、僕は知っている全ての水魔術を思い浮かべた。どれがどのパターンでどんな魔法陣を使われてもいいように」


「……200個ぐらい?」


「ゼロが足りない。それでクーリアの魔法陣を見て、構成要素の穴を突いた。構築の甘い陣だから、余裕があった」


「おっ、刺すねぇ!」


「それで単魔法陣を自分の魔力で導いて、主導権を奪った。あとは勝手に考えて。難しくないから」


「……うっ、私にも刺さってキタァ!」



 魔術は曖昧であるからこそ魔術である。

 ただし、輪郭も定まらない魔術は魔術足り得ない。

 単魔法陣の構成要素は6つ。


 因果と結果、消費魔力と循環魔力、想像と創造。


 この中でボカしていいのは、想像だけだ。

 

 鮮明にさせなければならない要素は、真正面から捉える必要がある。

 そこから逃げると、構成要素は3つになる。



「構成要素。6つあるうちの5つがザルだった。多分、本に書いてあるまんま? そんな個性の無い魔術の何が面白いのか、僕には分からない。魔術で遊んだこと、ある?

 僕は師匠と何度も遊んだよ。極限まで消費魔力を増やしたり、風魔術のキーワードで違う属性の魔術を使ったり。魔術に正解は無いけど、不正解はある。そして不正解だと理解しないまま使ったら、今みたいになる」



 エストが言ったのは、魔術の真理だった。


 人々が何故、魔術を使うのか。

 魔術はただの道具なのか。

 魔術とは。


 全てに疑問を持ち、自分なりの答えを出したからこそ、エストは魔術師になった。

 魔女は何度も言っていた。


 ──魔術とは、面白いのじゃ。どんな者であっても、一つは使える。その一つの魔術には、無限とも呼べる個性が出せる。


 魔術において、真に大切なものは何か。


 自分でその答えを出すことが、魔道である。



「聞いたな? 本当は自分達で見つけないといけない道を、エスト君は照らしてくれたぞ。彼と対等に話したいなら、まずは知識を付けねばならない。次は経験だ。やることはまだまだ多いが、彼と話がしたい人は急いだ方がいい」


 ──愛想尽かされたら、すぐに飛び立つぞ?



 まだまだ己が魔術師の卵である。

 正しい認識を得た今なら、魔術はきっと楽しめる。


 魔女が育てた卵は、立派な鳥となったのだ。

 立つ鳥跡を濁さず。


 飛び立たれる前に、知識を付ける。

 その思いを胸に、新たな魔術の道を転がる卵であった。

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