第20話 青くて熱いセンパイ
試合が終わり、夕方。
エストは背嚢に魔石を入れ、ギルドに来ていた。
受付嬢に怒られはしたものの、ガリオが「本当にこの子がゴーレムを倒した」と言ったことで難を逃れたのだ。
改めて挨拶し、魔石の換金を行う。
「うわ、凄い数……全部で26万リカです」
「一番高いのはゴーレム?」
皮袋に入った金を受け取り、質問するエスト。
今回はゴブリンの魔石が大量にあり、オークとゴーレムの魔石がひとつずつだった。
「単価はゴーレムです。18万リカですね」
「おお、高い。明日も稼ぎたい」
「死なない程度に頑張ってください。それと、今回の納品量なら2つ昇格です。一気にCランクですよ、エストさん」
「そうなんだ」
「反応薄いですね。こう聞くのは不躾ですが、どうして冒険者に?」
「身分証目的。あと、し……じゃなくて母親と姉に恩返し。せめて500万リカは贈りたい」
「ごひゃっ!? それは凄いですね。なら尚更体に気を付けて頑張ってください……帰る途中にコケたりしないよう」
「うん。またね」
新たなギルドカードを受け取り、帰寮するエスト。
その後ろ姿を見て、やはりまだまだ子どもだと感じた受付嬢は、ボソッと呟いた。
「またね、か……ふふっ」
幼さ残る言葉に笑みが零れた。
まるで友達かのような距離感だが、ビジネスパートナーだ。
いつか、あの子とお酒を飲む日が来るのだろうか。
なんて思ってしまう、受付嬢なのだった。
翌朝。
魔石に関する本を読み終え、返却が終わったエストは校舎をぶらついていた。
左手に手のひら師匠を出し。
数秒するとポーズを変えて作り直す。
一方、右手には手のひらアリアを出す。
そして、生きているかのようにお辞儀をさせた。お辞儀の後は、土台から伸びた机にだらりと脱力。
器用にも複雑な魔術で遊んでいると、実技教室から音が聞こえた。
「魔術の気配……喧嘩?」
ドアの隙間からひょこっと覗いた。
すると、クラスメイトのクーリアと、上級生らしい淡い青の髪をした女生徒が話し合っていた。
内容を聞くに、陣の精度を上げたいとのこと。
昨日の経験を活かしたいのだろう。
次の魔術をまだかまだかと待っていると、ふと視線を動かしたクーリアに見つかってしまった。
「エストさん! ちょうどいいところに!」
「……マジかぁ」
メイドの口調が出てきてしまった。
逃げるのも野暮なので、教室に入ったエス。
「君が件の男の子? 私はマリーナ。3年生」
「エスト。講釈垂れ流しマンです」
「ふふっ、なにそれ。クーリアから聞いたけど、凄いんだって? 私も君の魔術、見てみたいな」
エストは首を横に振って聞かないことにした。
どうやってこの場から逃げようかと考えていると、クーリアがエストの右手を取った。
そして目を輝かせて言う。
「まぁ! 一ツ星のアリア様ですの!」
「え? ホントだ! 凄いコレ!」
手のひらアリアが見つかってしまった。
しかし、魔女あるエルミリアは二人とも知らないようだった。
魔女を独り占めできたような気になり、エストは少し口角を上げた。
「これは何の属性ですの?」
「多分、土かな? エスト君、土の適性なんだ〜!」
「……あれ? おかしいですわ。先日の試合では、エストさんは水の魔術を乗っ取りましたもの。適性は水では?」
流石にそれ以上詮索されるのはマズイ。
趣味の手のひらシリーズからバレるのだけは嫌なので、すかさずフォローに入った。
「アレはどんな魔術でも出来る。水だけじゃない」
「まぁ! ……ではセンパイの魔術も?」
「もちろん────あっ」
口が滑ったとはこのことか。
マリーナはエストの両腕を掴み、部屋の中央に引きずる。
もう、戦うしかなかった。
仕方がないのでクーリアの時と同様、正面からやり合うことに。
全く緊張感が無いが、一応は魔術の撃ち合い。
下手をすれば命に関わるので、エストは顎を引いて集中する。
「それでは、はじめっ!」
「先手はもらうよ」
マリーナが右手を前に出した。
髪色やクーリアとの関係から予測するなら、使う魔術は水魔術だ。髪の色は適性魔力の色が強く出やすいため、十中八九当たっているだろう。
となれば、単魔法陣だけでなく、多重魔法陣や多層魔法陣も奪えるようにした方が確実。
なにぶん、相手は3年生だ。
クーリアとは格が違う。
エストはじっと、マリーナを観察した。
そして、ちゃんと先手は差し出した。
「──
マリーナは火魔術を、多層魔法陣で詠唱した。小さな赤い針が大量に飛翔し、エストの胸を狙う。
しかし、直撃する寸前に全ての火針が停止した。
「アイデアは普通。魔力も普通。詠唱も普通。こだわりも無ければただの手札。でも、髪の印象を裏切ったのは面白い」
エストの右手に、手のひら
メイドは角と尻尾を消し、腕を組んでいる。
そんなメイドが右腕を上げると、大量の
小さなアリアが手を振り下ろした瞬間、音よりも速く飛んだ炎の槍はマリーナの目の前で止まった。
まるでこの試合が人形遊びのように、エストは手のひらアリアで魅せた。
「そ、そこまで。エストさんの勝利ですわ」
「じゃあね。あ、この人形のことは秘密で」
軽く手を振ってエストは去った。
少し照れた様子で言ったせいか、二人は『エストはアリアが好きだ』と勘違いした。
確かにエストは好きだが、ベクトルが違う。
「凄いね、アレ。私の魔術なのに、何も出来なくなったよ。そしたらさ、冷や汗が止まらなくなった」
「わたくしも、でしたわ。きっとエストさんは、センパイや教師の方よりも上に居る。ゆえに、あそこまで余裕があるのでしょう」
「だね…………カッコよかったし」
「センパイ?」
「ううん、なんでもない。そろそろ戻ろっか、勝手に教室使ったのバレたら怒られるし」
氷の王子様。
そんな言葉が浮かんだマリーナは、ブンブンと首を振って忘れようとした。
でも何故か、エストの無表情な横顔を思い出しては、頬が熱くなるのだった。
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