第17話 エストvsゴーレム


 22歳、Bランク冒険者ガリオは走っていた。

 丈夫な上に軽いレザーアーマーを着ていたとはいえ、並の冒険者より速く走っていた。

 追いかける先は、彼方を駆けるエスト。


「アイツ、速すぎだろ! 魔術師って言ってなかったかぁ!?」


 龍人族に鍛えられたエストは、異常だった。


 ガリオは必死に走った。

 すれ違う冒険者の挨拶にも返せず、脇目も振らずに走った。

 でも、追いつけなかった。

 それどころかどんどん距離を離される。

 脱兎のごとくとは言ったものだ。


 ……エストは逃げていないが。



 20分ほどかけてダンジョンに着くと、流石に鍛えているとはいえ、草の上に寝転がった。

 荒い息を繰り返していると、親しい冒険者が声をかけた。


「ガリオさん、どうしたんスか? そんな走って」


「はぁ、はぁ……さっき、髪が白い子どもが、ダンジョンに……入らなかったか?」


「あ〜、見たっす。何、隠し子っスか?」


「違う……ミーナと、飲むために……あの子を、無事に……」


「えっ! ミーナちゃんの隠し子っスか!?」


「……バカかお前は」


 よくつるむ冒険者に聞くも、ダンジョンに入ってからの行方は分からなかった。

 何しろダンジョンは十数分おきに入口が変わる。

 今から階段を降りても、エストと同じ場所には出られない。

 それでも、ガリオは行くしかないのだ。


 愛しのミーナのために。


 休憩をとったガリオは、すぐにダンジョンに入った。

 階段を下りてすぐゴブリンが現れるが、腰の剣で一閃。

 首と胴が離れると、ゴブリンは魔石になった。


「幾ら初心者向けとはいえ、あんな子どもじゃゴブリン相手でも簡単に死ぬ。もっとペース上げねぇとな」


 好奇心猫を殺す。

 特に子どもの好奇心は青天井なので、まともな知識すら無さそうなエストの命は風前の灯である。


 そう考えたガリオは、とにかく走った。

 そして階段以外の全ての道を見て、エストは居なかった。


「いや、分からねぇ。先に進んでる可能性だって十分にあるからな……はぁ、無事だといいが」


 白い子どもよ、無事で居てくれ。

 そう願わずにはいられない、ガリオだった。









「主はオークと。氷針ヒュニス──一撃か」



 ガリオがまだ1階層を入っている頃、エストは10階層の主部屋に入った。

 主である豚の巨人、オークを瞬殺し、手のひらサイズの魔石を手に入れた。


 また、主を倒すと貰えるという、宝箱と共に。


「確かミミックとかいう擬態系の魔物もいるとか。安全は取るべき。土像アルデア


 魔女像を作ると、魔力を操作して動かした。

 これは関節やローブなど、全てが分離しているために出来る、言わば動かせる人形である。


 魔女への愛は、像を動かすほどに強い。


 そんな人形が宝箱を開けると、中に入っていた物を取り出させる。

 人形の手には、透明な魔石が握られていた。


「……オークもゴブリンも、魔石は紫色だった。う〜ん……魔石に関する本も漁るか」


 ダンジョンについては知っていたエスト。

 だが、魔石についての理解は浅かった。

 魔女の館は魔術系の本が殆どだったので、魔道具を含め、魔石などの知識は少ししか得られなかった。


「丁度いい。学園の図書館が使える」


 学園なら、魔石に関する資料があるはず。

 そう願い、明日の午後は読書をすることに決めた。


 透明な魔石は納品せず、研究に使う。

 背嚢の貴重品ポケットに魔石を入れると、11階層へと歩みを進めた。


 相も変わらず同じ景色が続くダンジョン。


 昼夜が分からないために時間感覚が狂う冒険者が多いが、魔道懐中時計があるエストには問題無かった。

 この調子だと、寮の門限までに20階層は攻略出来る。

 少しならペースを落としても間に合いそうなので、魔物の動きを研究しながら魔石へ変えて行った。



 11階層から出現する魔物が増えた。

 裸のゴブリンは勿論のこと、棍棒や剣を持ったゴブリンや、角の生えた兎の魔物、ホーンラビットが現れる。


 しかし、どれもエストの氷を破ることは出来ず、動きを熟知された上にやられていく。


「──予定より早く着いた」


 かなり時間をかけたつもりで進んでいたが、階段が見つかるまでが早かったのか、あっという間に20階層の主部屋前に着いた。

 10階層のオークから考えて、ゴブリンやホーンラビット以外の魔物が出るはず。


 万が一メイドレベルの敵が現れることを考慮して、氷鎧ヒュガに込める魔力を増やした。


 少し重たい両開きの扉をくぐる。

 広い主部屋の中心には、岩石の塊で出来た何かが居た。


「あれは……ゴーレム? じゃあテストしよう」


 岩石の塊は見上げるほどの巨人となり、動き出した。

 エストはゴーレムが拳を振り上げたのを見て、自分の居る位置に氷鎧ヒュガを設置すると、距離をとった。


 ゴンッ! と鈍い音が響く。



「無傷か。知能や感知能力も調べた方がいいな。認識阻害ダリネア水像アデア



 無傷だった氷鎧ヒュガを消し、自身に闇魔術をかけるエスト。

 水魔術で三体の分身を作ると、ゴーレムの周りを歩かせた。


 その様子を、本体は少し離れて観察する。

 土魔術の板に氷針ヒュニスで傷をつけ、メモをとった。


 これまでの魔物も、全て土板に記されている。



「流石に水像アデアはダメか」



 ゴーレムの拳が当たった水像アデアは、パシャっと弾けて消えた。

 生身と同程度の耐久性を持たせていたので、一撃の威力は高いことが分かった。


 水像アデアの分身が残り一体になると、何者かが主部屋に侵入してきた。




「大丈夫か少年! はやく逃げろ!」




 必死の形相で語りかけたのは、ギルドでエストに忠告した冒険者だった。

 本来なら感動的な救出シーンだが、彼が抱えているのは水像アデアの分身体である。

 本体のエストには、実に滑稽に見えた。



「……まぁ、見てみよう」



 赤髪赤目の冒険者──ガリオは剣を構えると、ゴーレムに立ちはだかる。

 闘志を燃やし、全身に魔力を滾らせる。

 彼の眼前にキーワード無しで二重の魔法陣が現れると、エストは目を細めた。


 鋼の刃が、炎をまとったのだ。


 そしてガリオは、ゴーレムのパンチに合わせてステップを踏む。

 ガリオはいわゆる、魔剣士である。

 魔術と剣術を合わせた、ハイブリッド戦士。


 その気になれば前衛も後衛もできるため、ガリオはソロでもBランクの腕を持つが、パーティを組むと更に輝く存在だ。


 そんな魔剣士に、エストはロマンを感じた。

 魔術と剣術はカッコイイ、と。


 炎の刃を振るい、ゴーレムを牽制すると安否確認をするガリオ。


「全く、まさか20階層まで来てるとは思わなかったぜ。少年、怪我は無いか?」


 ガリオは分身体に話しかけた。

 しかし、発声器官を持たない分身体はガリオの後ろでボーッと突っ立っている。


「そうだよな、怖いよなぁ。でも見てろ! これが冒険者だ。危険を覚悟して魔物と戦う。その重みってモンを、感じてくれ」


 実に可哀想だ。

 あれが本当に怯えているエストなら、深く心に刺さっただろうに。


 あれが偽物でなければ──!




「はあああああ!!!」




 雄叫びを上げて、ゴーレムの腕を切りつける。

 炎をまとった刃は強く。

 岩石の体に傷をつけた。


 ゴーレムは拳を振り上げ、一気に振り下ろす。


 ガリオは最小限の動きで躱すと、ゴーレムの拳に乗った。

 そして腕、肩と駆け上がり、首に剣を突き刺した。




「うおおおおおおお!!! 爆炎メダースッ!!!!」




 刺した剣先が爆発し、眩い光に包まれた。

 魔術は術者の魔力と反応するので、自爆で死ぬことは滅多にない。


 しかし、今の爆発はかなり強力だった。


 ガリオは吹っ飛び、ボロボロの状態でエスト分身体の前で立ち上がる。

 分身体の肩を掴み、優しく語り掛ける。



「よし、もうだいじょ──」



 ──その瞬間、分身体はガリオを横に投げた。



「な……ッ!!!」




 投げられたガリオは、最後に見えてしまった。

 拳を振り上げた、首の無いゴーレムを。


 ドゴォンッ!


 その一撃は重く、エスト分身体の肉体を消し飛ばした。




「嘘……だろ?」


「うん、嘘だよ」



 絶望に染まるガリオの横から、声がかかる。

 声の方向には、死んだと思った少年が立っていた。


「あ、さっきの上級魔術、無駄が多いよ。あれぐらいなら初級でも再現できる」


 こんな風にね。



 そう言うと、エストの脳内に魔法陣が構築される。

 二十、三十と積み上げられた多層魔法陣は、全て初級風魔術の「風球フア」である。


 そして、多層魔法陣を一つにする。


 最後に初級火魔術と共に放てば終わりだ。

 今回は分かりやすく、火魔術は魔法陣を出した。



火球メア



 刹那、ガリオの視界は真紅に染まった。

 あまりにも激しい爆発だったのだ。

 己の必殺技とも言える爆炎メダースを超える爆発を、子どもが放った。


 それも、初級魔術で。


 巻き添え防止用としてガリオを薄く覆った氷が消えると、ゴーレムも茶色い塵となった。

 部屋の中央には階段と魔石、そしておまけの宝箱が現れた。



 魔石は茶色く、エストが抱えるほどの大きさだった。

 それを背嚢に仕舞うと、宝箱を開ける。

 中身は10階層と違い、赤い宝石が一つだけだった。


 ただこの宝石は拳ほどの大きさがあり、換金したら凄まじい額になるだろう。



「じゃ、僕は帰るね。もうすぐ門限だから」



 そう言って無傷のエストは来た道を引き返した。

 ひとり主部屋に取り残されたガリオは、絶句したままである。




「……あれが天才、か? 火の神とかじゃないだろうな……ははっ」




 この日よりガリオは、魔術の勉強を始めた。

 いつかあの少年を超える。

 そんな野望を抱き。



 ただ、彼はまだ知らない。

 エストの適性が氷であることを。

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