第18話 面倒な話
ゴーレム戦の翌朝。
トレーニングを終えたエストは、他の生徒よりも早く登園し、図書館に訪れていた。
寝ずに仕事をしているのか、目の下のクマが濃い男性司書に話しかける。
「魔石の本はありますか?」
「魔石……魔道具かい?」
「違います。魔石自体の話」
「えっと……2階に上がって右奥。上から4段目くらいにあったはず。無かったらまた聞いて……ふわぁあ」
「ありがとう」
珍しく感謝の言葉を述べ、2階に上がった。
帝立魔術学園の図書館は、魔道書庫とも言われる規模を持つ。。
帝国で最も大きな図書館であるこの図書館は、城のような校舎の敷地のうち、約3割を占めている。
そんな図書館に存在する本の場所を、司書は覚えている。その能力の高さに敬意を表し、エストは頭を下げたのだった。
司書の言葉通りの位置に、魔石関連の本があった。
運用方法以外が記された5冊を取ると、すぐに借りた。
午前の授業は読書に充てるため、5冊ならすぐに読み終えてしまう。
他にも実験レポートなんかも読みたがったが、そちらは自分でやればいいので一先ず置いておいた。
「エスト君、何読んでるの?」
まばらに生徒が居る教室で、早速読み始めた。
エストは話しかけてきた女子生徒に、本の表紙を見せた。
「これ」
「『魔石の色に関する属性との関わり』? それってどんな話?」
「タイトル通り。昨日ダンジョンで魔石を集めたから、納品する前に知識をつけたいんだ」
「あ、だから昨日の実技は居なかったんだ!」
エストに話しかけた女子生徒はメルだ。
しかしエストはメルのことを忘れていた。
昨日はダンジョン攻略に冒険者の爆発と。薄い記憶は完全に忘れたのだ。
やけに話しかけてくるなと思い、読書を再開する。
「お〜い座れ〜。ホームルームを始めるぞ〜」
メルはエストの横で座学を受けるようだ。
朝と帰りにホームルームがあるが、エストは朝のホームルームしか居ない。
といっても、朝は出席の確認だけなので、居てもいなくてもあまり変わりはないが。。
「全員居るな。それとエスト、お前昨日ダンジョンに行っただろ。ガリオがボロボロの状態で帰ってきてたぞ」
筋肉担任の話を聞いて、皆がエストの方を見た。
小さくダンジョンの話や冒険者の話をする声が聞こえるが、エストは首を傾げた。
「……誰?」
「誰っておま、炎の魔剣士の奴だぞ」
「あ〜、盛大に自爆した人だ」
「……お前を守るためだったそうだが? 何か言いたいなら聞くぞ」
話と違う。
なにか言い訳があるなら聞こう、と担任はエストを見つめた。
この時、担任は注意しようとした。
子どもがダンジョンなんかに行くな、と。
そのせいで腕の良い冒険者が怪我を負ったのだから、反省しろ、と。
「守る? あの人は僕を守ったりしなかった。勝手に戦闘中の主部屋に入ってきて、僕の魔術相手に喋りかけていただけ。その上自爆して、ゴーレムに殴られそうなところを投げ飛ばした」
「で?」
「その後は僕がゴーレムを倒した。元々、ゴーレムの分析中に入ってきたのはあの男の方。ただまぁ、魔術と剣術を合わせる発想は良かったね。魔術を磨けば、あの程度のゴーレムに苦戦なんてしないと思う」
生徒の一部は、上から目線なエストの態度に腹を立てた。
だが、エストの言ったことは紛れもない事実である。
筋肉担任はスキンヘッドをポリポリ掻くと、諦めたように言った。
「どこまでが本当なのか……」
その言葉に反応したのは、エストだった。
即座に立ち上がり、反論しようとする。
事実を話したのに嘘が混ざっていると思われたことが、無性に気に食わなかった。
エストの冷めた目は、教師を射抜く。
教師も負けじと睨み変えすが、脚が僅かに震えていた。
「……ま、いいや。大人は子どもを舐めてかかると師匠も言っていたし」
ふっと視線が外されると、エストは座り直した。
筋肉担任は内心でホッとした。
あの冷たい目が、どこまでも冷えていたからだ。
学園長直々に実技が免除される魔術師。
本来は魔術師の卵が集まるはずの学園に、嫌々飛ばされてきたような大きな怪鳥。
元Aランク冒険者の筋肉担任でも、ここまでの威圧感は飛竜に並ぶと感じた。
「……エスト君、大丈夫なの?」
「何が? それより誰?」
「えっ……メル、です。昨日も話したよ?」
「そうだっけ?」
「ひどいなぁ。あはは」
座学の時間中、メルはエストを気にかけていた。
ホームルームで担任と言い合いをしていたのだ。何かあれば処分が下るんじゃないかと心配していた。
だが、悲しいことにエストはメルを思い出せない。かろうじて土の話を誰かとしたような記憶は引っ張り出せたが、そこまでだった。
そんなことより、今は魔石の本だ。
そこに書かれている内容が興味深かった。
まず、魔石には属性がある。
それぞれ6属性あり、一部は氷もあるらしい。
また、稀にダンジョンで手に入る無色の魔石は、魔力を受け取るだけの魔石であること。
普通の魔石は中の魔力を取り出して使うが、無色はその逆。
中に魔力を込めることで、その魔力属性を帯びる。
一番興味深いのは、複数属性の魔力を込めた際、その全ての魔力を持たせられる、という点だ。
エストの適性は氷属性。
他の6属性も使えるので、合わせて7属性の魔力を操る。
まだ7属性の検証はされていないと思うが、念の為にレポートを確認してから実験したい。
──と、そこまで読み終えたら中休みに入った。
続きを読もうとしていると、複数人の男子生徒がエストを取り囲んだ。
「先生に舐めた口聞いてんじゃねえぞ!」
「どれだけ金を積んだか知らねぇけど、実技免除されてるからって調子に乗んな!」
要約すると、そんなことを言っていた。
エストは内心、コイツら洗脳でもされたのか? とも思ったが、口に出さないことにした。
それはユーモアある言葉ではないからだ。
どんな言葉を返そうかと考えているエストの横で、メルが立ち上がる。
歯を食いしばり、怒りをあらわにしながらリーダーと思しき奴に言った。
「エスト君になんてこと言うの!?」
「はぁ? そいつは嘘ついてまで先生やガリオさんのことを下げようとしたんだぞ!」
「そうだそうだ! ゴーレムなんて、こいつが倒せるわけないだろ!」
うるさい囀りだった。
エストは知らないが、ゴーレムはBランクに相当する魔物であり、ちょうどガリオが勝てるか勝てないか、といった強さである。
帝都近くのダンジョンは有名なので、自然とゴーレムも有名だった。
ゆえに、危険度も知れ渡っている。
ただ、エストにとっては。
ゴーレムは頭が悪く、感知能力も低い土の塊という認識であり、データも採ったせいで覆りそうにない。
「──ちょっと? 少しは静かにしてくれませんの?」
凛としたお嬢様口調の声が、男子生徒の輪を破る。
青い髪を伸ばし、キリッとした同色の瞳。
その気品と気迫は平民のそれではなく、背筋をピンと伸ばし、男子達は一歩引いた。
「貴方が話の中心、エストですわね」
「誰?」
「失礼。わたくし、代々水の魔術師の家系であるクーリア・アクアマリンと申しますの。学園内は身分の強弱が無いため、クーリアとお呼びください」
「わかった、クーリア」
制服姿と言えど、その青は目立っていた。
爽やかな印象のお嬢様は、どうやら水の適性があるらしい。
何でも実技が優秀で、筋肉から一目置かれているとか。
「わたくし、貴方の実力が気になりますの。良ければ今日の午後、実技の授業にて模擬戦をしませんか?」
エストの答えは決まっていた。
「断る」
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